第29話 帝国軍の応援

 村人達の興奮が収まると、村長が高ぶった声で説明する。

「あのヴァンパイア・バグはその小ささと動きの素早さ、何よりあらゆる魔法が効かないモンスターなのです」


「モ、モンスター!? あれが? どう見ても”……”」

 メテアは気の抜けた声で村長に尋ねると、ゆっくりとうなずいた。


「左様でございます。先ほど申し上げたように街道には荷馬車や隊商を襲うモンスターがはびこっておりました。救世主様が戦ったリザードマンやウルフファイターがそれでございます」


「戦ったって言うか……勝手に向こうが背中を向けたって言うか……」


 メテアの呟きに構わず村長は説明する。

「幸いにもこの村には農耕用の恐竜が二体いまして、これらを使い、奴らがちょっかいを掛けてきたら撃退したり、襲われた荷馬車を保護していたのです」


(さすがだぜ。有無を言わさず会話の主導権を取って話を進めるなんて。みんなから村長を任せられるわけだ)


 初めて会った人間との会話でも相手の気分を害せず、ごく自然に話の流れを持って行く村長の手腕に、ゴンベーは心の中で感心し、他のエキストラから村長役を推薦され、世界樹がスカウトする理由をその耳で噛みしめていた。


 もっともこれは、村長の住む現実世界で、他の奥様との井戸端会議で身につけた、一種のスキルであった。


「うん、それはさっき家の中で聞いた」

「さすがに我が村が邪魔になってきたのか、この村近くの沼を汚染させ、ヴァンパイヤ・バグを放ったのでございます。こんなことができるのは、あの正規兵ぐらいでしょう」


「あ~確かに変な翼を生やして空を飛んでいたし、それぐらいはするかもね~」


「あのヴァンパイヤ・バグに血を吸われると、よほどのことがない限り死ぬことはないですが、二、三日は起き上がるのもやっとの状態になるのです。それ故、奴らが来たら刺されないよう体を動かすか、私の【突風】の魔法で追い払うしかなかったのです」


「ふぅ~ん。つまりみんなの血を吸って弱らせてから襲おうとしたわけだ」

「ご明察、恐れ入ります」

 村長は軽く頭を垂れた。


「そういえばそのバグって、エルフの血は吸わないの?」

 メテアは、ヴァンパイア・バグが飛来しても落ち着いていたラピスに尋ねる。

「私たちが食べている、《プーベの実》が、バグよけになっているのよ」

「じゃあさ、みんなもその”……”いや違った、プーベの実を食べたら?」


 メテアの問いに村長は首を振る。

「残念ながらその実は我らには毒なのです」


「”……”みたいに燃やして煙を出してみたら?」

 メテアの言葉に一瞬、村長とラピスは怪訝な表情を浮かべるも

「その……救世主様のおっしゃるものはわたくしたちは存じ上げてはいませんが、プーべの実を燃やしその煙を吸ったら、逆に我々が苦しんでしまうのです」


「ふぅ~ん。”虫除け”にもならないのか、やっかいだね。俺の【炎爆】でも効果ないってなると……血を吸われる前に叩きつぶしたら?」


「そ、そんなこと! できればすぐにやっております。我らは救世主様ほどすばやく腕や体を動かせませぬ!」


「それじゃ奴らが来たら、そこの樽の水に飛び込めば……」


「夏ならよろしいのですが、さすがに冬場は……。何より奴らは普段、その沼の中にいるのです。まだ水に飛び込んだことはありませんが、もしかしたら水の中でも血を吸うかも……。よって追い払うのは、奴らが沼から出てこの村を襲う時しかないのです……」


「それじゃ元から何とかしないとダメか……。ねぇ、その沼って別になくなってもいいの?」


「はい。水なら村のすぐそばに川が流れておりまして、村の畑の水源になっております」


「ああ、あの川ってここへ流れていたのか……」

 メテアはちょっとにやけた目でラピスの体に目をやった。 


「我々のような無力な者が救世主様にお願いするのは分不相応ではございますが、どうかこの村を救っては下さりませぬか? むろん、お礼は精一杯させてもらいます」


 村の現状をすべて説明した村長は台本を進める為、メテアに依頼をし頭を下げる。

 すると村のみんな、そしてゴンべーも同時に頭を下げた。


 もちろん主人公は台本なぞ知らぬ身。

 ”知ったことか”と先を急ぐか、ポコペン大魔王にくみするかもしれない。


 あるいは、自分自身が大魔王となって、手始めにこの村を燃やし尽くすかも……。


 主人公に最初の依頼を受けさせること。


 これはこのシーンにおいての要であり、エキストラにとって最大の賭でもあった。


 村の中を永遠とも言える時が刻まれる。


「……いいよ」

 あっけらかんと主人公の口から了承の言葉が放たれる。


「い、いまなんと!?」

 村長が眼を見開きながら顔を上げ、確認するようにメテアに問いかける。


「乗り“…………”だからね。やるだけやってみるよ」

”おおおぉぉ~!”と村人から歓声が上がる。

「あ、ありがとうございます救世主様ぁ!」


 村長が涙ながらに礼を言い、ゴンべーもバンザイしながら歓声を上げる。


「と、とりあえずお腹すいた……何か食べさせて」


 メテアはお腹をさすりながらその場にヘタり込んでしまった。


「こ、これは気がつきませんで。救世主様のお口に合うかどうかわかりませんが、精一杯おもてなし致します」


 村人達も警備を続けながら交代で昼食を取ることにした。

 ゴンべーもロールパンと大盛りのクリームシチューをほおばっていたが、時折小指で耳の穴を掃除していた。


(おっかしいな。ところどころ主人公さんの言葉が聞こえねぇ? あっそうか!)


 ふとマネージャーからハリセンと同時に叩き込まれた、主人公と共演する上でのルールを思い出す。


 ― ※ ―


『なぁ、ギルドや現場でのエキストラ同士の会話は大御神様の力で翻訳されるけど、転生してきた主人公との会話はどうなるんだ? 世界が違えば固有名詞とかも違うんだろ?』


『だいたいは世界珠が似たような言葉で翻訳してくれて、アンタの耳に聞こえてくるけど、あまり関係のない言葉はスルー、つまりそこだけ無音になるわ』


『ふぅ~ん。放送禁止用語の”ピー”みたいなもんかね』


『ある程度エッチな言葉はそのまま訳されるわよ。むしろ発音によってはアンタの耳では聞こえない声だとか、ガラスをひっかくような不快な音に聞こえる時もあるしね。あとは……』


『ん? なんだよ?』


『……んまぁ、これに該当するのは、アンタの世界で言う宝くじの一等に当たるみたいなモノだし……。たとえ聞こえない言葉があってもあんまり気にしなくていいわよ』


 ― ※ ―


 午後も村の警備に当たるゴンベーだが、メテアとラピスは食事が終わると村長の家を出て、村の外へ向かっていった。


(あの方向は確かモンスターのいる沼の方向……。もう退治するのか?)

 しかしすぐさま二人は戻ってきた。


(なんだ下見か……。しかしエキストラだけの現場では何もないシーンはカットして次のシーンを撮影するけど、主人公さんがいると息を抜く暇もないな。ドキュメンタリーみたいなモンかね……おっと、これは”現実”だ。いつポコペン大魔王の軍勢が攻めてくるともかぎらねぇ!)


 ピッチフォークを持ち直し、すぐに動けるよう体をほぐす。


(そういえばジルさんはミルさんと砦へ向かったけど、何しに行ったんだろうな? 村の外に砦なんかなかったし、もしかして逢い引き……)


 長い髪を後ろに束ね、スポーツブラのような木の胸当てと、太ももを露わにした革のホットパンツを纏ったミルの姿は、およそ戦闘向きではないにしろ、観客へのサービスが表れた服装であった。

 本番中にもかかわらず、ミルの体を想像するゴンベーの頬は緩んでいった。


『砦に駐留する帝国軍に応援を要請しに行ったんですよ』

 ゴンベーの心に世界珠が語りかけた。


(うお! すんません! 変なことを考えて)


『いえいえ、露骨に顔や口に出さなければ大丈夫ですよ。それに疑問に思ったらドンドン質問して下さい。物語の進捗状況を知らないのはかえって不安になりますからね。まもなく砦から帝国軍の兵士がきます。そうすれば警備から解放されますので今しばらくのご辛抱を』


(……兵士って、オーディションでは募集していませんでしたけど? モンスター役の人が二役やるんですか?)


『兵士はゴーレムが演じます。さすがに四六時中、村の警備をエキストラさんにやらせるのは酷ですからね』


(なるほど、ゴーレムって数あわせじゃなくそういう使い方もあるんすか)


『村長役の方は荷物持ち用にゴーレムを持っていらっしゃいますよ。村長ともなると普段着から寝具、そして魔法使いのローブとかの衣装から、中折れ帽子や魔法杖、アクセサリー等のアイテムもいりますので大荷物ですからね。ゴンさんもギャラが出たらショップエリアを物色してみてはどうですか?』


(い、いやぁ。まだまだそこまでは……っていけねぇ。世界珠さんのお時間をとらせてしまって)


『いえいえ、また何かあったら遠慮なく呼んで下さい。では……』


 世界珠との会話で気が紛れたゴンベーは再び警備につくと

”ドドスドドスドドス!”

 村の出口の方向から複数の地響きがゴンベーの足下へ伝わってきた。


 ジルとミルが乗る恐竜を先頭に村に現れたのは、鉄の鎧に身を包み、鼻の上に一本、そして襟巻のようなたてがみから角が何本も生えている恐竜と、それに引かれた幌尽き荷車だった。


「帝国軍だ!」

「やったぁ!」

「帝国軍が来て下さったのか!」

 地響きと村人の叫びを聞いた村長も慌てて家から飛び出す。


 幌付き荷車から幾人もの兵士が飛び降りて整列すると、恐竜から降りた隊長らしき兵士と村長はなにやら会話をする。

 ゴンベーはすぐさま検索の円を、角が生え鎧に包まれた恐竜にロックオンする。


(すげー! 戦闘用の恐竜かぁ! 狼男さんとトカゲ男さんには悪いが、あの二人が挑んでもあっという間に倒されそうだぜ)


 素で興奮するゴンベーだったが、それ以上に興奮する声が耳に届いた。


「うわぁ~すげぇ! すげぇ! かっこいい~!」

 戦闘用恐竜を見たメテアは子供のようにはしゃいでいた。

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