第20話 愛猫の部屋を整える

みんなが食べ終わった所で立ち上がって福を見ると、なんと福も完食していた。

猫は犬と違って一気に食べることは少ないし、大好物のオヤツなら1缶ペロリだった福だが、年をとったせいか、最近は半分半分に分けて食べていたのに。

幸歌の驚きを他所に、満足したのか福はペロペロと口の回りを舐め、ついで毛繕いを始めている。


因みにこの中で、食べ終わったのはスカイが圧倒的に早く、予想通り幸歌がダントツで遅かった。

食べきれずに、一口ちぎって食べただけのパンを、残り全てスカイに食べるのを手伝ってもらったほどだ。

元々食が太くはない幸歌には、食事前の間食はやはり効いていた。

肉串、かなり大きかったし…

スイーツは別腹なのだが。


「じゃあオレ達は自分の宿に戻るから」

立ち上がったセリュの言葉に

「あ!」

と幸歌は思わず声を上げてしまった。

「もしかして…もう宿とってました?」

恐る恐るの問いに、セリュも恐る恐る

「もしかして…オレ達の分までとった?」

と聞いてくるので、幸歌は無言でこくこくと頷いた。

セリュが体中から吐き出すような、大きなため息をつく。

幸歌は身を縮める。


天の助けか、

「オレ達は馬小屋借りる予定だったから宿はとってないぜ!」

とスカイの明るい声が響く。

「もう同じパーティーなんだから、借りは後で返せばいいんだろ?」

朗らかな笑顔には、裏がない。

夕食の時セリュが言った言葉を聞いて、そうすればいいものなんだ、と信じきっての発言だろう。

うんうん、とすがるような思いで幸歌は無言で頷いた。


「パーティーって、大体一緒の宿に泊まるものなんでしょう?」

幸歌も言い訳じみた言葉を続ける。

冒険中だけの話かも知れないが、この際それは無視する。

「まさか同じ部屋!?」

セリュが慌てて聞いてくる。

「みなさんは同じ部屋にさせてもらいました。

私は福と別の部屋です」

本当は同じパーティーとして、一緒に過ごして親交を深めるべきなのかもしれないが、福には他人と同じ部屋なんて無理な話なのだ。

「そう…それならいいんだけど」

しかしセリュはほっとした様子だ。

依頼を受けて外に出れば、一緒に野宿なども普通にすると思うんだけど…と幸歌は内心首を傾げる。


「お食事すまれました?」

立ち上がって話している幸歌とセリュに気づいたのか、宿受け付けの少女がやって来る。

「あ、はい、すみました。

ごちそうさまでした。

美味しかったです!」

ナイスタイミング!と喜びつつ、美味しいディナーの礼を言う。

「猫のお肉もわざわざご準備頂いて、ありがとうございました」

「いいえ~ご満足頂けて良かったです!

全部で63エルになります」

「はい、70エルからお願いします」

ショルダー財布から10エル硬貨と思われる大きさと意匠のものを取り出し、少女に手渡す。

少女はそれを確認し、ポケットを探り出した。

「はい、確かに。

お返し7エルです」

そしてポケットから10エル硬貨より小振りな硬貨を7枚、幸歌に差し出した。

それを受け取って財布にしまう。


「ではお部屋にご案内しますねー」

「行きましょう?」

ここまで来てしまえばもう断れないと思ったようで、セリュはまたため息をついてから頷いた。

「わかった、しばらくは君のお世話になるよ、ありがとう」

その声は微かに諦めを含んでいる。

ちょっと申し訳ない気もするが、彼らは今手持ちが少なく、自分はある。

それにもうパーティーなのだ、遠慮はしないで欲しい、というのが幸歌の思いだが、見た目年若くなってしまった幸歌にばかり世話になってしまうのは、セリュも男として複雑な思いがあるのだ。

幸歌にとっては、まだ少年の彼らの面倒を、大人の自分が見るのは当然、という思いが抜けていないので、肝心のところに気づけていない。


「ありがとな!

こんないい宿に泊まれるなんて思ってなかったよ!」

スカイはあっけらかんと礼を言って立ち上がる。

「…すまない」

スノーも立ち上がって軽く頭を下げた。

「私たちもうパーティーでしょ?

当たり前です」

幸歌は笑顔で答える。


そして全員立ち上がると、待たせてしまった少女の後を追う。

「福、行くよー」

一応軽く声をかけ、食後お決まりの毛繕いを続けている福の横を通る。

福はすかさず立ち上がって幸歌の足元をついてくる。


少女の後に続くと予想通り、階段を登って上階へと向かう。

「個室は1番奥、相部屋はなるべく近い部屋を用意してます」

とそれぞれの部屋を案内してくれる。

少年達の今晩の寝床となる相部屋は、1番奥になる幸歌の部屋から、1つ置いて隣の部屋だ。

「はい、これ部屋に設置してある、それぞれの収納箱のカギです」

少女が一人一人に鍵を渡す。

どうやら部屋の鍵はなく、その収納箱とやらの鍵しかないようだ。

個室ならともかく、相部屋なら他パーティーと一緒になる事もあるだろうし、当然なのかもしれないが。

「ありがとうございます」

鍵を受け取って礼を言う。

「鍵失くしたら弁償ですからね、気をつけて下さいね!」

少女に注意されて、うんうん、と頷く。


「お風呂は別に風呂屋に行かれるか、井戸で済ませて下さい。

井戸なら無料でご使用頂いて構いません。

一応言っておきますと、クリーンの魔法サービスは行っていません」

クリーン?と幸歌は内心首を傾げていたが、一応頷く。

「やった!井戸行こうぜ!」

とスカイははしゃいでいる。


「じゃあオレは預けている荷物を受け取って来るよ」

セリュが自分の分の鍵を手に言うので、その前に、と幸歌は尋ねる。

「あ、後で見せてもらいたいものがあるんで、お部屋に行ってもいいですか?」

「構わないけど…」

セリュは何をだろう、と訝しげだ。

「わかった、じゃあ後でなー!」

スカイとスノーは部屋に入って行った。

「はい、後でー」

幸歌も部屋へと向かう。


木製の扉を開け、自分にあてがわれた部屋へと入る。

部屋の中にはベッド-と言っても足は高くない-が1つと、その脇にローテーブル、その上に大きな器が1つ。

近づいてみると水が入れてあった。

洗面器がわり?

そしてその隣には箱が1つ。

聞いていた収納箱だろう。


ベッドは恐れていたような、藁にシーツが張ってあるだけの物ではなく、固そうだが、ちゃんとした布団に見える。

だが。


「早くお布団出して!」

と福が突飛な事を言い出す。

「布団ならもう敷いてあるでしょ?」

何を言っているのか、と言い聞かすように話しかけるが、

「そうじゃなくて、僕のお布団!」

と福は尻尾を振る。

「うちのもの全部入れてもらったんだから、早くしてよー!」

「全部!?」

更なる突飛どころでない、驚きの発言に、幸歌は耳を疑う。

「そう。

だってうちにあるものは全部僕のもの。

当然!」

さっさと自分の言う通りにしない幸歌に、イライラしたように福は声を大きくする。


幸歌は慌てて背負っていたリュックを下ろし、中を確認する。

そういえば、と思い出す。

こちらに来て始めてリュックの中を確認した時、爪とぎが入っているのが見えたが、その底が見えていなかった…。

確かにこのリュックは縦長で物を詰めれば底は見えない。

だが、さっと見た時、いつも詰め込んでいるはずの、ブラシや化粧水が見えないのは不自然ではないか?

はたして覗きこんだリュックの中には…確かに、見慣れた敷きパッドをつけた、敷き布団の一部が目に入った。


幸歌は天井を仰ぎ見た。

私のリュックが異次元になってる-。

四次元ポケットになってしまった!!


「早くしてよー!」

と福は焦れたような声を上げる。

しかし、この布団を敷くなら、先にしなくてはいけない事がある。

それは福の体の汚れ落としだ。

「ちょっと待って。

先にきれいにしないと、お布団に乗っちゃダメ!」

その前に、一応布団を敷くベッドも綺麗にしておきたい。

掃除は行き届いているようだけど、もし虫がいて福についたら…絶対イヤだ!

そういえば、前回ノミダニ避けの薬をつけたのはいつだっただろうか…。

買いだめしてる分はどれくらいあったかな?

考え始めた幸歌に

「お風呂はイヤ!」

という福の声が届く。

我に返った幸歌は、今度はこの国の騎士団長、フォルが言っていた言葉を思い出す。


『それまでに必要となる生活用の…外で福君が汚れたらお風呂に入れずにキレイにしたい?なんて魔法はスクロールにして入れているからネ』


スクロール…そう考えながら再度リュックを覗きこむと、くるりと巻かれた紙?布?ファンタジー王道の羊皮紙とか言うヤツだろうか、が大量に目に入ってきた。

1つ取り出してみると、何故だか日本語で、『ヒール、回復する』と書いてある付箋が張ってあった。

ご丁寧にありがたい…が、この付箋をいちいち、あの美貌の騎士団長がつけてくれたんだろうか?

とりあえず今考えるのはやめておこう…と思考の外へ追い出す。


次に取り出したスクロールの付箋を確認する。

『クリーン、清潔にする』

これだ!

同じスクロールを4つほど取り出す。

スクロールをくるくると手解き、中を見る。

紋様と文字が並んでいる。

文字を解読したくなるが、今はおいておく。

福の視線が突き刺さるのを感じていたからだ。


まずはベッドに近づき、

「クリーン」

と口にしてみる。

ファンタジー物によくあるように、ちゃんとベッド全体をイメージして唱える。

するとくすんでいたベッドのシーツが真っ白になった。

「おおおお!」

思わず声が洩れる。

魔法すごい!


模様も文字も消え去ってしまった羊皮紙を置き、新しいスクロールを手にする。

次は座ってこちらをじーっと凝視している福に向かって

「クリーン」

と唱える。

「にゃに!?」

慌てた声を上げる福。

思わず笑い声を上げる幸歌を、恨めしげに睨み付ける福はとりあえず無視しておき、布団を引っ張り出す。

敷き布団をベッドに置き、とりあえずは気候的に掛布団だけでいいかな?と考え、掛布団と、枕もその上へ。

そして取り出した寝具一式を意識し、もう一度

「クリーン」

掛布団のシーツを代える前には、どれほど福自身をブラッシングしようとも、どうしてもついてしまう彼の毛が、一切失くなっている。

早速布団に福が飛び乗り、丸くなる。


その姿を満足げに眺めていた幸歌だが、ふと思い付く。

福はうちの全部を入れて貰った、と言っていた。

まさか…洗濯物も!?

慌ててリュックを覗きこむと、洗濯物カゴが見えて絶望する。

これをフォルさんに見られたんだろうか…だとしたら最悪すぎる!!

泣きたい思いでそれを引っ張り出す…リュックの口のサイズ的にはありえないのだが、洗濯物カゴがずるりと出てくる。


たまっている…洗濯物カゴにこんもりだ。

仕事忙しかったんだよー!

近所迷惑も考えると、休みの日にまとめてやるしかない状態だったんだよー!

がっくりと膝をつき、誰にともなく弁解する。


ベッド上の福の冷たい視線を受けつつ、力なく立ち上がる。

洗濯物カゴ全体を意識し、

「クリーン」

なんとこれで洗濯終了。

なんて素敵な異世界生活!

幸歌の意識は努めて現実逃避した。


取り出したクリーンのスクロールを4つ全て使ってしまったので、もう1つ取り出す。

そして最後に自分にむけて、

「クリーン」

と唱えた。

この魔法は偉大だ…フォルさんがどれだけ用意してくれているかわからないけれど、早めに自分で使えるようにならなくては。


それより先に…

猫トイレ2つ。

水飲み皿3つ。

ご飯のお皿1つ。

爪とぎ2つ。

猫草の鉢植えが6個。

以上の猫グッズを相次いで取り出すと、部屋の色んな所にセッティングした。


水飲み皿はベッドの近くに2つ。

ご飯のお皿の隣に1つ。

爪とぎはベッド近くに1つとトイレの近くに1つ。

ご飯のお皿はベッドから少し離して。

トイレは出入口近くに置く。

ご飯から少し離して、猫草の鉢植えを。

1つはいい感じに伸びていて、1つは少し伸びている。

もう1つは芽が出たばかり。

後は種を植えて水を与えたばかりか、まだ何も植えていない。

霧吹きにまだ残る水を与えておく。


福の水飲み皿に井戸水を貰いに行こうか、と思うが、もしかしたら硬水かもしれない、と考え止めておく。

非常時水を得られない状況の備えに、福のため軟水を2ケースほど用意していたのを使う事にする。

まあ、非常時といえば非常時だよなあ、と思う。

ペットボトルに入れた水を軟水にするペットグッズも購入していたはずなので、今後はそれを使うことも考えなくては。


ご飯入れには散々色々食べていたので、療養食のカリカリを25gだけカップではかり入れておく。

とりあえず福のための準備はこれで終了だ。

幸歌は大きく息をついた。

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