第八章 主人公は舞い降りた

第24話 主人公転生!!

 言葉の意味がわからないゴンベーは他のエキストラの顔色を確認すると、村長やザムのようなベテランはわかっている風の顔や苦笑しているが、ゴンベーを始め五、六人は戸惑った顔をしていた。


(どういうことだ? 褒めるのはわかる。それこそ社長にゴマをする腰巾着の部下や、お座敷でお客を楽しませる幇間たいこさんみたいにすればいいけど、崇め奉る? 主人公は神様かなんかかぁ?)


 そんなゴンベー達の戸惑いを知った世界珠は、優しく語りかける。


『そう深く考えなくてもいいですよ。、まずは習うより慣れよ。他の方の演技を見ながら真似をすればいいだけですから。まずはモンスターを村の外の沼より出しますから、逃げ回る演技の練習をしましょう』


 ゴンベーは怪しい沼がある方向へ顔を向けるが

「あの……モンスターはどこに」

『もう来ていますよ』

「えぇっ! こ、これがぁ!?」


 こうしてモンスターから逃げ回ったり、主人公を模したゴーレムに向かって崇め奉るシーンのリハーサルが何度も行われた。


 やがて日が暮れると、

『だいぶよくなりましたが、まだわざとらしさやテレがありますね。明日も同じリハを行いましょう。お疲れ様でした』


 世界珠の言葉でこの日のリハは終了し、ゴンベーはフラフラの体で家畜小屋へ戻ってきた。


「ハァ……ハァ……慣れないことをやると余計疲れるわ。ごますり部下や幇間さんを尊敬するぜ」


 夕食のカツ丼大盛り、味噌汁お新香付きをかき込むと、体が溶けるように飼い葉の上へ倒れ込んだ。


 そして次の日の夕刻。

『もう少し時間がかかるかと思いましたが、これでオッケーを出しましょう。お疲れ様でした』


 ”パチパチパチパチ!”と、エキストラの間から拍手がわき起こる。


『ヒロインを襲うモンスター役の方達もオッケーが出ましたので、予定より早いですが明日の朝より、いよいよ主人公さんが出演する本編が始まります』


”おお~!”と歓声がわき起こった。


『タイムテーブルでいきますと、明日朝に主人公さんがこの地へ転生して、モンスターに襲われるヒロインさんを助けます。そのあとにこの村にやってくるんですが、皆さんとの顔合わせはお昼ぐらいになりますね~』


 ゴンベーは手を上げて質問する。

「あ、あの~それまでウチらは畑仕事をしていればいいのですか?」


『私の”体”に主人公さんの行動が映し出されます。せっかく銀等級の御方もおみえになっていますので、ギリギリまで鑑賞致しましょう』


”おおっ!”と再び歓声が沸き起こり、

”銀等級さんの演技を”観る”のは初めてだ”

”さぞ綺麗な御方なんでしょうね”

と、エキストラ達は口々に感嘆の息を漏らしていた。


 ゴンベーも若干鼻の下を伸ばしながら

(でもエルフの少女だからな。俺の守備範囲外だし、どうせなら最初のロケのようなボンキュッボンの方が……イカンイカン。下手なことを考えると世界珠に読まれてしまう!)  


 噴水に腰掛けて濡れ場を演じたエルフを思い出すが、頭を振って慌てて消去する。

 夕食のサーロインステーキに舌鼓を打ったゴンベーは明日の為、すぐさま床についた。


《大丈夫だ……あれだけ練習したんだ……それに、ここは現実……セットなんかじゃねぇ……主人公さんと接する俺も……現実の村人だ……》


 翌朝、世界珠の周りに集まるエキストラ達。

 村人役のエキストラはすぐさま畑仕事に移れるよう農作業の姿をしており、二匹の恐竜もモンスター役の三人も集まっていた。


(狼男さんとトカゲ男さんはそのままでいいとしても、柄の悪い盗賊さんもそのままの姿なんだな?)


『長いリハーサルお疲れ様でした。いよいよ本番が始まります。ご存じのように一度本番が始まるともうやり直しができません。だからと言って新米さんは緊張せず、リハーサルのどおりに演技して下さい』


 ゴンベーは余裕の表情でうなづいた。


『ではモンスター役の方は配置について下さい!』

 モンスター役の三人は慌てて村の外へ掛けていった。

 やがてテレビモニターのように村の近辺の様子が世界珠に映し出された。

(へぇ~! ドローンで撮影しているみたいだぜ)


 突然、三人が向かっている先が輝くと、緑色のワンピースを着たエルフの少女が現れた。


 ”おおっ!”っと歓声を上げるエキストラ達。


『さすが銀等級の大スターさんですね。時間ピッタリです。ではカウントダウンいきます。三、二、一……ゼロ!』 


 だが、世界珠が映し出す景色に何ら変化はなかった。


『今の時間はワナビー神と、お亡くなりになった主人公さんがワナビー神の世界で会話をしています。残念ながらその様子をここに映し出すことはできません』


 今か今かと、ゴンベーを始めエキストラ達の気持ちがだんだんと高ぶってくる。


『では主人公さんが転生します! 私より村の外にちゅう~も~く!』


 モンスター役の三人が掛けていった方角へ皆が顔を向けると


”ドドドォォォ~~~~ン!”

 天から地面に向けて光の柱がそびえ立った!


(!)

 声にならない驚きをあげるゴンベー。

 しばらくすると生暖かい風と砂塵が村を飲み込んだ。

 ”ゴホッゴホッ!”と咳き込むエキストラ達。


『あらら、結構派手ですね。でも最初のインパクトはつかめましたね』


 光の柱がゆっくりと消えていくと、ゴンベーのような標準的な男性ファンタジー衣装に赤いマントを羽織った少年が、地面の上に大の字で倒れている姿が世界珠に映し出された。


(アレが……主人公!?)


 十代半ばか後半ぐらいの、あどけない少年の顔に、ゴンベーの魂は若干揺れ動いた。


(転生ってことは死んだんだよな……あの若さで……なん……で?)


 ゴンベーも時代劇のエキストラゆえ、その時代の背景は勉強している。

 太平の世の時代。ある将軍は多くの子をもうけたが、将軍の子でさえもやまい等で二十歳まで生きたのは半分程度、中には一人しか生き残らない将軍の子もいた。


 そう思えば目の前の少年が死んだのはごく普通かもしれないし、これまでボロアパートのテレビに映るニュースでも、事故や災害等で多くの若者が命を失っていたのはゴンベーも知っていた。


 しかし、例え世界珠越しであろうと、一度亡くなった人間を見たことは、ゴンベーの魂に何かしらの想いを生じさせた。


「あいててて。なんだあの神様。いきなり人を雲の上から突き飛ばしやがって……」


 それはゴンベーが初めて聞いた、主人公の肉声であり台詞でもあった。


「それよりここは……森の中? あっ! 俺の服が変な服に変わって、何だこの赤いマントは? 邪魔くさいなぁ……」


 立ち上がった主人公は自分の衣装を隅々まで眺めると、鼻息を荒くしながら愚痴を吐き出していた。


「……ったく、腰の剣も鬱陶しいし、なにがポコペン大魔王を倒せだよ。空は綺麗だし、森も平和じゃないか……』


”キャァ~~!”

 森の中を轟く少女の声!


 世界珠に映るのは街道を逃げ惑うエルフの少女と、それを追いかける狼男とトカゲ男の姿だった。


 ……しかし、主人公の耳には聞こえていないみたいで、声のする街道とは逆の方へ歩き始めた。


『おかしいですね? 主人公さんの五感や五臓六腑ごぞうろっぷに異常はないはずですが?』


 世界珠が”こんなはずでは”と首をかしげる……ような声を出す。


”イヤアァァァァ~~~!”

 さらにボリュームを上げるエルフ少女役の銀等級。

 しかし、主人公は木を剣で叩いたり、草をなぎ払ったりしていた。


『これは……ちょっとやっかいな主人公さんですね。銀等級の御方が呼ばれるのがわかる気がします……』


 世界珠さえ主人公の鈍感さに、表面から冷や汗を流しているようだった。  


 とうとう少女は進路を変え、主人公へ向かって森の中を掛ける。


『さすがですね。下見もせずいきなり来た森で、主人公さんの気配を察知するなんて』

「た、たすけてぇ~」

 エルフの少女は主人公の背中に向けてぶつけるように悲鳴を放つ!


「ん? なんだ?」

 主人公が振り向いた瞬間!

「あっ!」

 エルフの少女は転倒すると体を半身にさせ、モンスターと向き合いながら主人公の方へ地面を這いずる。


『さすが銀等級ですね。あくまで主人公の方から気づかせる。こういう場合、未熟なヒロイン役ですと、何とか気づいてもらおうと主人公に抱きつくんですが、

《抱きついたら身動きの取れない主人公は、ヒロインもろともモンスターに斬られるぞ》と

評論神ひょうろんしん》から手痛いツッコミを入れられるんですよ』


(このディファールドにも映画評論家がいるのか……)

 ゴンベーは未だ見ぬワナビー神に少しだけ同情した。


「こ、来ないで……」

 足をくじいたのだろうか、エルフの少女は、モンスターによる恐怖から少しでも逃げようと足をジタバタさせながら地を這う。


 それによってスカートがめくれあがり、白い生足が徐々に露わになると、下着まで垣間見えそうだった。


『おっと、いきなりサービスシーンですか。今回のヒロインさんは”つかみ”がわかっていらっしゃいますね』


 なまめかしいエルフの姿がモンスター役、そして世界珠の映像を観ている男性エキストラはもとより、女性エキストラの嗜虐しぎゃく心さえもあおっていた。


 エルフの少女は守備範囲外と強がっていたゴンベーでさえ、その眼は世界珠に映るエルフの太ももとその根本に釘付けだった。


『ゴンさん。あんまり私を見つめないで下さい。照れるじゃないですか……』

「え? お、俺??」


 銀等級の『演』の虜になったエキストラの眼を覚ますように、世界珠は冗談を放つ。


 ”ハッハッハッハ!”と空気を入れ換えるような笑いが村中に吹いた。

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