第4話 愛猫の食事から目を反らす

「ねーちゃん、声でか…」


福が顔をしかめているような、イヤそな気配がする。

が。


「だって!

トカゲって!

このでかさ!!」


矢継ぎ早に吐き出す幸歌に、しかし福は何でもないようにトカゲに視線を戻す。


「あ、ねーちゃんは石化の毒あるらしいから近づいちゃダメ」


それってもしかしなくてもバジリスクー!?


「そんなの!

食べちゃダメでしょう!!!」

「僕食べて大丈夫になったもん」


早速食べ出しそうな福に、彼女は目眩を覚える。

丈夫そうな巨大な体、異世界で問題ない生活、確かにそれならできそうだ。

だが、前の世界でも彼が脱走し、野生むき出しにトカゲや鳥を捕ってくる度、胸元や前肢に何者かの返り血を浴びてくる度に抵抗を覚えていた身としてはたまったものではない。


とりあえず、話を反らそう!!

彼女はそう決め、福に質問を投げかける。


「と、ところでなんで石化とか、大丈夫とかわかるのかな??」

「神様にご飯食べていいのと悪いのわかるようにしてもらった。

どうでもいいけど名前もわかる。

バジリスクだって」


やっぱりバジリスクでしたか!!

ファンタジー好きでも興奮を覚えている間もない展開だ。

どうだ、とばかりに多分どや顔で胸をはる福は可愛い。

可愛いが、口元と胸元が血濡れでエグイんだよー!!!

彼女は異世界に来て早速、少し後悔した。

福と話せるのも、巨大モフモフも大いなる魅力だったが、正直見たくない愛猫の姿だった。

とりあえず食事を始めそうな福の姿からは目を反らし、状況把握をしよう!と心に決める。


服は…仕事帰りの黒パンツ、黒ジャケットの無難な仕事スタイルのままだ。

無精な性格故、財布をショルダータイプでかけているのだが、それもそのまま。

じゃあ仕事用の鞄もあるかも?と視線をさ迷わせれば、元いた場所にそれらしい黒い物が見え、戻ってみる。

間違いない、仕事用のバッグだ。

中身を軽く確認すると、ノートパソコンにモバイルバッテリー、スマホなどきちんと入ったままだ。

当然スマホは電波はないだろうが、何かと使い道はありそうだ、有り難い。

それと…何故か普段使い用のリュックが近くに落ちていた。

買い出しなど両手を自由にしたいので普段はリュック派なのだ。

なんでだろう…と中身を覗けば、猫じゃらしと爪研ぎが見えた。

…リュックのサイズ的に爪研ぎ入るか…?

しかも今の福のサイズ的にこれの使用はムリがあるような…

そう思わずにはいられない幸歌だったが、きっと猫神様の好意か、福のリクエストだろうとありがたく頂いておく事にする。

そこにタイミングよく福の声が届く。


「後はとっておくからもう行こうねーちゃん」

「行くっどこに??」

「寝れる所に決まってるやん

僕は絶対にお布団で寝る!!」

「ああ、うん、福はお布団大好きだもんね…」

異世界でもぶれない愛猫である。


「さあ、行くよ、ねーちゃん!

仕方ないから背中に乗せてやるからさっさとして!」

「背中に!乗れるの!?」


思わず目を輝かせる幸歌に福はこれ見よがしにため息をついてみせる。

福と生活するようになってから、猫もため息をつくのだと思い知らされた幸歌である。


「街まで行くのにその方が早いやろ

ねーちゃん足遅い」

インドア派のITエンジニアに足の早さを求める方が酷である。

大体休日はほとんど添い寝で離してくれないのは彼本猫である。


「じゃあお願いします…」

動物の背中に乗れる!!

長年の夢の成就に期待を胸を膨らませて、恐る恐る愛猫の背にまたがる。

フカフカ…幸せ…。

しかしその幸せを感じたのもつかの間の事だった。

福は幸歌が背にのったのを確認すると、食べ残しのバジリスクを口に咥えたのだ。

持っていくんかよ!!!

幸歌の全力のツッコミは口に出される前に、福が走り出したのだった。

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