第8話 愛猫と騎士団長と話す

通されたのは微かに心配したような取調室や牢屋のような所ではなく、きちんとした応接室のような部屋だった。

こちらの部屋も扉を開けて丁寧に幸歌を通してくれたフォーリル・レスティが、奥の椅子を勧めてくれる。


「レディをお通しするには無骨な部屋ですみません。

そちらにどうぞ」

微笑みかけられて、

「はい」

と素直に幸歌は腰を下ろした。

当然のようにその膝に福が飛び乗ってくる。

自然とその背を撫でながら、扉を閉めた騎士団長が目の前に座るのを眺める。

彼は席につき視線を幸歌と合わせると、唐突に衝撃的な事を言い出した。


「じゃあここからは日本語で話させてもらおうカナ」

にっこりと告げられた言葉に、思わず幸歌は

「へぁ!?」

と間の抜けた声を上げた。


「気づいてなかったかもだけど、自然にこの国の言葉を理解して話せるようになってるんだヨー♪

あ、丁寧に話されるのは苦手そうだから、砕けた口調にさせてもらおうって思ってるんだけどイイかナ?

オレとしては女性には敬意と愛情を込めて丁重に接したいトコロなんだけどネー」


身振り手振りつきで急に日本在住の流暢に喋れる外国人、みたいな口調でベラベラと喋りだした騎士団長を、幸歌は呆然と見つめてしまう。


「あ、オレの事はフォルって呼んでくれてイイから♪

幸歌ちゃんでいいかナ??」

「あ、はい…

ってちゃんって年でも…」

頭の中は混乱と疑問符だらけだったが、反射で応じた幸歌に、フォルはおかしそうに笑った。


「まだ自分の姿確認してなかったんだネ。

猫の神が全ての願いを叶える、と約した通り、年齢も見た目も変わっているヨ」

「ええーー?!」

思わず幸歌は叫び声を上げて、自分の顔に両手を当てた。

そういえば、服装は確認したが、顔なんて見ていない。

慌てて鞄からコンパクトミラーを取り出す。

覗きこむと、そこに映っていたのは桜色の髪を無造作に一つにまとめた、見目麗しい美少女の姿だった。

顔のサイドの髪だけ頬くらいに切り揃えられている。

いわゆる姫カットだ。

鏡の中から自分を見つめ返す瞳はこぼれ落ちそうなほどつぶらで、長い睫毛がその瞳と、微かに上気した柔らかく弧を描く頬に影を落としている。

通った、しかし控えめな鼻梁の下、そのぷっくら艶々とした唇を大きく開き、

「えーーーーー!!!」

と幸歌は再び叫んだ。


確かに自分は髪をピンクにしたいと思った事がある。

若返ってやり直したいと思った事も勿論ある。

もっと可愛く生まれたかった、なんて思った事は数知れない。

でも願い事って福に関する事だけじゃなかったの!?


「猫という生き物はめんどくさがりのわりに義理固く、情け深いものだからネー。

まあ、ろくに聞いてもいない願い事全投げされたこちらとしては、対応に些か困らされたケドも」


どうやら猫神様が全ての願いを叶えると約束してくれたが、実現してくれたのは目の前の美貌の青年らしい。

なんだかとんでもなく申し訳ない気持ちになってきた幸歌である。

「なんだかすみません…」

思わず鏡から目を離し、頭を下げる。


「イヤイヤ、幸歌ちゃんは全然悪くナイって♪

ちゃんと話す事さえ、はしょってくれた猫の神が悪いんだからサ!」

「色々とお手数おかけしまして…」

更に頭を下げてしまう幸歌である。

多分猫神様が話を飛ばしてしまったのは、自分がぎゃーぎゃーと騒ぎ立ててしまった事が大きく影響してるに違いない、と感じていたからである。

しかし、願いを実現してくれたなら目の前のこの人は一体…?

自分を落ち着けようとしたのか、無意識に鏡を置き、両手で福の背中と喉を撫でる。


察したようにフォルは片手を目の前で軽く左右に振った。

「あ、オレの正体については今のところノーコメントで♪

色々と都合が良いように、一応この国の騎士団長をしているヨ。

この街には他の者の手に負えない、バジリスクを倒しに王都から来てたんだケド、ちょうどよく福君の希望が

『トカゲ食べたい』

ってコトだったからココに来てもらったんだよネ」


トカゲ発言に手を止め、愛猫に視線をやると、気持ち良さそうにゴロゴロと仰向けていた顔をさっと反らされる。

ピタッと喉の音も止めた福の後頭部を恨めしく見る。

野生の本能とは言え…色々言いたい気はするが、幸歌はため息と共にそれを飲み込んだ。


「人数いても犠牲増えるだけだし、オレ一人で行くつもりだったんだケド、幸歌ちゃんと話もできて、こっちとしてはちょうど良かったヨ。

こういう機会でもナイとなかなか会えなかっただろうからネー」

にこにことフォルは気安い口調とは似合わない白皙の美貌に笑顔を浮かべる。


「とりあえず、冒険者ギルドに話を通しておくから、冒険者証とバジリスクの討伐報酬を受けとっておいてネ。

冒険者証は身分証にもなるから。

希望通りそのまま冒険者になってもイイし、やはり危険は避けたいのなら報酬を元に別の道を見つけてもイイ。

どちらにしても、キミには元より魔法の素質があるから、そのリュックに魔法書を用意してる。

勉強してみるコトをオススメするヨ。

それまでに必要となる生活用の…外で福君が汚れたらお風呂に入れずにキレイにしたい?なんて魔法はスクロールにして入れているからネ」


最後の方、ちょっと笑いを堪えて言われてる気がしたのは気のせいだろうか…?

だって福は脱走したら駐車場のアスファルト上でゴロゴロ転がって砂だらけになって帰って来ていたのだ。

また砂だらけの福と毎日添い寝するのはちょっとイヤだ。

だからと言って嫌いなお風呂に頻繁に入れるのは大変だし、可哀想だし。

第一異世界でお風呂入れれるのかわかんないし。

これはワガママな願いだろうか?

いや、全国全宇宙の猫好きの方々にはわかって頂けるはずだ!!


内心熱弁する幸歌の前でフォルは唐突に立ち上がった。

「じゃあ冒険者ギルドには兵士に案内するよう指示しておくヨ。

キミの素敵な異世界ライフを応援しているから。

またいつか会おう!」

目映いばかりの笑顔を向けられ、右手を差し出される。

釣られるように立ち上がった幸歌は、同じように恐る恐る片手を差し出した。

握手をする、と思っていたその手は、触れたと思った瞬間、手の甲をくるりと上にされ、あっという間もなく、軽いリップ音と共に口づけを受けていた。


「キミに多くの幸あらん事を!」

イタズラっぽくフォルは微笑み、祝福を送る。

魅惑的で吸い込まれそうな碧眼が、キラキラと輝いて見える。

あんな美貌の主と握手する事さえ緊張していた幸歌が現時に戻って来れたのは、華麗に身を翻し去って行った彼が、部屋から退出した事を告げる扉の音を聞いてからだった。

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