第三話 軋轢

18:30ギリギリにスタジオ入りした夕と聡志は、余りにも必死に走って来たので、はぁはぁ、ぜぇぜぇ言って肩で息をしている。

「お、遅くなりました」

見たこともないハゲおやじに、スタジオに居るスタッフらは、

「あいつ誰?」

の疑問符でお互いの顔を見合わせる。

その直後、夕が顔を出し、

「おはようございます」

肩を上下に動かして、膝に手を当てている。

「お、おはようございます」

スタッフ達は、ハゲ登場からの主役登場で面食らっている。

「お前が遅刻寸前なんて珍しいじゃないか」

皮肉めいた言葉を発するのは、総合プロデューサーの松永隆だ。夕はこの松永に、

「たまにはいいだろうが。本打登場って感じで」

「お前も偉くなったもんだな、ちょっと売れた位で天狗になってんじゃないのか」

「なんだ、天狗って。江戸時代か!」

スタッフ一同が苦笑する

「そんなのはどうでもいいんだよ!お前ら笑ってんじゃねぇ」

不穏な空気が周囲を包む。

「お前、世間様のイメージが今どうなってるか分かってんのか?そんなんだから、俺がいい作品作ってやってんのに売れねぇんだよ!」

「何様なんだ、お前!歌ってんのは俺だぞ!じゃあ、お前歌ってろ、このハゲ!」

「え、俺がですか?」

聡志は、自分を指差して声を上げた。一同、わっと声を出した。

「おめえじゃねえよ、このハゲ!お前、ほんまもん

だろ」

「あ、そうでした。すみません」

「お前、そこで立ってろ」

「小学生か」

スタッフの誰かが小さい声で突っ込みが入った。


「じゃあさっさと始めようぜ」

夕がレッスンスタートの号令を発する。

松永の表情が冴えないまま、淡々とレッスンは続いた。


夕と松永には最近お互いの壁ができ始めていた。週刊誌には「音楽性的方向性」の違いが取り沙汰されていたが、真実は違っている。確かに表向きはメッセージ性が強めの歌詞での楽曲を推す夕に対して、松永はアップテンポの曲調を推していた。だが、軋轢の本丸はそこにはなく、お互いの金銭の鶏分についてだった。

夕は現在、歌い手として松永主導で活動を行っていたが、最近は夕自身が作詞作曲していることもあり、松永の取分が目減りしていた。それでも夕は大分譲歩して、金銭の取分は折半にまで引き上げていた。

松永は以前の金額に届いていない事を面白く思っておらず、更に借金が相当額ある様で、その事も拍車を掛けていたのだろう。


2時間ほどのレッスンを終了すると、夕はさっさと帰り支度を始めた。

「おい、おっさん!帰るぞ」

「は、はい」

「ちょっと待てよ、夕。遅刻すんでで来ておいてそれは無いだろう」

「何言ってんだ、お前。やる事やって帰るのにひきとめんのか?悪趣味も程々にしろよ」

「いや、無理にとは言わん。ところでそのオッサンは誰だ?」

「こいつか?櫻田の後釜だ。挨拶して置いた方がいいぜ。こいつ、しこたまがめてるから。金に困った時に使えるぜ!」

「け、言わせておけばいい気になりやがって」

「だって、真実だもんな、みんな」

スタッフは全員凍り付いている。

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