第26話 主人公、初めてのピンチ!

「誰この人? 君の知り合い?」

 主人公はエルフに向けて問いかけるが、エルフは軽く首を振った。


「いやはや初めまして。私はカンチョと申します。”救世主様”。どうぞお見知りおきを。もしよろしければお名前をよろしいですかな?」

 カンチョは右腕を大きく横へ広げると胸元へ当て、わざとらしく礼をする。


「僕は……あれ? 名前……なんだっけ?」


「おやおや、転生のショックでお名前をお忘れか? むしろこちらとしては好都合、いやはや、何でもありませぬ」


「……『メテア』」

 エルフが主人公へ向けて口ずさんだ。


「えっ?」

「我がエルフ族の言葉で『救世主』を意味する言葉よ」

「んじゃ、それを頂くか。あ、君の名前は?」

「ラピスよ」

「ラピスか……きれいな名前だね」

「あ……ありがとう」

 再びラピスのほほが淡い朱に染まった。


『ふぅ~やれやれ。転生時に記憶がなくなるのはよくあることですが、仮の名前を準備しておいてよかったです。いささか強引ですが、これで主人公とヒロインの自己紹介は終わりましたね』


(俺としては、取り残されたカンチョさんの心中を察するぜ……)


 ゴンベーはスーツアクターのバイトでヒーローショーの怪人役をやったことがある。


 当然ながらヒーローの変身が終わるまで、怪人はその場で待機しなければならない。


「ああ、ごめんねカンチョさん。ん? そういえばカンチョって名前……」

「ポコペン大魔王軍の正規兵!」

 ラピスの叫びにカンチョはの表情をする。


「全く、下っ端ごときはすぐ人のりやがる。てか困りますね救世主、いやメテア”様”。俺たちの”縄張り”で下々しもじもの”商売”の邪魔をしては……」

「商売……?」


「そうです。子分共二人に獲物を襲わせて、そこを俺が助ける。そして獲物が油断したところを一気に! ってね」

「もしや、この街道でよく荷馬車が襲われるのって!?」


「ご名答お嬢さん。しかしエルフの娘に伝説の救世主。荷馬車どころか隊商キャラバン以上の獲物に出会えるとはね。子分二人失っても十分おつりが来ますぜ」


 カンチョは黒こげになった狼男の背中の上に足を置きながら、蛇のような舌で唇を舐める。


(こりゃ勉強になるぜ……)

 カンチョの悪役の演技に、ゴンベーはラピスのパンチラ以上の食いつきで、世界珠の映像を眺めていた。 


 ラピスはごく自然に主人公の背中へと隠れる。

『さすがです。こうすることで、主人公は少女を助ける正義の心がわき起こりますからね』


 どうやら台本どおりになりそうだと、エキストラ達は安堵の息を漏らした。


「”僕たち”をどうするつもりだ?」

「救世主様のぉ~お望みのままにぃ~。なんでしたら不詳このカンチョがぁ~、ポコペン大魔王様へのお目通りをぉ~取りはからってもよろしいですよぉ~」


 ねばっこいカンチョの台詞は、メテアとゴンベーの肌に鳥肌を生じさせた。


「そうか……なら……好きにやらせてもらうぜ!」

 メテアは再び両の手の平をカンチョに向けると、

『【炎爆】!』

を唱えた!


 二つの炎の玉がカンチョへ向かって飛ぶが、カンチョはにやけたまま微動だにしなかった。

(な! むざむざやられるのか?)

 ゴンベーはカンチョの演技に疑問を持つが


”ドドォォ~~ンン!”

 再び炎の爆発が世界珠を満たす。

 風向きの関係か、生じた煙はメテアとラピスへと向かっていった。


「へっ! なんだ、正規兵とやらもあっけないもんだぜ……ゲホッ! しかしこの煙だけは何とも……」

「あぶない!」


 ラピスはメテアの腰に向かってタックルをすると、今し方メテアが立っていた場所を、回転する銀のやいばが煙ごと切り裂いた。


「んな! どこから!?」

 前後左右、煙の中から現れた銀の刃が、メテアがいた場所を切り裂いていく。


(あれは!?)

 ゴンベーは思い出す。カンチョの両腰にぶら下がっていた曲刀を。

(あの曲刀をブーメランみたいにして攻撃しているのか! あれもスキルなのか、すげぇぜ!)


 ラピスはごく自然に主人公の手を引っ張ったり体を押したりして、ギリギリの所で主人公の体を刃から遠ざけていた。


『自分の演技をしながら刃を見切り、なおかつ主人公の体をごく自然に操るのは、さすが銀等級さんですね』


 ”おおおっ!”っとエキストラの間から歓声が沸く。


「こ、これじゃやられちまう!」

『【竜巻トルネード】!』 


 メテアの悲鳴に答えるように、ラピスは伸ばした薬指を天に掲げて魔法を唱えると、ラピスを中心につむじ風のような弱い竜巻が起こった。


「うぬ! 味な真似を!」

 竜巻は煙を吹き飛ばし、銀の刃の軌道をわずかにそらしていた。


 やがて煙が晴れると、二人の頭上からどす黒い声が落とされた。

「フッハッハッハ! その小娘も魔法が使えるとはな。まぁいい、しょせんこのカンチョ様の敵ではないわぁ!」


 二人が頭上を見上げると、両手に曲刀を持っているカンチョの背中から、蝙蝠こうもりのような巨大な翼が生えていた。


「す、すげぇ、空を飛んでいるぜ!」

 おもわずゴンベーは驚きを口に出す。

『やれやれ、どうやら【飛行フライト】の特訓は無駄にはならずにすみそうですね』


「へっ! 姿が見えればこっちのモンだ! 【炎爆】!」

 メテアはカンチョに向けて手の平を向けると、【炎爆】を放つ!

「ふん! あらよっと!」

 しかしカンチョはなんなく避ける。


「この! 当たれ! この! この!」

 メテアは次々と炎爆を放つがすべてカンチョに避けられてしまい、

「ハァ……ハァ……くそっ!」

 息も絶え絶え、倒れそうになっていた。


「ハッハッハッ! 獲物は十分弱らせてから狩るのがセオリー。あと一息かなぁ?」

「【竜巻】!」

 ラピスはカンチョに向けて【竜巻】を放つも、カンチョに届く前に消えていった。 

「残念だなお嬢さん、アンタの【竜巻】も、この高さじゃ心地よいそよ風だぜ! ハァ~ハッハッハ!」


「ねぇメテア。アナタあと何回、【炎爆】を使える?」

「ハァ……魔法なんて初めてだから……よくわかんねぇよ……でも、体の疲れ具合からすると、せいぜいあと一回かな?」

「わかったわ。私の合図があるまで、十分魔力を溜めといてね」

「あいよ!」


「どうしたぁ? 最後の悪あがきかぁ? 安心しな。二人仲良く首をはねて、ポコペン大魔王様へ届けてやるからよぉ。ア~ヒャッヒャッヒャ!」


 笑い終わったカンチョは悪魔のように唇を歪めると、両手の曲刀を構え狙いを定めると


「死ねぇ!」

 悪役おきまりの台詞を放ちながら両腕を一気に振……れなかった。


「んな! なんだこれはぁ!」

 木々から伸びるツルがカンチョの四肢、そして翼に絡みついていた。

「くそっ! この!」

 カンチョは曲刀を振り回しなんとかツルを切断するが、次から次へと伸びるツルがカンチョの体に絡みついていた。


「そうか! エルフの術!」

 ラピスは勝ち誇ったように笑みを漏らす。

「あんたさっき、ここは俺の縄張りって言ったわよね? でもおあいにく様、エルフにとって森の中すべてが縄張りなのよ。さぁメテア! 今よ!!」


「はあぁぁぁぁ!」

 メテアの合わせた両手の平から、先ほどより二回りほどの火の玉が生じていた。

「う、うわぁぁ! まてぇ! やめろぉ!」


『この悲鳴は演技が二、素が八ですね』

 無情な世界珠のツッコミに、ゴンベーは思わず心の中で手を合わせた。


『【炎爆】!』

 突き出された両手の平から放たれた炎の玉は空を貫き、カンチョの体へ衝突した。

「あああああああ!」


”ドドドォォォ~~~~ンンン!!!”


 空をオレンジ色に染める爆発は、エキストラ達がいる村からも垣間見え、やがて生暖かい風が村を通り過ぎる。

 そして煙を突き破って、カンチョの黒こげの体が空の彼方へと消え去っていった。


『色々危なかったですが、どうやら一件落着ですね。あ、ご安心を。御三方はあとで回収して、別室で休憩しながら皆様の演技を鑑賞します』


(確かに、主人公さん一行が村を立ち去るまで死んだふりはちと酷だぜ)


 怪人役のゴンベーは、ヒーローに倒されたままショーが終わるまで寝っ転がっていたのを思い出していた。

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