第18話 愛猫と宿をとる
肉串を頬ばりつつ露店を冷やかし、見なれない食べ物について色々セリュに尋ねる。
セリュはその度に嫌な顔1つせず、彼の知識にある範囲で、丁寧に教えてくれた。
だが購入は今日は止めておく事にする。
ベロニアに紹介してもらった宿の料理が美味しいと聞いているためだ。
装飾品などのお店もあったが、今のところ用はない。
そうこうしていると、あっという間に目的の宿に着いた。
聞いていた通りの、少しくすんではいるが赤い屋根が目をひく。
名前もそのまま【赤い屋根亭】。
シンプル・イズ・ベストか。
「こんにちはー」
両開きの木の扉を押して中に入る。
調理中なのかまずはいい香りが鼻をくすぐる。
幸歌の期待が高まる。
屋根の色はくすんでいたが、中はまだしっかりとした作りだ。
床もよく清掃が行き届いているようで、清潔に保たれている。
入ってすぐは食堂、または酒場だろう、数個のテーブルが並んでいる。
奥は厨房なのか、特有の音-包丁の刻むリズミカルな音や、グツグツと何かが煮こまれる音が聞こえる。
冒険者ギルドに冒険者は集まっているせいか、時間が早いためか、客の姿はまだまばらだ。
「はいはーい」
右側から若い女性の声が聞こえ、そちらを向くと、宿屋の受付なのか、机に座っていた少女が立ち上がり、こちらに小走りに向かって来た。
「お泊まりですか?
お食事ですか?」
年はセリュと同じか少し上くらいか、この宿屋兼酒場の看板娘なのかもしれない。
赤毛を首あたりで2つに結び-ツインテールと言うには下の位置だ-エプロンを着けている。
子猫のように好奇心にキラキラと輝く明るい緑の瞳と、少しだけつぶれ気味の鼻は、本人は気にしているかもしれないけれど、それも愛嬌のうちだろうと感じさせる可愛らしい少女だ。
「両方お願いします、4人でーす」
幸歌も応じながら、少女の元へ向かう。
「いや、オレ達は…」
セリュが遮ろうとするが、幸歌は振り返ってにっこりと笑い、それを止める。
「酔った方に絡まれたくないので、お願いします。
ね?」
仕方なさそうにセリュは困った顔で黙る。
後ろでスカイ達も何やら話しているが気づかなかった事にする。
「では宿泊の受付はこちらにお願いしまーす」
「はーい」
セリュ達を入り口付近に残し、幸歌は受付の机まで向かう。
その近くには階段。
上階が宿泊施設なのは定番だろう。
「冒険者ギルドのベロニアさんのご紹介で来ました」
椅子に座り直し、宿屋の記帳をめくる少女に告げる。
「ああ、それなら安心ですね!」
少女はにっこりと笑う。
「うちは最低レベルの部屋はないんですけど…大丈夫なんですよね?」
入り口あたりで所在投げに待つ少年達の方へちらり、と視線をやり、少女は確認する。
「私がお支払いしますので、問題ないですよー」
にこにこと幸歌も答える。
「じゃ冒険者証のご提示をお願いしまーす」
「私のだけで大丈夫ですか?」
ショルダーバッグ型財布のカード収納部分から、冒険者証を取り出しながら幸歌は尋ねる。
「パーティーを組まれているのでしたら、代表者お1人だけでも大丈夫ですよー」
冒険者証を受け取り確認しているらしい少女。
「パーティー名がまだないみたいですけど?」
「今日結成したので、まだパーティー名は決まってません」
パーティー名も記載されるのか…と思いつつも、仕事で培ったポーカーフェイスという名の笑顔で幸歌は答えた。
「なるほど…初心者っぽいもんね…。
今からパーティー名の会議ですか?」
最初の方は少女の独白らしき小さな呟き。
後半は幸歌に向けての営業スマイル付きの問いかけだ。
「はい、そうなんです。
親交を深める意味でも」
「お部屋はどうします?
相部屋で大丈夫ですか?」
「えっと個室1つに3人部屋1つで。
えーと猫がいるんですが…」
「猫?使い魔ですか?」
「そんなようなものです」
「使い魔なら爪研いだりしないでしょうから大丈夫ですよ」
「良かった!
とりあえず1週間ほどお願いできますか?」
「個室は1週間で250エル、相部屋は1人150エルですね。
えーと合計…」
「700エルですよね?」
「そうそう、計算早いですね…
700エルおねがいします。」
700エルか…1人だけだと思って800エルしか冒険者ギルドで受け取らなかったのは失敗だった。
夕食まで足りるだろうか…
少し不安になりながら幸歌は700エル、100エル硬貨なるものを7枚取り出し、机に置く。
「はい、700エル確かに。
お部屋に先にご案内しましょうか?」
荷物を気にしてかそう問われるが、少年達に勝手に宿をとったことを先に知られたくないので、首を左右に振る。
「食事を先にお願いしたいんですが、その、おいくらくらいですか?」
値段によっては少々…いやだいぶ恥ずかしいけれど、冒険者ギルドにお金を受け取りに戻らなければいけない。
「今晩のお任せなら15エルですけど、追加で単品や飲み物頼まれるんでしたら、給仕の者にでも都度聞いて下さいな」
良かった、15エルなら4人で60エル。
だいぶきつくなってきたが、足りる!
幸歌は内心胸をほっと撫で下ろす。
「因みに朝食はおいくらですか…?」
「朝の軽食なら3エルです。」
4人で12エル。
良かった、これもギリギリ行ける!
内心幸歌はガッツポーズを決めた。
「じゃあ夕食4人お任せと、朝食も4人分お願いします」
「毎度どうも!
お食事代は食後で構いませんよ。
追加されるかもしれませんし。
朝食はご準備しておくようにしますね」
「はい、お願いします。
あ、それと…できればお魚、なければお肉を猫用に調味料なしで煮て頂く事ってできますか?」
「え、猫に…ですか?」
少し訝しげな少女。
おそらくだが、この世界では猫にそこまで与えないのかも知れない。
捕ったネズミだけがご飯だとは流石に思いたくはないけれど。
しかし今美味しいものを福に与えなければ、今晩自分は八つ当たりの餌食になるのは確定だ。
例え自分が変わりものと思われようと、ここは是非とも用意して頂きたい!
「両親に相談してからお答えしてもいいですか…?」
戸惑った様子でそう確認される。
「はい、お願いします」
幸歌は頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます