第18話 阿と吽

(で、でも、『キング オブ ザ クラウン』ではゆっくりと羽ばたいていたぞ? どうなっているんだ?)


 他のエキストラは叫び声を上げながら逃げ回っているが、予期しない出来事にゴンベーの体は尻餅をついたまま固まっていた。


 上昇をやめた漆黒のドラゴンは、まるで失速したかのようにゆっくりと頭を下に回転しながら墜落……しなかった。

 翼を広げたまま体を高速回転させ、地表へ向けて飛ぶドラゴン。その姿は巨大な漆黒の竜巻そのものだった。


(な、なにを……)

 地表にぶつかる寸前、再び物理法則をあざ笑う直角の方向転換したドラゴンは、そのまま回転しながらドリルのように街の上空を通過した!


”グガワラゴグワラァー!!”

”!―――!”


 直立でなく地面と平行に飛ぶ漆黒の竜巻は、ただそれだけであらゆるモノを破壊する暴力の権化であった。

 破壊される建物、舞い上がる石畳、絶叫にならないエキストラの悲鳴。

 窓やショーウィンドウのガラスは粉砕され、さらに崩れた屋根やレンガもまた、エキストラ達へと降り注いだ。


”!”


 飛ばされないよう体を踏ん張ったゴンベーの真横から、粉々になったショーウィンドウのガラスや窓ガラスが降ってくる。

 慌てて体を丸め、まぶたを閉じながら頭を抱えるが、再びまぶたからのぞく世界はくれない色に染め上げられていた。


(なんだこれ……血?)


 ぶっかけられたペンキのように、全身からにじみ出る己の体液を凝視するが、口の中に広がる味、そして匂いは、産まれてから何度も味わった己の血の匂いと味であった。


 幸いにも突き刺さったガラスはなく、ゴンベーは何とか立ち上がると、スクランブルエッグのように土と石がかき混ぜられた通りへと歩む。


”ドドドドドド!”

「と、止まってくれぃ~!」

 地響きと叫び声の方角へ目を向けると、暴れ恐竜が御者の老人の制止も効かず、でたらめに町中を走り回りながらやがてゴンベーの方へ向かってきた。


「うわぁ~っとぉ!」

 ゴンベーはすぐさま横へ飛びのくと、パニックになった恐竜は噴水へ激突した。


”ドズゥゥ~ン!”

”ブシューー!”

 破壊された噴水は間欠泉のように勢いよく水が噴き出すが、やがてそれも尽き、動かなくなった恐竜はがれきの一部と化し、

「うひゃあぁぁ~!」

 御者の老人は荷車から放り出され、叫び声を上げながら地面を激突すると痙攣し、そのまま息絶えた。


”メキ……メキメキ!”

 呆然とするゴンベーの視線の先では、倒れている女性のすぐそばの建物が、まるでスローモーションのようにゆっくりと崩れ落ちてゆく。


「に……にげろぉ~!」

 その女性がエキストラかゴーレムかなんて関係ない。ありったけの声を吐き出し、足を引きずりながらその女性に近づくが


”グワラグワッシャァ~ン!”

 レンガの塊は、無情にもその女性を押しつぶし、やがてゴンベーと同じ色の体液が、がれきの隙間から垂れ流されていた。


「あ……あぁ」

 ゴンベーはただ、絶望の調味料で味付けられた声を発することしかできなくなっていた。


 ”ォォゥゥグワラガシャゴジャ!”

 ”ゥゥォォゲゴグルジャギャ!”


 漆黒のドラゴンはドリルのように回転しながら空を貫き、別のブロックの街並みを縦横無尽に破壊していく。

 ドラゴンが通りすぎたあとは建物のレンガ、街灯、家畜、そして人間がおもちゃのように宙を舞っていた。


『や、やめろぉ~! てめぇ! 何様のつもりだぁ!』

 なんでそんな言葉を発したのか、ゴンベーですらわからなかった。


 セットを破壊するドラゴンへ向けての怒りなのか?

 他のエキストラのことを考えない、自己中心的で無情な演への怒りか?


 それとも、こんな暴挙を許している世界珠、そしてワナビー神へ向けてなのか?


 辺りを見渡すと、もはや通りに立っているのはゴンベーしかいない。

「あれ……は?」

 がれきからのぞくモノ。それは、武器屋のショーウィンドウから飛び出した、鞘に入った剣であった。


 右手でつかを持ち、左手でさやをもってゆっくり抜くと、一メートル半弱の刀身が現れる。


『……特に指示を出しませんので、皆様のアドリブに期待します』

 世界珠からの声を思い出すゴンベー。


「……そうだよな。ドラゴンあっちがそういうつもりならこっちも……らせてもらうぜぇ!」


 ゴンベーは、何とか足場が残った通りの真ん中に立つと鞘を捨て、天空へ向けて叫ぶ。


『おいクソドラゴン野郎! 俺はぁまだ生きているぞぉ! 殺るならちゃんと殺りやがれ!』


 しかしドラゴンはそんなゴンベーの声なぞ無視して、何度も上昇と下降を繰り返しながら縦横無尽に町を破壊していく。


「へっ! しょせん俺は雑魚、街の住人役のエキストラなんぞ歯牙にも掛けないってか……ん? 街の住人?」


 ゴンベーは眉をひそめ、もうろうとした意識の中で必死に考える。


(……相手はドラゴンだ。街の住人とケンカしても”観客はおもしろくねぇ!”。

何かないか? 俺が演技できるモノの中で、ドラゴンと殴り合いできるだけの力を持ったモノ……それこそ神様みたいな力……あぁ!!)


 何かに気がついたゴンベーの唇が歪み、その体から力がわき出てくる。


「へっへっへっ! これよ! 観客を酔わせる一大決戦! 悪いな、まだ見ぬ主人公様よ! 観客の眼は俺様とドラゴンに釘付けだぜ!」


 ゴンベーは左足を半歩前に出し、胸の前で左手の平を広げ、右の脇を締め剣をまっすぐ立てて構える。


金剛阿吽こんごうあうん流。阿形の構え!』


 それは敵に取り囲まれた金太郎が構える、金剛力士の阿形の姿だった。

 やがてゴンベーの背中からおぼろげな、湯気のような何かが吹き出してくる。


”!”

 ”ピタッ!”と、物理法則を無視して回転と飛行を止めた漆黒のドラゴンは、空中に制止したまま、何かを探すように首を振っていた。


阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿ああああああああああ!』


 がれきの中から聞こえる男の声。そして、男の背中から吹き出るものはゆっくりと人の形を作っていく。


 魑魅魍魎ちみもうりょう、百鬼夜行を睨みつける見開いた眼。

 今にも吼えるような口を開けた憤怒ふんぬ形相ぎょうそう

 はち切れんばかりの筋肉を包み込む羽衣。


 その出で立ちは金剛力士像の阿形であった。


「へっへっへ! 金太郎奉行の役作りの為に、何度も東大寺や法隆寺の金剛力士像を拝ませてもらったことが、ここで役に立つとはなぁ。だがアイツをぶった切るのはまだ足りねぇ! それこそ大仏様ぐらいの大きさに……」

 

 ドラゴンはゴンベーに気がつくとゆっくりと飛行を開始し、いったんゴンベーから距離をとると旋回して、先ほどの超高速が嘘のような、グライダーのように悠々と、通りの地面ギリギリを飛行をする。


 そして金剛力士像に臆することなく首をまっすぐ伸ばし、漆黒の両翼は骨のように残った建物をまるで芝刈り機みたいに削り取り、しっぽはまっすぐ後ろに伸ばしていた。


 その姿は、ゴンベー及び背中の金剛力士を一人の敵と認めたのか。

 無礼な虫けらを竜巻ではなく己の体で踏みつぶす為か。

 このシーンの主役はあくまで自分だと、エキストラとしてのプライドの為なのか。


 南大門のよりも二回りほど大きくしてみせた金剛力士像を後ろに、ゴンベーはドラゴンに向かって”見得を切る”。


『いやさぁドラゴンさんよぉ! こっちになせい! ”せてさしあげましょうぞ!”。我がゴンベー流、『ドラゴン斬り』の一閃いっせんをよぉ! いざぁ! お覚悟ぉ!』


 ゴンベーの見得に合わせて、背中の金剛力士像も眼を見開き、唇を動かし、体中の筋肉からは熱い湯気が噴き出していた。

 

 ゆっくりと口を開けるドラゴン。喉奥からのぞくは、光すら通さない漆黒のブレス


「へっへっ! 虫けらごときに遠くから炎を吐き出すのはプライドに反するってかぁ!? さぁ、我慢比べの始まりだぜ。俺の剣とアンタの炎。相手にビビって先に手を出すのはどっちかなぁ? 阿阿阿阿阿阿!」


 突如! ゴンベーの視界を漆黒が包み込む。


うん!』


 ゴンベーは吽を放ちながら右脚を踏み込み、右手に握られた剣をむちのように振り下ろすと、背中の金剛力士の握る剣がドラゴンの頭上へと振り下ろされた!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る