第九章 悪魔のブンブンモンスター

第27話 主人公との対面

「世界珠さん。そろそろ私たちも畑仕事に戻った方がいいのでは?」

 恐竜に乗ったザムが世界珠に尋ねる


『ん~ですが、あれだけド派手な光の柱に村の近隣で魔法のドンパチをしていれば、さすがにのんきに畑仕事とはいかないでしょう。ですので『畑仕事』ではなく『警戒体勢』に移行します。私からエルフのラピスさんに時間を稼ぐように伝えますので、できるだけ早く武装して村の入口に集まって下さい』


 ”それっ!”っとばかりにエキストラ達はそれぞれの家に走り、皮鎧や剣、胸当てや弓矢を持って村の入口へ集まる。

 ザムとジルも恐竜から降り、村の戦士として皆よりも重武装な鎧や兜をまとい、村長ですら紫色のローブと中折れ帽子、そして魔法の杖を手に持ち、まだ主人公が現れないからと老体の見かけが嘘のような軽やかな走りで村の入口へと走っていく。


 子供のゴーレムは作りが頑丈な村長の家へと走っていき、ゴンベーは、なにぶん急な役の為、武器や鎧が用意できず、穴の空いた鉄の鍋を被り、干し草を運ぶピッチフォークを手に持ち入口へと駆けていった。


 ― ※ ―


『警戒体勢』リハーサル時。


「こんな格好でいいんすか? 逆に主人公さんにばれるんじゃ?」

 女性エキストラですら胸当てを付け弓矢を持っている情景に、いくらファンタジーにうといゴンベーでも、自分の格好の違和感に疑問を持った。


『大丈夫です。むしろそれぐらいまぬけ……いやいや素朴な方がむしろピッタリなんです。領主に向かって農民が反乱を起こす時もその格好がいわば定番ですからね』


 心の中で世界珠をジト眼で睨みつけるゴンベーだが、なにぶんお情けで役をもらった身、おとなしく指示に従うことにした。


 陣形としては、村の入口にザムとジルが操る恐竜二体がドンと構え、その後ろに武装した男衆、そして村長が立っていた。

 弓矢を持った男女は入口の左右に置かれた砂の入った樽を盾にしたり、華麗に木に登って弓矢を構えていた。


(はぁ~鮮やかなモンだ。【木登り】のスキルもあるんだな)


 そしてゴンベーは村長の後ろでピッチフォークを構える。

(俺は新米で初めて主人公さんと相対するんだ。出しゃばっちゃいけねぇからな。それに真後ろから敵が来るかもしれねぇ。村長さんの背中で盾になってやるぜ!)


『この陣形は、街道を行く荷馬車や隊商がモンスター達に襲われて、命からがらこの村へ逃げ込んだ時にとります。恐竜二体が盾となりその体で牽制しながら、弓矢で追い払います』


(へぇ~シーンにないけど、ちゃんと理由があるんだな)


  ― ※ ―


 『警戒体勢』の陣形が作られると、皆の前に世界珠が現れた。


『どうやらラピスさんが時間稼ぎとサービスシーンもかねて、小川で水浴びをしてくれるみたいです』


 再び世界珠に映し出される主人公メテアとヒロイン役のラピス。


 ススまみれになった体を洗いたいとラピスは服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿で小川に入って水浴びをする。

 木の幹を背に座っているメテアだが、時折そっと振り向いては顔を元に戻していた。


『うう~ん。いいデスねぇ~。見たいけど理性が邪魔をする表情。主人公さんでしか出せない演ですね~。ひょっとして女性の全裸を見たのは初めてかも? ラピスさんも助けてもらったお礼を兼ねているのか、さりげなくかがんで”アソコ”を向けていますねぇ~』


(ぜ、全裸ぁ!? ア、アソコぉ!? い、いいのかね~? あんまりサービスシーンが多いと女性を敵に回しそうだけどな~)


 最初の仕事でエルフの女性と濡れ場を演じて以来、マネージャー以外の女性とは言葉を交わしていないゴンベー。

 真っ先に見たい欲望がわき起こるが、それ以上の理性を発揮してなんとか制止した。


 しかし、むしろ女性陣は

「ああ~なんて美しいお姿」

「【変身】、【変化】のスキルを覚えたら、すぐさまあの体になりたいわね」

と村長を始め、皆、食い入るように見つめていた。


(そ、そうか! むしろスキルの勉強と思えば! 俺には【変身】、【変化】スキルがあるから、銀等級のエルフさんのお姿をまねることができれば、役を得やすいぞ!)


 想いと裏腹に鼻の下が伸びるゴンベーであったが、目の前に武装した男衆がいる為なかなか見ることができず、


『どうやら終わりましたね。せっかく命がけで戦いましたから、主人公さんにも苦労に似合った報酬を渡さないとね』


 世界樹の声に、まるでこの世の終わりのようにあごと肩を落とした。


『もうすぐ主人公さん一行がやってきます。以降は私が【飛声】で皆さんに指示します。では”本番”いきま~す! 三、二、一! スタート!』


 かけ声と共に、世界珠はその姿を消し、エキストラの間に緊張が走る。

 むしろその緊張感が、『警戒』シーンを味付けするいい調味料となっていた。

 ゴンベーもまた口の中に渇きを覚えながら、濡れた手の平でピッチフォークを握りしめる。


 そして脳裏には、かつて演じた映画の合戦シーンを思い出す。

 しかし、足軽のエキストラとして演じる時は、味方陣営であろうともすべてが敵。

 いかに他のエキストラよりいい演技をするか、そして、あわよくば抜擢されないかとの『欲』が体と魂を支配していた。


 しかし、今、ゴンベーを満たすは『本物の戦い』。

 初めて相対する主人公は、一度元の世界で死に、このディファールで蘇った存在。


 それはゴンベーにとって全く未知のモノ。

 まるで、初めて宇宙人と出会うような、

 まるで、今にもモンスターとの戦いが始まるような、


 一歩間違えば自分がこのディファールドから消滅する、生死をかけた緊張感がゴンベーすべてを支配していた。


 もしかしたら主人公が村人の警戒態勢に驚いて、いきなり魔法をぶっ放すかもしれない。

 むしろその方がいいかも、と、これまでのリハーサルを無にしてもいい考えが頭をよぎる。


 時折夢に見る。そしてうなされる。

 最初の仕事で、漆黒のドラゴンと相対した時、もし背中の金剛力士の剣がドラゴンの首を切ってしまったら……と。


 崩れ落ちるドラゴンの体に潰されるのはまだましな方。

 もし、その場で消滅してしまったら?

 建物が崩壊し、街の人間が死に絶えたあの街で、ゴンベー一人、


 何を『演ずる』のか?


 その答えは未だ出てこない。


 ある現場で、誰かがゴンベーに言った。


『君の演技は、その場しのぎだ』


 高校の演劇部での先輩か。

 劇団の団長や脚本、演出家か?

 撮影現場でエキストラを指示する助監督か?

 南無権平役を演じた時の監督か?


 ひょっとしたら、富士歳三郎か?


 それとも、もう一人のゴンベーなのか?


 その答えも、解決策も、そもそも言っている意味が未だ、理解できていなかった。


『止まれ!』

 ザムの戦士の声が、ゴンベーを”現実”へと戻した。


「え? なにこれ!? 恐竜!? もしかしたら俺たちお尋ね者!?」

 世界珠から聞こえたのと同じ肉声が、ゴンベーの耳に届けられるが、その姿は村長や男衆にさえられて未だ見えない。


「待って下さい! この方は!」

 叫ぶようなラピスの声もゴンベーの耳に届けられる。

 もうゴンベーにはその声の主がパンチラだ、全裸だ、アソコを見せた女優だ、と考えている余裕はなかった。 


「あの子、もしかして……」

「あの耳……まさか、エルフ?」

 村人達がざわめきたつ。そして

「エルフ……じゃと!?」

 村長が前へ歩み、同時にゴンベーの視界が開けた。


 男衆の隙間からのぞくはこのディファールドに転生してきた主人公。

 その顔立ちと雰囲気は、ゴンベーの眼から見ても主役を張る大御所俳優のような力強さやオーラ、そしてカリスマは全く感じず、街中で見る中学、いや高校生ぐらいの男子そのものであった。

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