第19話 愛猫と結成祝いをする

「ではお席にご案内します。

こちらへどうぞー」

少女に先導され店内を歩く。

当然幸歌の足元に座っていた福も、それについてくる。

「うわ、ずいぶん大きな猫ですねー!」

今福に気づいたらしい少女が、驚きの声を上げる。

幸歌は苦笑を浮かべるが

「でもすっごい可愛い!!」

と続く少女の声に

「でしょう!?」

と声が大きくなってしまう。

「模様がいいですね~」

「そうなんですよ、靴下履いてるみたいで!」

「え!?あ、本当だ、可愛い~!」


などと、福について話しつつ、途中通る入り口付近で、

「行きましょう」

と少年達に声をかけると、彼らも後に続いてくれた。

可愛いと連呼された福も、機嫌良さげに曲がった尻尾をできるだけ高々と上げて、幸歌の足元を歩いている。


少女に案内されたのは店内の1番隅の目立たない席だった。

恐らく、他の客の目につきにくいよう配慮してくれたんじゃないかと思う。


「ではご注文の品お持ちしますので少々お待ちを~」

少女がそう言い残して去ると、セリュが口を開いた。


「もしかして、オレ達の分も注文してる?」

「はい、勿論」

当然でしょって顔をして、幸歌はにっこり笑って見せる。


そして、店の角になる、1番奥の席に座った。

福はすかさずその膝に飛び乗ってくる。

「だって、1人じゃ食べれないです。

それに、結成祝いしたいんです!」

幸歌は訴える。

「私がそうしたくてしてるんだから、お願いします、付き合って下さい」

ぺこりと頭を下げた。


頭上から盛大なため息。

「君は本当に…困った人だね」

セリュが幸歌の隣に座ると、待ちかねたようにスカイが幸歌の前の席に座った。

「オレは助かるし、嬉しいけどな!」

スノーが遅れてその隣の席に腰をおろす。

こちらは無言だ。


「ごめんなさい…だって、みんなと仲良くなりたいですし…一緒にご飯して、お話したかったんです」

優しいセリュに困った人、とまで言われてしまい、幸歌は縮こまる。


「わかった、ここも仕方ないからご馳走になる…けど、これからの依頼で得た収入で必ず返すから」

思った以上に、セリュは真面目だ。

「これくらい、いいんですけど…」

と答えつつ、宿もとったことがバレたらなんと言われてしまうかと、幸歌は視線を泳がせ首をすくめる。


「君は…いや、やっぱりいい」

何かを言いかけ、セリュは首を左右に振る。

なんだろうか、と幸歌は首を傾げる。


「夕飯、何だろうなー」

スカイは能天気に楽しげだ。

スノーはあくまで無言、無表情。

少女めいた、しかし鋭い美貌のせいで、それは少々おっかなく幸歌には思える。

今まで出会った事のないタイプだった。

何を考えているかわからない。


「それで早速なんですけど、先ほどパーティー名が必要だって聞いたんです。

それ相談しません?」

幸歌はこれ以上食事について何か言われるのを遮るためにも、必死に話題を変えた。

「え、そうなんだ!?」

スカイが真っ先に反応する。

「パーティー登録が必要だとは聞いてたけど、パーティー名も必要なのか…

確かにそれは相談しないとだね」

セリュが思案し始めたのを見て、完全に話題が変わったと、幸歌はほっとする。


「かっちょいいのがいいなあ!」

スカイは目をきらめかせて、身を乗り出してくる。

尻尾があれば大きく左右にバタバタと揺れていそうだ。


「えーと…竜王騎士団とか!」

「ださ…」

スノーの呟きにスカイはグッと詰まる。

確かに初心者パーティーにその名前は重い…しかも、竜成分も王成分も騎士団成分も全くこのパーティーにはない。

皆無だ。


「じゃあ…究極の剣!」

「却下」

「なんだよお!じゃあお前はなんかいい案あるのかよー!」

スカイが冷たいスノーの反応に口を尖らせる。

「ないけど、さっきの名前になるくらいなら、抜けた方がマシ」

余りにも冷たい眼差しに、スカイの顔が情けないものになり、力が抜けたのか椅子に座った。

「まあまあ、ゆっくり考えよう?

これから付き合っていく大事な名前なんだからさ」

セリュが2人を宥めるように声をかけた。


そこにタイミングよく、先ほどの少女ともう1人、給仕担当と思われる、こちらも年若い少女が、それぞれ2つのトレーを持ってやって来た。

「おまかせディナーお待たせしましたー」

それぞれの前に置かれるトレーには、湯気をたてるスープとパン、サラダとメインと思われる皿。

それとお水。

別料金ではなくて良かったと少しほっとする。


「うおーすっげーご馳走!」

スカイが歓喜の声を上げる。

「黙れ、恥ずかしい」

スノーがその頭を叩いた。

「いてっ!

だってこんなご馳走始めてだからさ~しょーがないだろ!」

ブツクサと不満を言うスカイ。

2人を見ていて思わず笑ってしまう。

「わ、笑わなくたっていいだろ!」

顔を赤くしたスカイに言われるが、幸歌は違う違う、と手を左右に振る。

「仲良いんだなって思って」

2人の様子に自然、にこにこと笑顔になってしまう。

「仲良くなんてない」

無愛想なスノーの言葉に

「な!?

お前いつもオレが世話焼いてやってたの、忘れたのか!?」

とスカイが反論するが、

「オレが、スカイのフォローしていたの間違い」

とすげなく返されている。

「うっ!確かにフォローはしてもらってたけど!!」


じゃれあう2人を見て、幸歌は考える。

わたしと妹も、昔はこんな風だったのかな?

しかし、感傷に浸りかけたその心を、慌てて引き戻す。

今は食事!それと仲良くなるための会話だ!


そんな時に、少女から幸歌に向けて声がかかった。

「父さんが、肉なら味付けなしで煮てだせるって言ってますけど、どうします?」

「福、それでいい?」

「とりあえず仕方ないから、それでいいよ」

幸歌に喉を撫でられ、ゴロゴロと喉を鳴らしながらも、偉そうに福が譲歩の姿勢を見せる。

「じゃあそれお願いしたいんですけど、おいくらになりますか?」

「3エルでいいそうですよ」

「わかりました、お願いします」

「はい、毎度どうもー!

ごゆっくりどうぞー」

少女達は厨房に戻っていく。


改めて、幸歌は口を開いた。

「パーティー名は食べながら考えましょう?」

提案すると、スカイはぶんぶんと首を縦に振った。

「そうだね」

セリュも頷いてスプーンをとる。

「じゃあ申し訳ないけど…今日は頂くね。ありがとう」

「ありがとな!」

「…ありがとう」

首を振って返事にし、改めてメニューを眺める。


スープは小さな肉片と豆の澄んだスープだ。

サラダは葉物より、根菜が多い印象。

日持ちの問題だろうか?

パンは見慣れたパンより、黒っぽくて固そうだ。

メイン料理は何かのお肉を野菜と一緒に煮込んだもの。

食欲を掻き立てる香りを漂わせている。


3人は神への祈りか何かを小さく呟いてから、料理を口にした。

一番早口に唱えていたスカイが、

「うまー!」

とまた大きな声をあげ、スノーに横目に睨まれている。

そのスノーも食事を運ぶ手が止まらない様子だ。

「本当に、すごく美味しいね」

セリュも感嘆の声をあげる。


良かったなあ、と胸に温かい思いが宿る。

宿の食事は幸歌も、満足のいく美味しさだった。

スープに入ってる肉片は燻製されたものなのかいい味がでていたし、サラダもしなびれてはいない。

メイン料理のお肉は柔らかく煮込まれていて、味付けもとても幸歌の好みのものだった。

ただやはりパンは少し固いと思った。

バケットなどは大好きだが、その固さとは何か違う。

それでも、スカイ達は

「このパン柔らかい!」

と驚いた様子でかぶりついていた。

不思議そうな幸歌を察したのか、セリュが

「パンはスープで柔らかくしてから食べることが多いんだよ」

と耳打ちしてくれる。

おかげで失礼な発言をしなくてすんだ、と幸歌は小さく

「教えてくれてありがとう」

と小声で礼を言う。


幸歌が食事しているため、撫でる手もなくなった福が

「僕のご飯まだー?」

と不服そうに尻尾をばたつかせる。

こういう時以前から、人のご飯に手を出さないのは助かっている。

「もうちょっと待ってなさい」

小声で宥めるが、

「ねーちゃん達ばっかり食べて、ズルイ!」

と幸歌の腕に軽く噛みついてくる。

「痛い!」

本猫は甘噛みしてるつもりなんだろうが、加減ができてない。

おまけに福は体の作りも立派なら、牙も顎の力も、それはもう立派なものなのだ。


膝から下ろそうと腰を上げかけると、

「お待たせしました~」

と宿屋受け付けの少女が皿を持ってやって来た。

「待ってましたー」

その愛嬌のある笑顔が、今は救世主に見える。

「僕も待ってたー!」

福は自分から幸歌の膝を飛び降り、セリュの足元をすり抜けて、少女の元-というより、その手に持たれた皿の元に向かう。

「ここに置くといい?」

少女がテーブル横で腰を下ろし、福に聞いている。

にゃあぁん、と甘えたようなぶりっ子声で答える福。

その前に皿が置かれると、福はふんふん、とその匂いを嗅ぐ。

そして自分が食べるに値するものだ、と判定したのか、はぐはぐと皿に顔を突っ込み、食事をし始めた。

因みに療養食のウェットフードは何種類用意しようと、ほとんど食べてくれなかった福である。

今晩八つ当たりはされずにすみそうだ、と幸歌はほっと胸を撫で下ろした。


無心に食べているように見える福を、

「可愛いな~

うちも猫ほしいな~」

と少女は腰をおろしたそのままの姿勢で眺め続けている。

「と、いけない!

仕事戻らなくちゃ!

失礼しましたー」

パタパタと去っていく後ろ姿に、見れば徐々に客が増えつつあった。

お酒を飲まない自分達は、お店側からしては、長居しては迷惑だろう。

食後まで居座って、長々とパーティー名を相談するのは、諦めた方がいいかもしれない。


やはり食事中いくつか皆で意見を出しあったが、これというものは出てこなかった。

恐らくはみんなが食事に夢中、というのもあったかもしれないけれど…

「じゃあみんなそれぞれ考えておきましょ」

返される頷き。

それを見回して確認してから、幸歌は改めて口にした。

「とりあえず今日はパーティーに参加させてもらってありがとうございました!

これからよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる。

「こちらこそ、よろしく」

「その猫でっかくなるの、見るの楽しみにしてるから!

よろしくな!」

「…よろしく」

返される微笑み。

大きな笑顔。

無表情の重い口から、ひねり出したような声。

これから彼らが、自分の家族に近い存在、パーティーなんだ!

幸歌はどこか空いていた場所が、埋められるような充足感を感じていた。

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