第30話 エキストラのエトセトラ

 兵士のゴーレム達は村の警備をする為、無駄も隙もない動きをしながら村の各所へ駆けていった。


(よくできているな。ちゃんと女の兵士までいるなんて……)


 男兵士も女兵士も、格闘家のような険しい顔つきにたくましい肉体をゴンベーは想像していたが、観客受けを狙ってか、半分ぐらいはモデルのようなイケメン男性に、セクシー女優のような肉感的な体形のゴーレムだった。


 さすがに『ドイル・ザ・バーサーカー』に出てくるようなビキニアーマーではないが、それでも両胸が果実のように盛り上がった美女の兵士を見たゴンべーは、つい頭の中でいろいろと想像する……。


(い、いかんいかん! 相手は兵隊さんだぞ。下手に手を出したら街のお姉ちゃんの比じゃない”お仕置き”をもらっちまう!)


『おや、それも面白そうですね。よろしければナンパしても構いませんよ。それぐらいのアドリブは物語の進行に支障ありませんからね』


 気分をよりえさせる、明るくさわやかな世界樹の声が聞こえてきた。


(ちょっ! 勘弁してくださいよぉ。冗談きついですぜ)


『はっはっはっ! 半分本気でしたけどね。ですが楽しんでいただいて何よりです。さすがに同じ顔触れでは退屈しますから、存分に目の保養をなさってください』


(なるほど。男兵士にもイケメンがいるのはそのせいか……。ん? あの~世界樹さん)


『はい、なんでしょう?』


(村長さんは確かウサギ人……でしたよね? 俺のような人間のイケメンを見て目の保養になるんですか?)


『ああ、ご安心を。ああいったゴーレムは物語に関係なければ、エキストラさんからはその種族のイケメンや美女で見えるようになっています。でなければ目の保養にはなりませんからね』


(じゃあ、主人公さんには?)


『元の世界とは違う、異世界であることをより信じてもらうため、いろいろな種族の兵士に見えていますよ』  


(なるほどねぇ~。あ、お忙しいのにありがとうございました)


『いえいえ、また何かあれば遠慮なく呼んでください』


 帝国軍が来たことで警備についていた村人達の緊張は解け、皆、柔らかい顔と息を漏らしながら家へと帰っていった。


 ゴンべーも肩をほぐしながら家畜小屋へ戻ると、ザムとジルが恐竜からくらあぶみを取り外していた。


「お疲れっすジル。まさか本当に帝国軍が来るなんてぇ、思いもよらなかったでさぁ」


 ゴンべーはあくまで”物語のゴン”としてジルに声をかける。


「そうだぞジル、一体どんな魔法を使いやがったんだ?」

 ザムも”アドリブ”でジルに問いただした。


「い、いやぁ~。最初はなかなか信じてくれなかったんすけど、ミルのヤツが正規兵のペンダントを叩きつけながら、すごい剣幕で砦の将軍様に怒鳴り散らしたんす。んで、とりあえずってことで来てくださったんすよ」


 ジルも即興で台詞を紡ぎ出した。

 ゴンベーは眼を見開いて息を漏らし、”ノッて”アドリブする。


「ほぇ~ミルさんにそんな一面があったなんて、ふ、普段はおとなしそうなのに……」

 ”猫をかぶる”という慣用句を、ゴンベーは慌てて飲み込んだ。


「こりゃミルの旦那になるヤツは大変だな。どうだジル。おまえああいう気の強いのは好みじゃないのか?」


 ザムがジルに”設定”を振るが


「勘弁して下さいよ。結婚した瞬間、俺の体に鞍や鐙、くつわを付けさせられて、四六時中、恐竜のように背中に乗られちまいますよ」


 ジルの冗談にあとの二人はその姿を想像し、

「「「ハッハッハッハッハ!」」」

 笑いの三重奏が家畜小屋に響く。


 ゴンベーは『夜の”性活”はどうするのか?』とのど元まで出かかったが、新米エキストラゆえさすがに自重する。

 だが調子に乗ったジルは、つい口を滑らした。


「昼はミルに怒鳴られながら畑を耕して種を植えて、夜はベッドの上でミルの体を”耕して種を植える”。休まる暇はないですよぉ~」


 三人の笑い声はやがてにやけたいやらしい笑みへと変化し、


『ベッドの上で裸になったミルめがけて、"自分の鍬"によって"ミルの穴"を何度も耕やし、やがて子種を植え付ける』


濡れ場を思い浮かべた。


 妄想の中では自分が主役であり、物語の主人公でもある。

 三人が三通りの体位で、ミルとの濡れ場を妄想の中で演じる。

 

 やがて、三人の股間が徐々に膨らんでいった……。


 そこへ!


「なになにぃ!? なんか楽しそう」


 小屋に顔を突き出したのは、冗談と猥談わいだんさかなにされたミル本人だった。

 三人はすぐさま、裸のミルを頭から消去し、”なんでもない!”とさりげなく股間を隠して取りつくろう。


 「なんかぁ~あたしの名前がぁ~聞こえたンだけどぉ~。アレはジルの声かなぁ~?」

 妖しい目つきと唇で、ミルはジルに詰め寄った。


 その迫力に、三人の股間は穴の空いた風船のようにあっという間に縮んでいった。


「こら! 白状しなさい!!」

「イデデ! イデデ!!」


 ミルに捕まり、ヘッドロックされるジル。

 普通ならお約束でジルの顔にはミルの柔らかい胸が押しつけられるが、残念ながらジルの顔に押し付けられるのは、堅い木の胸当ての感触のみであった。


 木目の跡がついたジルの顔を見て、今度は笑いの四重奏が演奏される。


 台本にはないやりとり。

 エキストラの間で繰り広げられる、たわいのないアドリブ話。

 しかし、ゴンベーはこの時が何よりも好きだ。


 撮影現場ではほんの数日の間に、十年以上もの時をかけた人のつながりがはぐくまれる。


 つい数日前まで、顔や名前どころか、会ったこともないエキストラ達が、古くから同じ村に住む村人として、ごく普通に日常の会話や冗談のやりとりをする。


 初めて会ったエルフの美女との、その場限りではない、幾年もの時を費やして育てた愛の情事も、現場でしかなしえない時である。


 ゴンベーは十年以上、名前付き配役を勝ち取ったことがないのに、未だエキストラをやっているのは、あこがれの富士歳三郎に近づけるだけではない。


 見ず知らずの人間同士なのに、撮影が始まった瞬間、何十年もの血のつながりや古くからの親友、かけがえのないパートナーとして、物語という同じ時を過ごせるからだ。


 たとえ仕事が終わったら二度と会えなくても、手の届かない、雲の上の存在になっても、わずかなさみしさ、そして人ゆえに悔しさ、ねたみが生ずる。


 しかし、彼らエキストラはそれを思い出に変えるほどの体験、経験をなしえた。

 だから、たとえ役をもらえなくても、彼らは現場へと向かうのである。


 かけがえのない時を、共に過ごすために……。

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