第六章 エキストラとドラゴン

第17話 襲来

『残るはあとワンシーンですが、しばらく休憩します。飲食は自由ですが、ゴミを現場に残さないで下さい』


「ふぅ~~!」

 エルフの姿が見えなくなると、一気に体の力が抜けたゴンベーは、崩れるように噴水に腰を下ろした。 


(しかし、スッゲー美人だったな。エルフって『キング オブ ザ クラウン』でも森の妖精と呼ばれる種族だったし、【変身】や【変化】に見えなかったから、まさか本物……)


 そしてエルフとの情事を体が思い出すと、今頃になって体から情欲の炎が燃えあがり、下腹部に圧迫感を感じていた。


(ちょ! 待てって! ションベンならまだしも、さすがに現場で”アレ”を漏らすのは、役者の恥だぜ!) 


 言葉の意味は違うが、『接して漏らさず』の言葉をゴンベーは誰よりも噛みしめていた。


 そしてゴンベーは気がつかないが、マネージャーが建物の影からゴンベーのいる噴水へ千鳥足で近づいてきた。


(ふぅ~。最近”溜まっていた”から、つい夢中になっちゃったわ……。あの娘もなんだかんだストレス溜めているのね……あれ? ゴンベー?) 

「アンタ、なに股間押さえているのよ?」 


 ジト眼で睨みつけるマネージャーに気がついたゴンベーは、顔を引きつらせながら苦笑いをする。


「い、いやぁ、これはその……緊張から解放された時の、男の子の生理現象でして……ん? どうした? 疲れた顔をして?」


”ハァ~!”っと気の抜けた息を吐き出したマネージャーは、ゴンベーの隣に腰を下ろした。


「どうしたもこうしたもないわよ~。さっきのシーン、アンタだけ一人、泣きべそかきながらあぶれちゃって……慌てて世界珠に抗議して、

”次のシーンで出てくる役者さん”

急遽きゅうきょあてがってもらったのよ」


「やっぱり、あの女の人……本物のエルフさんか~今まで見かけなかったモンな」

「そんで、アンタがあのエルフさんとよろしくやっている間中、こっちはエルフさんに支払うギャラの交渉を世界珠にずぅ~~~としていたのよ」


「ギャラって……もしかして俺のエキスから!?」

「さすがにそれはないけど……ギルドの保険への手続きとか、あと”なんだかんだ”していたのよ。まったく、濡れ場に出たい気持ちはわかるけど、ああいう時は空気を読んで身を引くものよ。現に恐竜の御者の老人とか、情事のシーンをやりたくない女性のエキストラは、通行人役をやっていたんだから」


「そ、そうだったのか! 薄暗いから全然気がつかなかった……あ、ありがとう」

「どう致しまして。とりあえず喉渇いたでしょ」

 マネージャーは両手にオレンジジュースの入ったコップを出現させ、一つをゴンベーに手渡した。


「おう、ありがとな。ちょうど喉が渇いていたんだ。しかし気が利くな。これって朝食べたホットドッグ屋のコップだよな? わざわざ買いに行って……ん? 確かマネージャーって俺の許可なくエキスを使えないんじゃ……」


 ゴンベーは履歴書を展開しエキスの文字を押し、明細を出現させると、いつの間にか背中を向けているマネージャーの後頭部を睨みつけた。


「……ヲイ! 朝買ったオレンジジュースが四つになっているが? まさか店員さんに注文する時に二つじゃなく四つと言って、すばやく二個隠したのか?」

「そ、それは、『こういうこともあろうかと』よ!」


「ほんでぇ~昨日の親父さんの屋台の明細で、『霧島』ってお酒があるんだがぁ~? 確か俺たちが飲んだのは親父さんのおごりの『金剛』だったよなぁ~?」

「あっら~残念ねぇ~。それはもうすでにアタシのお腹の中よぉ~オホホホホ!」


「何がオホホホだ! なにが使い込み防止だ! 俺の許可があれば数字をごまかしていくらでも買うことができるんじゃないか!!」


「いいじゃない! どうせ私は給料もらえないんだから! せめて飲食、飲酒、娯楽ぐらい使い込みしても罰は当たらないわよ!」


 振り向いたマネージャーはゴンベーに向かって、オレンジジュースが混じったツバを飛ばす。


「ま、まぁ、せめて何か欲しい時は一言、俺に言ってくれ。できる限り善処するからよ」

「あら意外、もっと怒るかと思ったけど?」


「さっきのエルフさんみたいに、俺の為に色々と尽力しているみたいだからな。何か礼をしなければ悪いと思うからよ。富士歳三郎先生もおっしゃっていたんだ。

『裏方さんに気を使えねぇ役者は、お客様を喜ばすことは出来ねぇ』

ってな」


「そう、ありがとう。あと、勝手に注文してごめんなさい」

「お、俺も怒鳴って悪かったよ」


 互いに頭を下げる二人だったが、頭を上げたゴンベーの眼に写るは、ホットドッグをくわえたマネージャーの顔だった。


「あっ! ホットドッグも三本になってやがる! てめぇ! いいかげんにしろ!」  

 

『まもなく最後のシーンに移ります。エキストラの方は準備をお願いします』


 ゴンベーはマネージャーの口から引きちぎった三分の一のホットドッグを、オレンジジュースと一緒に流し込んだ。

「それじゃ、最後のシーン、がんばってね」

 マネージャーはゴミを持って建物の影へと走っていった。  


『最後のシーンはリハーサル無しの本番のみとなります。今のうちに体をほぐして下さい。なお、特に指示を出しませんので、皆様のアドリブに期待します』


(な、なにぃ~! いきなりぶっつけ本番! しかもアドリブかよ!?)


 ゴンベーは辺りを見渡すと、一番ベテランらしい恐竜の御者の老人の元へ走っていく。


「あ、あの~アドリブって何をすればいいんっすか?」

「ん? オメーさんは”あの御方”と共演したエキストラじゃろ? なにを今さら……」


 ゴンベーはマネージャーから聞かされた裏事情を説明する。

 そして自分はここに来たばかりの新米だと。


「フォッフォッフォッフォ! そういうわけかぁ~。確かにあの御方が、オメーさんみたいなさえないヤツと共演するわけないモンな~」


 老人はひげに埋もれた口から高笑いを放った。


「あ、あの~それはいいんっすけど……」

「ああ~安心せい。別に”死ぬようなことはない”。オメーさんの好きなように演じればよい。あ~どさくさに紛れて、女性エキストラの胸やお尻やスカートをめくるんじゃないぞ。フォッフォッフォッフォ!」


「み、見てたんっすか!? と、とりあえず、ありがとうございました!」

「おう! がんばれよ!」

 老人に一礼したゴンベーは、適当な場所で待機する。


(とりあえず通行人役をするか。何が起こってもいいように体は動かしておかないとな……)


『では本番いきます! 三、二、一、スタート!』


 停止した時が進むように、エキストラ達が一斉に動き出す。その光景は朝や昼の情景と何ら変わりはなかった。


(そういえばこれはファンタジーだからな。武器屋のショーウィンドウには剣や鎧があったし、ひょっとしてモンスターの軍勢が攻めてくるとか……)


 エキストラの性か、頭は別のことを考えていても体は通行人役をするゴンベー。


 ふと視線の先の空に、なにやら黒い点が浮かんでいるのが見える。

(ん? ひょっとしてペンキのシミ? いやまさか……あれ?)

 ゴンベーが点と認識したモノは、やがて横に広がり、漆黒の線となった瞬間!


”ゥゥォォググググオオオォォォォーー!”


 街並みすべてに黒い影を落とした”それ”は、すぐさま街中にたたずむむすべてのものに暴力的な風の圧を浴びせながら通り過ぎていった。


 噴水の水は舞い上がり、ショーショーウィンドウのガラスにはひびが入り

”キャアアァァァァ!”

 エキストラすべてが叫び声を上げたり転倒し、

 「うわっとっととぉ!」

 ゴンベーもまた風の圧によってたたらを踏みながら尻餅をついた。


(んな、なんだぁ~!)

 振り向きながら四つん這いになったゴンベーは、通り過ぎたモノを凝視する。


 再び漆黒の線となったモノは、物理法則をあざ笑うかのように弧を描かず直角に急上昇すると、炎のように漆黒の障気を噴き上がらせながらさらにスピードを上げ、後方にドーナッツみたいな雲を一つ、二つと生み出していった。


(戦闘機!? まさか!? あんな巨大な。第一ここはファンタジーが舞台だぞ!?)


 二本の角の生えた頭に長い首、あらゆる生物や飛行物体に当てはまらない広く雄大な翼。そしてすべてのモノをなぎ払う太く長いしっぽ。


 その姿はあらゆる生物の中でもっとも美しく、もっとも暴力的で、もっとも崇高な存在。


(ドラ……ゴン)


 ゴンベーの知るあらゆる創作物から検索し、導き出した結論がそれであった。

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