第19話 主人公殺し
ほっぺを何度も押される感触に、ゴンバーはゆっくりとまぶたを開いた。
「早く起きなさい。いつまで”演技”しているのよ?」
耳に届けられるマネージャーの声に、ゴンベーの意識ははっきりしてくる。
そして横に腰を下ろしているマネージャーへ顔と眼を向けた。
「……俺……生きているのか?」
「当たり前じゃない、なに言ってるのよ? ひょっとして刷り込みしたディファールドの概要を読んでいないとか?
『ロケ中は刀で切られようが炎で焼かれようが死なないわよ』。
さぁ、ロケは終わったから早く帰るわよ」
御者の老人の言葉を思い出し、ゴンベーは立ち上がる。
体を確認するとこびりついた血も傷もなく、自身の服装が黒のフリースと穴あきサンダルに戻っていた。
「……なぁ、俺って最後どうなった?」
「どうなったって……アンタなにやら剣を構えていたけど、ドラゴンの黒い炎に焼かれたわ。アドリブだからいいようなものを、あんまり現場でしゃしゃり出ると悪い噂が流れるわよ」
「……そうか」
『……ロケは終了致しました。エキストラの方々お疲れ様でした。なおすばらしい物語が創れましたので、一シーン辺り1000エキスのボーナスが出ております。履歴書でご確認下さいませ。繰り返します。本日のロケは……』
ロケ現場は朝の情景の街並みに戻っており、ドラゴンの戦禍のかけらも見受けられず、世界珠のアナウンスがエンドレスで流れていた。
エキストラは互いに挨拶しながら光の扉を出現させ、エキストラギルドや自身の宿舎へと戻っていった。
”ドスン!””ドスン!”と足下から伝わる地響きにゴンベーは振り向くと、恐竜を駆る御者の老人が、幌尽き荷車の御者台からゴンベーに声を掛ける。
「おうアンタか。お疲れさん」
「お疲れさまっした!」
ゴンベーは老人に向かって九十度の礼を捧げたあと、心配そうに声をかける。
「あ、あの~お体は大丈夫ですか? 噴水にぶつかってかなり飛ばされましたけど?」
「フォッフォッフォ! ちと驚かせたかのぉ。あれぐらいの『演出』はたやすいことじゃ。あんたも大丈夫か? 派手に焼かれたけどな」
「はい! 大丈夫です!」
「フォッフォッフォッフォ! アドリブだからってまさかドラゴンに立ち向かうとは思ってもみなかったな。久しぶりに骨のあるエキストラに出会えたのぅ。ああ、マネージャーさんもいろいろと大変じゃったな」
マネージャーは体の前で手を重ね、事務的な礼を行った。
「んじゃ、またどこかのロケで会おうな。フォッフォッフォッフォ!」
老人は巨大な光の扉を出現させると、恐竜を操りながら扉をくぐっていった。
「お疲れさましった! ありがとうございましたぁ!」
エキストラギルドへ戻ったゴンベーは大きく伸びをする。
「んああぁ~! なんか夢の世界へ行ってきたみたいだぜ」
「とりあえず、初仕事お疲れ様」
マネージャーは優しい笑顔でゴンベーをねぎらった。
「ああ、お疲れ。でもギルドの内部ってずっと昼間だから時間がよくわからねぇや……」
「あらそう? じゃあ地球のように変えようか?」
「できるのかよ!?」
マネージャーが薬指でゴンベーのこめかみに触れると、ゴンベーの眼に写る景色が夜のそれに変わった。
「ほへ~。ちゃんと空には星もあるぜ~」
「言ったでしょ、なるだけエキストラの負担にならないようにって。夜行性の種族はずっと夜の景色にしているのよ」
ゴンベーは”グゥ~”っと鳴ったお腹を手でさする。
「夜だとわかったら急にお腹がすいてきたぜ。ロケはあっという間だったが、大分時間がたっているんだな」
「さぁ~ご飯ご飯!」
「全く、それしかねぇのかよ」
ラーメンののれんを掲げた親父の屋台に座るゴンベー達。
ゴンベーは大盛り醤油ラーメン、全部のせ。マネージャーは大盛り豚骨チャーシューメン、お肉マシマシを注文する。
「ほう! 初仕事が終わったってか! これでにいさんもいっぱしのエキストラだな」
「い、いやぁ、まだまだっす。あ、そういえば親父さん。エルフのエキストラさんって知ってます?」
「にいさん、その質問はちと
「ですよね~。でもベテランエキストラさんが”あの御方”なんて呼んでいたから有名な人かなって」
「ひょっとしてにいさん、そのエルフさん相手に美味しい目にあったのか? それで忘れられないとか? んん? 白状しろい! この色男め!」」
マネージャーがこめかみに薬指を当てる。
「ちょっと待って、今日の出演者を調べてみるから……ええっ!」
「「ど、どうした?」」
ゴンベーと親父の声がシンクロする。
「あのエルフさん、《
「なにぃ! 銀等級だぁ!」
親父の驚きは、釜にツバが入るほどであった。
「なんでこんな超大物が主人公も出ていないプロローグのシーンに……ああぁ! あのドラゴン!?」
「な、なんだよ? 銀等級って? 説明してくれよ」
マネージャーと親父の驚きように、ゴンベーは取り残された気分になる。
「等級はつまりエキストラのランクよ。ここには五種類のピラミッドがあるって言ったわよね。石のピラミッドの仕事しかできないアンタはエキストラの中では石等級って呼ばれるのよ。そしてあのエルフさんは、銀のピラミッドのお仕事ができるエキストラさんだから、銀等級って呼ばれるのよ」
「なっ! そんなの雲の上の……ああ、だからあのおじいさん、”あの御方”って……」
「それにあの黒いドラゴンは、アンタの相手をしたエルフさんが【変化】した姿なのよ」
「んな馬鹿な! どこから見ても本物のドラゴンだったぞ。第一、いくら【変化】しても、あんな超音速で飛んだり、炎を吐くことができるのかよ!?」
「銀等級のエキストラさんなら姿形だけじゃなく、『能力も自由自在に演ずる』ことができるわよ。……そうか、街を破壊するシーンだったからスカウトされたのね。どおりでウチらのギャラが安いわけだわ。今回の予算のほとんどは、あのエルフさんに食われちゃったのね」
二言目にはギャラやエキスのことを口出すマネージャーに、なぜかゴンベーは安心した。
「まぁいいじゃねぇか。ボーナスがもらえたからよ」
親父さんの顔が再びニヤける。
「それじゃ今夜はにいさんとそのエルフさんとの”奮闘”を肴にしますかね」
「って! 親父さん。冗談きついぜ」
「さんせー! ねぇ聞いて聞いて、ゴンベーったらさぁ、そのエルフさんとぉ……」
「お、おい!」
「おっと、肴にはまず酒だよな。よしっ! にいさんの初仕事と”初濡れ場”を祝して『陸奥』を奢ってやるぜ!」
「やったぁ~!」
― ※ ―
ロケ現場とギルドの間の暗闇空間に伸びる光の道を、悠々と進む恐竜と老人を乗せた荷車。
老人はその先になにやら気配を感じると、手綱を引き、恐竜の歩みを止めた。
「これはこれは、誰かと思えば……」
『ご挨拶が遅れて申し訳ありません。
《演出の神、
気配はまるで地に膝と額をくっつけるかのように、老人に向かって敬意を払った。
「オモイでよい。堅苦しい言葉はワシの耳には聞こえにくいからのぅ。それに、今のワシはただのエキストラじゃ」
『まさか石等級のロケに出ているとは思いも寄りませんでした』
「なぁに、”ペットの散歩”じゃ。ワナビー神にとって、”モノホンの恐竜”が出た方が観客に受けがいいし、ワシもコイツも現場では粗相しないから散歩場所にはもってこいじゃ。フォッフォッフォッフォ!」
『そうでしたか。本日はお疲れ様でした』
「もっとも、《
『またおまえか……』
とあきれておるだろうがな。フォッフォッフォッフォ!」
笑いを収めたオモイは、気配に向かって唇の端をつり上げる。
「んで、お主は何を今さら、この爺の顔を見に来たのじゃ?」
『……なにやら昔一度だけ出会った『
「ああ、あの若造の『演』か……。たしかあれは異界の『力士』を具現化したモノじゃからな。お主の
『てっきり……』
気配の口を貫くかのように、オモイではない、八意思兼命の視線が飛ばされた。
『いえ、なんでもございません』
「”あやつ”のことは口に出すな。それが大罪を犯した本人の為。何せあやつは
『このディファールドで最大の罪、主人公を殺しおったからな』」
「……」
両者の間に重い沈黙が漂う。
「……そうか、だからかぁ」
オモイは今さらながらに気がつく。
「あの若造のマネージャーにウズメちゃんがついておったわ」
『ウズメ様が!』
気配の体を驚きと緊張が貫いた。
「”あやつ”と似たような『演』を行う若造。そやつのマネージャーとなるウズメちゃん……はてさて、
『……いかが致しましょう?』
「大御神様の御意ならば我らはそれに従うまで。お主は引き続きこのディファールドの守護に尽くすがよい」
『ははっ! ですがもし、その若造が『暴走』したのなら……』
「
《
お主の『演』で全力で止めねばならぬ。例え、異界の力士ともども、あの若造を”潰す”戦いになろうともな」
『御意!』
控える武内宿禰から、暗闇空間を満たすほどの闘気が吹きあがった。
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