第28話 主人公様! スゲェェ~!!

(ビ、ビビるな俺。あれぐらいの背格好の少年エキストラなんて、それこそ芸能プロダクションにごまんといるじゃねぇか。いやむしろ、売れっ子男性アイドルが主演だと思えば……あ、いけねぇ)


 すぐさまゴンベーはエルフの方へ視線を向ける。


(むしろ村人にとってエルフの方が珍しいからな。それに下手に眼を合わせて話しかけられちゃ、ぼろが出ちまう)


 ― ※ ―


 リハーサル時。

『ゴンベーさんは下手に主人公さんと視線を合わせるより、むしろエルフさんを見ている方がいいかもしれませんね。多少、エッチな視線で見てもいいですよ』


 そう世界珠よりアドバイスされた時は

(なんじゃそりゃ!)

と心の中でいきどおったが、その言葉の意味を今さらながら噛みしめていた。


 ― ※ ―


 村長はラピスを凝視し

「本物のエルフなのかのぅ? 昨今、街道に山賊やモンスターが現れて荷馬車が襲われておる。しかも奴らはポコペン大魔王の部下との噂も……。もしや魔法でエルフに変装したのかや? にわかには信じられぬのぅ……」


 しゃがれた声を発しながら白い眉をひそめていた。

 村長の言葉に、男衆は武器を構えながらメテアとラピスを取り囲んだ。


「まぁ仕方ないわね。でも安心して。この街道を荒らしていたモンスター共は、こちらの救世主様が倒して下さったわ!」


 ”救世主!?”と、村人の間から疑念の声がわき起こる。


「お、おい! 俺はそんなんじゃ!」

 ラピスに紹介されたメテアは手を振りながら動揺する。


「あなたたち、疑うんならまだモンスター共の死体があるから見てきなさいよ」

 ラピスの強気の発言に、

「ジル、行ってこい」

 ザムはジルに向かって確認するよう命令した。


 ジルはうなずくと恐竜を駆り、”ドスドス!”と地響きを立てながら街道を走っていった。


「すっげぇ~やぁ~」

 メテアは無邪気に口を開け、恐竜の後ろ姿を見送っていた。


「村長様ぁ~! ありましたぁ~!」

 村に戻ったジルはちぎれた尻尾、バグ・ナウや剣・そして黒こげになった鎧の一部を地面に放り投げた。


「これは! 奴らの武器や鎧!」

「リザードマンの尻尾!」


 そしてジルは村長に向けて手の平を見せる。  


「村長様、あとこれが落ちていました」

「これは! 帝都からの回状に記してあったポコペン大魔王正規兵のペンダント! こんな辺境の村にまで……やはり山賊共はポコペン大魔王の差し金だったのか……」


 村長は振り返ると

「皆の者、武器を収めよ」

と命令した。


 剣を鞘に収めたり弓矢を下ろす村人達。ゴンベーも手にしたピッチフォークを地面に突き刺した。


「正規兵が倒されたとあってはこの村に奴らの軍勢がやってくるかもしれぬ。ジルとミルよ、すまぬがこれらを持って帝国軍の砦まで行ってくれ」


 村長の命令に、ジルと弓使いの女性ミルが恐竜に乗り、すぐさま村の出口から砦へと出発した。


「救世主とやら、そしてエルフの少女よ。詳しく話を聞きたい。ワシの家まで来てくれぬか? 皆は砦からの兵士がやってくるまで警戒を続けるように」


 村長の家に招かれたメテアとラピスであったが、村長の後ろには武装した村の男二人が控え、村の入口にはザムの恐竜が、他の者も警戒を怠らなかった。


 ゴンべーはピッチフォークの先を空に向け、直立不動で村長の家の裏口を見張っていた。


(江戸屋敷の門番と思えば、これぐらい屁でもねえぜ)


 家の中では村長とメテア、そしてラピスとの会話が行われている。


(時代劇とかではエキストラごときに話の本筋は聞かされないけど、ここではあとで村長さんから主人公さんとの話の内容が説明されるんだよな)


 ―― 昨今SNSの発展により、ストーリーから俳優のこぼれ話まで、ロケ現場での出来事がネット上に発信される恐れがある為、現場においてエキストラには必要最小限のことしか説明されない ――。


(……さぁて、そろそろかな?)

 表面上は警戒する顔、そして心の中では次のシーンの準備をする。誰が見ているわけでもないが、見張りの姿のまま、すぐに動けるよう少しずつ体をほぐしていく。


”ンンン~~~~ン”


 ゴンベーの耳に届けられる、高周波の音。それはすぐさま村中に響き渡った。

『奴らが来たぞ~!』

 緊張が村を満たし、それをかき混ぜるように村人達が走り回る!

「う、うひゃあぁぁ~!」

 ゴンベーの元へも”奴ら”がやってくる!


「く、来るなぁ~! 来るなぁ~!」

 パニックになったゴンベーはピッチフォークを振り回し、あちこち逃げ回るが、そこは計算された動き。他のエキストラにピッチフォークが当たらないように逃げ回る場所が決まっていた。


「”奴ら”が来たのか!」

 慌ててドアを開け、外へ飛び出す村長。

「奴らって何?」

「さあ? もしかしてあれ!?」

 つられるようにメテアとラピスも外へ出ると、村人すべてがパニックになって武器や腕を振り回したり地面に転げ回っていた。


 村長は杖を掲げると呪文を唱える。

『風よ! 精霊よ! 邪悪なるものを吹き飛ばせ! 【突風ウィンドブラスト】!』


 唱え終わると同時に杖を掲げると、

”グゥォォオオオオ!”

と突風が村を駆け抜け、村人にまとわりつく漆黒の霧のようなモノを吹き飛ばしていった。


「皆は大丈夫か?」

 村長の問いに村人達は息も絶え絶えに起き上がると、自然と村長の周りへと集まってきた。

 ゴンベーも体についた砂を払うと、疲れた顔をしながら引きずるように歩く。

「どうやら大丈夫そうだな」

 村人を見渡し安堵の息を漏らす村長。


「村長様!」

 一人の村人の叫びの後、村人すべての耳に高周波が届けられる。

 高周波の音の主は、ごく自然にメテアのほほへ止まった。


『!!』


 村長を始めすべての村人の息が止まる。ゴンベーも眼を見開き、あらゆる生命活動を止めるかのように微動だにしなかった。


”パアアアァァァァン!!”


 その音はメテアのほほと手の平から発せられた。

「なんだ……虫?」

 メテアはほほから手を離すと、手の平を確認し、

「ひょっとして、奴らってこの”……”のこと?」

 村人達に手の平を見せた。


『ええええぇぇぇぇぇ~~~!!』


 手の平にこびりついていたのは、地球のよりも一回りほど大きい、潰された”蚊”であった。


「ええ!? なんでそんなに驚いているの? もしかして俺、とんでもないことをしちゃったとか!?」


 村人の反応に逆に狼狽するメテアは慌ててラピスに顔を向けるが、ラピスでさえも眼をまん丸にし、体は固まっていた。


「し、信じられぬ。《ヴァンパイア・バグ》を”手の平だけで”倒す強者がいるとは!」

 興奮する村長の言葉に、村人すべてがメテアを見る眼が変わっていた。


「……救世主だ」

 誰かが落とした言葉の雫が波紋となって  

「救世主だ」

「救世主様だぁ!」

 あっという間に村人すべてに伝染し、そして村長が、とどめの一撃を村人に向けて放った。


「エルフの予言どおりじゃ! 皆の者聞けぇい! 今ここに救世主様が現れたのじゃあぁぁ!」


”うおおぉぉ~!”っと老若男女すべての村人がメテアに向かって腕を掲げ歓声を放っていた。


「すばらしい救世主様!」

「我らの救世主様! ここにあり!」


”すげぇ~!””すげぇ~!”っとゴンベーもバンザイしながら叫び、その場で飛び上がっていた。


「え、え~と」

 どうしたらいいかわからないメテアは、再びラピスに眼を向けるが

「やはり貴方様は救世主様……」

 両手を胸の前で握りしめ、瞳をウルウルさせていた。

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