第十章 役に身体を張れ

第31話 台詞付き役への挑戦

 夕食は特大のピザだった。


(主人公さんが万が一、このピザを見たらなんて思うのだろうな……)


 大口を開けかぶりつくゴンベーの脳裏に、世界珠から声が届く。


『ご安心下さい。主人公さんの世界の食べ物にみえますので』


「っ!? ゴホッ! っほぉ!」


 突然の世界珠からの声かけに、ピザが喉に詰まったゴンベーは慌ててコーラを流し込んだ。


(ち、ちょ! びっくりさせないで下さいよ~)


『あらあら、これは失礼しました。お一人でのお食事は寂しかろうと思い話し相手にと思ったのですが……』


(あ、いえ、ありがとうございます。気を遣っていただいて)


『なんのこれしき。エキストラさんの方々に最高の演技をしてもらうのが私の勤めであり喜びですからね。それでいかがですか、初めてお目に掛かった主人公さんは?』


(そうですねぇ~俺の世界の人によく似ていましたから、ちょっと驚きましたけど)


『エキストラさんの負担にならないよう、また表情に表れないよう、元の世界の人の顔にみえるようにしてありますので、ゴンさんの世界の俳優さんと思って演技をして下さい」


(なんだそうだったんですか。そう思えば気が楽になります)


『それはよかったです。そこで一つゴンさんにお話があるのですが……』


(なんでしょう?)


『台詞付きで一役演じてもらいたいのですよ』


(よ、よろしいんですか!?)


『主人公さんが提案するヴァンパイヤ・バグの退治方法なんですが、どうやら村人の協力が必要なんですよ。それでゴンさんにお話を持ってきた次第でして……』


(で、ですが俺、今回初めてオーディションで役がもらえた身ですけど?)


『以前の収録現場でのゴンさんの演技を見させてもらいました。アドリブでもちゃんとこなしていただいて、それを踏まえてのお願いなのです。もちろんその分のギャラははずませてもらいますよ』


(そ、それでも他の方達との兼ね合いが……)


 新人がいきなり台詞付きの役をもらうことになれば、周りからの嫉妬や圧力は必至である。


『ゴンさんにお願いする程度の役は皆さん既にこなしていますよ。それにこれはゴンさんが演じるのが流れ的に自然なのです』


(ど、どんな役なんですか?)


『はい。かくかくしかじかで……どうなさいますか?』


(……や、やります! やらせてください!!)


『それはよかった。では簡単なレクチャーを行いましょう。緊張するなというのは無理ですが、むしろこの場面では緊張なさった方がより自然になりますので』


(はい! よろしくおねがいします!!)


 ゴンベーは心の中で九十度のお辞儀を世界珠に向かって捧げたのであった。


 ― 翌朝 ―


 村の中心の大木を背に、メテア、ラピス、そして村長が立ち、半円状に村人達が取り囲んでいた。

 村長が大声で村人に叫ぶ。


「皆の者喜べ! ヴァンパイア・バグを退治できる方法が見つかったぞ!」


”おおっ!”と村人から歓声が沸き起こった。

 そして村長がヴァンパイヤ・バグの退治方法を村人へ説明する。


「ヴァンパイア・バグが沼の中にいるときに、メテア様が【冷却】の魔法で沼の水すべてを凍らして下さるのじゃ。そうすれば奴らも水の中から出てこられまい。我らの勝利じゃ!」


”おおおおおおっ!”と村人からさらに大きな歓声が沸き起こった。 


 しかし最後に村長が真剣な顔で皆に尋ねる。


「……じゃがヴァンパイア・バグすべてが水の中にいる条件は、血を吸って腹一杯になったときしかない。誰か、生け贄として血を吸われる者はおらぬか!」


 一転、村人の間に動揺が走る。

 もちろんこの演技もゴンベーの役が決まったときに、世界珠から皆に伝えられていた。


 次にラピスが皆を落ち着かせるように優しく言葉を紡ぎ出した。


「もちろん血を吸われた方は、私が全力で治療致します。どうかご安心下さい」


 銀等級女優が奏でる精霊の調べのような台詞は、演技をしなくとも皆の魂に染み入り、徐々に落ち着いていった。

 そしてメテアも。


「俺が吸われてもいいんだけどさぁ、そうすると沼を凍らせる魔力が足りなくなるかもしれないんだ」


 わずかな沈黙のあと、村人の一番後ろから声と手が上がる。


「オ、オラがその、い、いけにえに、なるだぁ!」


 村人達が振り返ると、声の主はゴンベーであった。


「コ、ゴン! おまえ!」


 村長すら意外そうな顔でゴンベーを見つめていた。

 もちろんこれも演技である。

 ゴンベーは視線を落としながらたどたどしく、しかしはっきりと台詞を紡ぎ出していた。


「オ、オラ、いっつも皆の足手まといで、め、迷惑ばっかかけて……拾ってくれた村長さんに、な、なんの恩返しもできねえだ……だ、だから、み、みんなの役に立ちたいんだ」


「いいのかゴン、それで!? いくらラピスさんが治療して下さるとはいえ、もしかすることもあるんだぞ!」


 確認するように村長は問いただした。


「も、もう、き、きめたんだ。そ、それに……こ、こんな綺麗な人に……ち、治療してくれるんなら……たとえ……えへへっ」


 ラピスを見つめるゴンベーの顔はにやけていたが、二本の脚は半分演技、半分リアルで震えていた。

 昨夜の世界珠の言葉を思い出す。


『ヴァンパイア・バグの大群に血を吸われても死ぬことはありませんが、主人公さんの目の前ですので実際に体が傷つき苦痛を伴います。大丈夫ですか?』


(正直怖いですけど……やってみます!)


 他のエキストラは、物語中のゴンの勇気と、エキストラであるゴンベーの演技を片時も離さず注目していた。


「……ありがとうゴン……ありがとう」


 村長はリアルと見間違うような一粒の涙を流して、感謝の言葉を述べた。


 ― 昼過ぎ ―


 ”すこしでも血を増やすため、そして最後の食事になるかも”

と、ゴンには村で振る舞える最高のご馳走が並べられた。


「オ、オラ、こんな料理は初めてだ……」


 それをゴンベーは盛大に口に押し込んでいった。

(やれやれ、朝飯を抜いておいてよかったぜ)


 世界珠からストーリーを聞かされたゴンベーは、朝飯を抜いてもらうよう頼んでおいたのだ。


 ヴァンパイア・バグ討伐隊のメンバーは、

 救世主の少年メテア。

 エルフの少女ラピス。

 魔法使いの村長。

 生け贄として下着一枚にマントを羽織ったゴン。

 護衛役として恐竜を駆るザムとジルと女性射手のミル。


 そして万が一ゴンが力尽きたとき、そのあとに血を吸われる男たち三人が自ら名乗り出てきた。


 村人に見送られながら、一行は森へ入り沼へ向かった。

 先頭のザムの恐竜にはゴン、殿しんがりのジルの恐竜には村長が乗りその横にはミル、その間をメテアとラピス、男三人が歩いていた。


「ちぇっ! 恐竜に乗ってみたかったのになぁ~」


とメテアは口を尖らせるが、ラピスがなだめていた。


「恐竜は村人のモノよ。それに、異世界から来た貴方が乗ったら恐竜がびっくりして暴れるかもしれないでしょ?」


「そっかぁ、それもそうだね」


(さすが銀等級の役者さんだぜ。ごく自然に主人公さんをコントロールしている……って、思ってたより乗り心地が悪いな……乗り物酔いして食ったモノ吐き出さなければいいんだが……。今更ながら馬に乗るだけではなく斬り合いしたり足軽の槍で突かれて落馬する俳優さんを尊敬するぜ……)


 恐竜に揺られながら《百鬼侍》の合戦シーンのロケをゴンベーは思い出していた。

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