第七章 オーディションのから騒ぎ

第20話 初オーディション

 それからのゴンベーは

「ファンタジーについて勉強不足だった」

と、ショップエリアへ赴き、ここを出ていったエキストラが売った中古の液晶テレビとテレビ台、ビデオプレイヤー、それと


『キング オブ ザ クラウン』三部作。

『ドイル ザ バーサーカー』全作。


 さらには世界的アニメーション会社のミィズリー社が制作した実写版の

『ドラゴンクラッシャー』

等のファンタジー映画の中古ディスクを買った。


 そして観賞用の座椅子も買い、部屋へ送ってくれるようショップのカウンターへ申し込んだ……が、座椅子は二つ届いた。


 マネージャーは

「いいじゃない。私もたいんだし~」


 そして頼んだ覚えのないピザの出前も届いたが

「いいじゃない。私”が”食べたいんだし~」


 もはやゴンベーはなにも言わなかった。


 座椅子に座り、ピザをほおばりながら真剣な眼差しで映画を鑑賞するゴンベーを見て、隣に座るマネージャーはふと思う。


(横にこんな美人が無防備で座って、すぐそばには布団まで敷いてあるのに、役者バカって女マネージャーにとって良し悪しよね)


 さらに疑問に思う。

(そもそもなんで私をこの姿にしたのかしら? いくら自分の芸を認めてくれた女性だとしても、好意を持った女性が実は尊敬する歳三郎の愛人なら、むしろ眼にするのもつらいでしょうに?)


 とりあえず、一つの結論に達した。


(この姿でいることが彼の芸の励みになるのなら、それはそれでいいか……)


 あらかた見終わると、再びエキストラの仕事へと赴き、終わったらショップへ寄り、別のファンタジー映画のディスクを買って部屋で見る日々を繰り返していた。


「親父さん。聞いてもいいかな?」

 もんじゃ焼きを焼いている親父に、ふとゴンベーは尋ねた。

「なんだいにいさん? もしかしてスランプか?」


「いや……親父さんって何等級までいったのかなって?」

 親父は少し考えると

「ああ、俺は……鉄等級アイロンクラスの……五合目ぐらいかな」


「へぇ~。じゃあ、石のピラミッドの最上段の仕事もしたんだ?」

「最上段はちょっと特殊でな。世界珠からのスカウトや上の等級のエキストラからの紹介状じゃないとできねぇんだ。そん時の俺は鉄等級へ行ける資格を持っていたからな、結局頂上付近はやらずじまいだ」


「へぇ~。やっぱり石と鉄は違うの?」

「まずギャラが”だんち(段違い)”だな。俺も鉄で稼いで店を構えたんだ。ただ……」

「ただ?」


ってることはそんなに変わらねぇが、アドリブが多くなるな。にいさんには悪いが石はいわばアルバイトやパートタイムみたいなもんさ。小遣い稼ぎでここと元の世界を行き来しているやつもいるしな。しかし鉄は……」

「鉄は?」


「いっぱしのプロさ。当然世界珠の要求も厳しいな。もっとも、そこまで行く奴らはもう自分の芸を持っているし、世界珠もいちいち指示するよりは、個々の個性ある芸を観客に魅せる方が、バリエーションに富むからよ」

「へぇ~」


 そこへマネージャーが、唇から焼きそばを一本たらしながらゴンベーに顔を向けた。


「ふえのふぉとふぉふぁんがへるふぉはひひへど、ふぁずへのふぁえのひごほをひゃんほひなふぁい」

(上のことを考えるのはいいけど、まず目の前の仕事をちゃんとしなさい)

「だから食うかしゃべるかどっちしにしろよな!」


 ゴンベーの目の前へもんじゃ焼きを置くと、親父は尋ねる。

「そういえばにいさんは、《オーディション》は受けたことあるのかい?」

「オーディション? いや~まだまだぁ~」


 一瞬、自身が勝ち取った最終オーディションが頭をよぎる。


「受けてみても損はないぜ。何せうまくいけば主人公と共演できるからな。それこそ


『世界を見る眼がちょっと変わるぜ』」


「主人公……共演……」


 このディファールドにおける主人公とは、元の世界で一度死んでここへ転生したモノ。

 死ぬことがどういうことか、まだゴンベーには理解できないが、生まれ変わったモノと接することができるのは、ここディファールドでしか為し得ないことだ。


「どう……思う?」

 ゴンベーは横でコーラをがぶ飲みしているマネージャに問う。

「いいんじゃない? 何事も経験よ。それと……ありがとう」

 マネージャーはゴンベーに向けて淡く微笑んだ。


「ん? なにをだ?」

『初めて芸について、マネージャーの私を頼ってくれたから』

「そうか……善は急げだ。明日はオーディションをのぞいてみるか!」

「賛成~! 親父さん。前祝いでもんじゃ焼きもう一枚!」

「あいよ!」

「てめぇ! まだ食うのかよ!」

 

 ― ※ ―


 翌日。とりあえずれそうな役を募集しているオーディションを見つけると、迷うことなく光の扉をくぐった。


『石等級オーディション会場』

 ※題名:未定

 ※募集エキストラ

  ・ヒロインを襲うモンスター役

   (主人公に返り討ちに遭う可能性大):若干名

  ・主人公が最初に立ち寄る村の村長

   (主人公との会話あり):一名

  ・村の住人(突発的な役に回される可能性もあり):十数名ほど


 暗闇空間を抜けた先に現れたのは、半円状に掘り下げられたすり鉢状の野外ホールみたいな会場だった。

 石を削っただけの階段状の座席が造られており、底である中心部にはちょっとした舞台がもうけられていた。


「なんか、古代の劇場みたいだな。あの舞台の上で俺たちがオーディションをするのか?」

「ううん、あの舞台に世界珠が現れて、観客席に座ったエキストラの履歴書をチェックするだけよ」

「そんだけかよ!」


 二百人ほどは軽く座れそうな座席には、約二十人程度のエキストラが座って待機していた。

 モンスター役を狙っているのだろうか、たくましい体に鎧を纏った、頭が狼やトカゲのエキストラがおり、それ以外は村人役を狙った、いろいろな種族が普段着で、中にはカップルで座っていた。


『お待たせしました。ただいまよりオーディションを開始致します』


 ロケで聞いた中性的な声が会場に響き渡ると、舞台の上に直径数メートルの水晶のような玉がいきなり出現した。


”うおおぉぉぉ!”

 エキストラ達が一斉に吼える。


「あれが世界珠よ」

「すげー! 瞬間移動かよ!?」


『それでは開始致します』


 すると、世界珠の周りに光の玉がいくつも出現した。


「ん? あれはオメーと同じマネージャーか?」

「アレはスタッフよ」

「スタッフ!?」


「助監督とか、AD(アシスタントディレクター)、メイクや効果、音響もいるわ。彼らがエキストラの周りを飛び回って、演技や容姿、あと斬られた時にどう叫んでどう血しぶきが飛び散るとかを調べるのよ」


「ほえ~細かいね~」


「世界樹から配役を告げられるとエキストラは手を挙げたり体を光らせるの。希望者が多い場合はスタッフの多数決で決まるわね。ほら、始まるわよ」


『まずはヒロインを襲うモンスター役を若干名です』


 光の玉が飛び回り、手を挙げている狼男やトカゲ男、目つきの悪い盗賊風の男の上で光の玉が止まった。


『モンスター役はこれでいいですね。はい、決定!』


 狼男とトカゲ男は互いに仲間だろうか、固く握手を交わし、盗賊風の男はたくましい片腕を掲げてガッツポーズをする。


「ほぉ~」

 他のエキストラからは拍手が起こり、ゴンベーも拍手する。

 しかし、エキストラが喜ぶ姿に、ゴンベーの心は応援と若干の嫉妬心がわき起こった。


『続きまして村長役を一名……』

「世界珠さんよぉ~。まだ”村長”が来てねぇぞ~!」

 エキストラの一人が世界珠へ向けて大声で叫んだ。


『え!? あら本当ですね。おかしいな~お声を掛けてこちらへ来て頂くはずなんですが……』

 世界珠は困った風に表面がぷるぷると震えだした。


「ん? どうなっているんだ?」

「おそらく世界珠がスカウトした人がまだ来ていないみたいね」


 ゴンベーはお尻を動かして、少し離れた場所に座っている雌鶏めんどり頭のエキストラに声をかける。


「あの~すいません。”村長”って、本当にどこかの村の村長さんがおみえになるんですか?」


 雌鶏頭は女性声でゴンベーに答えた。

「あら、アナタ新米さん? やだぁ違うわよ~。村長役がうまい人がまだおみえになっていないのよ~。アタシあの方が出るから安心してオーディションを受けたのに……このままじゃ誰かが代役になるけど、あの方以上にうまくできる人なんてここにはいないし……どうしましょう~」


「そんなにベテランの方なんですか?」

 ゴンベーは最初の現場であった恐竜の御者の老人を思い浮かべる。

 会場がざわつき始めた頃、座席の一番上段に光の扉が現れた。


『ごめんなさぁ~い。遅れちゃった~』


 ”待ってましたぁ~!”とばかりにエキストラから歓声が上がる。

 振り向いたゴンべーの眼に写るのは……。


 割烹着にエプロンをした、ちょっと小太りで耳が短いウサギ顔のおばちゃんであった。

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