第2話 え、そんなことって・・・
JR新宿駅に降り立った不釣り合いな二人は、駆け足で西口方向へと「メトロ丸の内線」の改札口に向かっていた。聡志は、おんぼろベルトの腕時計をちらちら確認しながら、後方の「ピンクジャージ」を気にしている。禿げ頭にうっすらと汗が滲む。
「おっさん、早えぇぞ」
「ピンクジャージ」は、か細い声で聡志に訴える。かなりライフポイントが下がっているようだ。
「もう少しで乗り換えですから」
首だけ振り向いて「ピンクジャージ」に告げる。そんな聡志も歳のせいで息が上がり気味になっている。
漸く二人は丸ノ内線の改札に到着した。
「着きましたね。後は地下鉄で四谷三丁目に行くだけです」
「そうか、わかった。何とか間に合いそうか」
「意外と時間稼ぎましたよ。走った甲斐がありました」
「今度はあの細長ぇ機械に引っかからねぇぞ」
「おお、並々ならぬ闘志ですね。流石の学習能力」
「いま、軽くディスったろ。後で覚悟しておけ。おっさん」
「何です?そのディスコなんちゃらっていうのは」
「もういい。話にならん。ググっとけ」
「ググ・・・」
と口を開いた瞬間、「ピンクジャージ」はもの凄い眼光で聡志を睨みつけた。
一瞬たじろいたが「急ぎますので行きましょうか」と何も無かったようにさらりとかわした。聡志は着実に過去の自分で無くなっている。
早速、二人は赤いラインの丸の内線に乗り込んだ。車内は然程混んでいない。吊革に捕まって安堵する両人。後はオートマチックに四谷三丁目に到着するのを待つだけだ。
一気に体の力が抜けた。年代物の腕時計を見やると、長針と短針が下方に重なる五分くらい前だった。聡志もやっとほっとする事ができた。
地下鉄は銀座・東京方面へと動き始めた。
「もう大丈夫ですよ。時間ぴったり位に到着するでしょう」
「スタジオは駅前だから大丈夫だな」
「よかったです。お力になれて」
「てか、付き人なんだから当然だろうが」
「まあ、そうなりますよね」
聡志は少し苦笑いした。
新宿御苑駅を過ぎて、もう直ぐ目的地となった。すると、地下鉄が急に減速し始めた。
「あれ、おかしいな。何で減速するんだろ」
車内も少しざわついている。
「どうした、おい」
「ちょっと分かりませんね。通常ですと、地下鉄ですので駅のホームで人身事故などが起きる以外は減速などは無いはずですが。暫くすれば車内アナウンスがあるでしょう」
「マジかよ。迷惑な話だぜ。折角、急いで間に合いそうなのに全部台無しじゃねえか!社長呼びやがれ」
「まぁまぁ、抑えて下さい。ある意味貴重ですよ。中々地下鉄の途中停止なんて遭遇しませんから」
「どうでもいいし」
地下鉄が停止して車内アナウンスが流れた。
「本日はメトロ丸の内線にご乗車、誠にありがとうございます。只今、先頭車両の乗車扉に何らかのものが挟まっている模様ですので、停車して確認しております。ご迷惑をお掛けしております。暫くお待ち下さい」
「何らかのものって何ですかね?バッグとかでしょうか」
「俺には無関係だ。そんなことより時間がねえぞ」
「携帯とかお持ちで無いんですか?スタジオとか言う所に連絡してみては如何ですか?」
「車ん中だ。それに雑用は桜田の仕事だったのに」
「あっ、そうでしたか。桜田さんってさっきの体つきの立派な方ですよね?」
「そうだ」
「今頃何をしてるんですかね。あの方には悪い事したみたいで・・・」
再び車内アナウンスが流れた。が、何だか周りが騒がしいようでその声も拾っている。
「本日は・・・ガシャガシャ、おい暴れるな!ガシャガシャ」
車内アナウンスの後ろで、誰かが抑えられている様子が想像される放送内容だ。
「えー、本日は・・・いてぇだろ!この車掌!放しやがれ!この車掌!・・・ガシャガシャ」
《ん?どこかで聞き覚えのある声と口調だな》
「停車して確認しました所、・・・100万請求するぞ、この車掌!・・・ガシャガシャ
ご乗車されているお客様の携帯電話が乗車扉に挟まっていた事を確認致しました。暫くお待ち下さい」
「あれ、アナウンスの合間に叫んでいた声、聞き覚えが・・・」
「桜田だ。あのタコ、何してんだ!」
夕は両手で顔を覆った。
「先頭車両に行ってみましょう」
「ったく、つくづく使えねぇ野郎だ、あのタコ」
先頭車両に到着すると、わぁわぁ言っているガタイのいい男を地下鉄関係者が取り囲んでいる。
「やっぱりか」
夕は、再度顔を手で覆った。
「何してんだ、桜田!人様に迷惑掛けてんじゃねェ、桜田!」
夕の怒号が車内に響き渡る。
「あ、夕さん」
「あ、じゃねぇんだよ!桜田!何してやがる!」
「実はあの後、乗り捨てられているビートルの中に夕さんのスマホがあるのでは、と思って探して持ち帰ったんです。新宿から丸ノ内線に乗ることを見越して先回りしたんです。でもスマホを持った左腕が扉に挟まれてしまって、
この有り様です」
「はぁ?おまえ、やっぱ使えねぇな。結果的に遅刻してんじゃねぇか、このタコ!」
「お言葉ですが、夕さん。桜田さんは、あなたの為に良かれと思ってこうして追いかけて下さったのに、酷いですよ。それに携帯を落とすまいと暫く耐えられたのですから」
聡志は夕に面と向かって意見した。
「なんだ、おっさんまで。おまえに言えた義理か!」
「結果的には裏目に出ましたが、貴女を思っての行為です。感謝してもいいかと思いますよ」
夕は黙り込んだ。静寂が一瞬周囲を取り囲んだ。
「はい、夕さん」
桜田は、夕のスマホを差し出した。
「今度人様に迷惑掛けたら承知しねぇからな、このタコ」
夕の眼にはうっすら光るものが溜まっている様に見えた。夕は直ぐにそのスマホでスタジオに連絡を入れた。
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