第16話 サービスシーン

 ゴンベーのパートナーになったエルフに向けて、男女問わずエキストラ達が疑問と羨望の眼差しと感嘆のため息を向けていた。


「あ、あの、オレ、私みたいな男で本当によ、よろしいのですか?」

 しどろもどろとなるゴンベーの問いに、エルフは口元に手を当てて軽く微笑んだ。


「フフフ、これは異な事をおっしゃりますのね。エキストラたる者、情事のシーンに限らず相手を選べません。すべてのエキストラは世界珠の意のままに動くものですからね」

「そ、そうですよね~」


 心の中で若干落ち込んだゴンベーは力なく苦笑したが、エルフはほんのわずか含ませる笑みを薄紫の唇からこぼした。


「それでもゴーレムとは違い、血が通い、心を持つ我らエキストラ。観客をよろこばせるせっかくの情事のえん。少しでも身を通わせたい相手をパートナーとして選ぶのは、私たちに許されたほんのわずかな自由であります」


「は、はい!」

 少なくともこのエルフのエキストラは自分のことを蛇蝎のごとく嫌っていないと理解したゴンベーは、少年のように力強く返事をした。


「ですが誤解無きよう」

 エルフの顔が情事の相手でも役者の顔でもない、女のへと変化へんげする。


此度こたび、貴方と身を通わせたとしても、それはあくまでエキストラとしての仕事。シーンが終われば私たちはただのエキストラです。運命的にギルドで再び出会うことがありましても、無理なお誘いはご遠慮下さいませ」


「はい、わかりました」

(!?)

 まるでロボットのように抑揚のない返事をするゴンベーに、エルフは魂はほんのわずか動揺する。


 情事のみならず、これまでパートナーになったエキストラは、男女問わず自分をおだてたり、再び会えることを願ったり、キザな台詞をつぶやいて格好つけたり、スカした態度でわざと毛嫌いするそぶりを見せていた。


 だが目の前の男は、まるでゴーレムのように無機質な表情と声であった。


(フフフ……私のえんの虜にならないよう心を閉ざしているのね。陳腐な方法だけど私の艶と貴方の欲望、この二つにいつまで耐えられるかしらね)


 ゴンベーは噴水に腰掛けると、エルフは腰をくっつけるように右側に腰掛けた。


『それではリハーサルを行います。重ねて申し上げますが、くれぐれもパートナーへの無理強いはなさらないようにお願いします。三、二、一! スタート!』


 ゴンベーの腕が伸び、背中からエルフ肩を抱く。エルフはその身を預けるかのように体を倒す。そして二人はそのまま動かなかった。

(え? なに? ひょっとしてこのまま?)


 他のカップルは抱き合ったり、女の首筋から胸元へ男が愛撫を行ったり、街灯の光が届かない場所ではさすがに局部は露わにしないが男は女の、女は男の下腹部へ顔をうずめていた。


『ハイ、カットォ! お互い話し合って、大げさでもかまいませんからもう少し動きをお願いします』


 カットになっても固まったゴンベーの横顔を見ながら、エルフは尋ねる。

「え~と、もしかして貴方、こういうシーンは初めて?」


「あ、あは、ははは、あ~面目ない。初めてじゃないが俺は昨日今日、このディファールドに来たばかりなんだ。世界珠はああ言っているけど、この世界では

”どこまでヤッたらいいのか”

よくわからないんだ」


 エルフの声に素に戻ったゴンベーは申し訳なさそうに苦笑する。


「(なんだ、ただの新米か……)わかりました。では私がリード致します。私がもだえながら指示致しますので、貴方はそのとおりに行動して下さい」

「あ、ありがとうございます」


 頭を下げるゴンベーを見て、エルフは心の中で軽いため息をつく。


(ちょっとサービス過剰だけど仕方ないか……。下の者を指導するのも”格上”の仕事ですものね)


『リハーサルいきます! 三、二、一! スタート!』


 エルフは軽く腰を浮かせると、スリットから白い生足を露わにしながらゴンベーの腰の上にまたがった。


(!?)


 突然の積極さにゴンベーの眼が見開くが、エルフの両腕はゴンベーの頭を抱え込むと、ゆっくりと額を胸の谷間へと押しつけ、まるで匂いを付けるかのようにこすりつけた。


(!)


 エルフの胸の柔らかさが顔の上半分から全身に伝わり、鼻から吸い込まれた妖艶なる色香は、魂をとろけさせ、唇から放たれる雌のあえぎは耳から直接脳を狂わせた。


 そう、エルフはあくまでゴンベーの顔の上半分のみを、自分の胸に押しつけている。

 これは鼻を空けることによって、自分の色香でゴンベーを酔わせ、スリットからのぞく下着を見せない為、そしてゴンベーの不浄な唇で、自身の唇と胸に咲く聖なる二つのつぼみに触れさせない為でもあった。 


 ゴンベーも操られたかのように両腕でエルフの細い腰を抱きしめると、背中から臀部の隅々までまさぐり、それに合わせるかのように、エルフの腰もゴンベーの下半身に触れるか触れないかの距離でなまめかしく踊っていた。


 高ぶるエルフの口から漏れる色香は”この世界”すべてに行き渡り、それを吸い込んだ他のエキストラ達は、互いに打ち合わせた時以上の欲と発情と悶え、そしてあえぎ声を発していた。


『ハイッ! カットォ! オッケーです』


 世界珠の言葉で素に戻ったエルフは椅子から立ち上がるかのようにゴンベーから離れ、世界に漂う色香は消去され、他のエキストラの欲の炎も一瞬で鎮火された。


(私の体欲しさに何度もミスってリハを続けさせると思ったけど、一応プロね。まぁ私のパートナーなら最低限それくらいドライでないと)


『では本番いきます。長めの描写ですので、早々と”果てないように”お願いします』

 世界珠の冗談にエキストラの間から苦笑いが漏れる。


「貴方は大丈夫かしら?」

 エルフも薄紫の唇から細い息を漏らした。

「な、なんとか、心を無にして、がんばってみます」

 役者としてひねりのない、まるで十代の少年のような台詞を、ゴンベーは鼻息と共に吐き出した。


『本番でーす! 三、二、一、スタートォ!』


 エルフは再びスリットから生足を伸ばしながらゴンベーの腰の上で跨がると、頭を胸に押しつけ、艶めかしく腰を舞う。


 薄紫の蕾から漏れる甘い吐息はあっという間に世界に満たされ、他のエキストラのカップルも淫魔に取り憑かれたように顔を、腕を、腰を、脚をなまめかしく舞い踊る。


「……」

 ゴンベーも両腕をエルフの背中へとまわし、まるでハープを奏でるかのように指を這わせ、はじき、優しく押す。


(ちょっとは淑女のもてなし方を知っているようね。それならサービスしてあげましょう)


 エルフは腰を舞いながら少しずつ下ろしていった。時折ゴンベーの下腹部に、下着に包まれた秘所が触れる。


(さぁ、私が欲しいでしょ? 身も心もとりこに……え?)


 秘所から伝わる感触に、雄の猛々しさは感じられなかった。


(そう、なら、思いっきり果てなさい!)

 とうとうエルフはゴンベーの下腹部に腰を下ろし、秘所の柔らかさもいろ香も、ゴンベーの陰部へ激しくこすりつける。


 しかしゴンベーはまるでエルフの性感帯を探すかのように背中や臀部、そして太ももに指を這わせていた。


(どうなって……私のえんを……なにこれ……むしろ私が……せつない!?)


 エルフの長い銀髪一本一本が、まるで生き物のように宙を舞い、体中の毛穴から色香がより撒き散らされる。


(いくら私が……艶を演じても……コイツの心は……動かないというの!?)

 なおもゴンベーの陰部はぴくりともせず、もくもくと愛撫という名の演技を行っていた。


(違う! 艶を演じれば演じるほど、コイツの心は……私から離れていく!?)


 情事以外の胸の高鳴りと息の荒さが、エルフの体を支配する。


(待って……いかない……で……っ!)


 ゴンベーの心か、己の絶頂か、どちらへ向けてかわからない魂の叫びが放たれた瞬間!


『ハイ、カットォ! オッケーです お疲れ様でした』


 霧が晴れるかのように淫欲な空気が綺麗に消え去った現場は昼の明るさになり、エキストラ達は互いに挨拶しながら離れていった。

 しかし、ゴンベーとエルフのカップルは、未だ抱き合ったままだった。


「あ、あの~終わりましたよ……ね?」

 お腹から聞こえるゴンベーの声に、エルフは全く動じず、ゆっくりと離れていった。


「あ、ありがとうございました!」

 ゴンベーはすぐさま立ち上がり、90度の礼をエルフの捧げる。

「貴方も素敵だったわ。一つだけ教えてちょうだい」

「あ!? はい、どうぞ」


「どうして貴方の体は少しも反応しなかったの? ひょっとしてエルフはお嫌いでした?」

「え!? いえいえそんな! むしろすばらしすぎて、すぐイッちゃいそうだったからその……


『貴方の演技をなぞらせてもらいました』」


「え!?」

 突拍子のない答えに、エルフの眼は丸くなる。


「貴女様の演技を頭の中で、何というか、想像していたんです。

『男を悦ばせたい女性は、こういう動きをするんだな』

って。おかげでいい勉強になりました!」


 再びゴンベーは頭を下げる。


「そうでしたの。お役に立てて何よりですわ。では私はこれで。

『最後のシーン』

がんばって下さいね」


「はい! お疲れ様でしたぁ!」

 エルフの細い背中へ向けて三度、ゴンベーは頭を下げた。


 エルフは建物のセットの裏側へたどり着くと、体が震え、体を両腕で包み込みながらその場でうずくまる。


『補欠出演、お疲れ様』


 エルフの長い耳に届けられた声は、裸体に羽衣をまとった女性からつむぎ出された。


「ウ、ウズメ様……彼は……いっ」


 腰を下ろしたウズメはエルフの後ろに布団を出現させると、エルフの体を抱きしめながらゆっくり押し倒し、震える唇を自身の唇で重ね合わせた。


 呼吸する度にエルフの体の震えが治まっていき、体から血の気が戻っていく。


「怖がることはないわ。『えんを吸い取る』、彼の『力の片鱗』に触れて体がちょっとびっくりしちゃっただけ。安心して、貴女はなにも失っていないわ」


 上気して言葉のでないエルフの顔を、ウズメは妖艶な顔で見つめていた。


「その身を私にゆだねなさい。私の『演』を少しだけあげるわ。『最後のシーン』も見届けてあげる。だから、全力で演じなさい」


 ウズメはエルフのの太ももを優しく開くと、自身の華をエルフの華へ重ね合わせた。


「ウ、ウズメさまぁ~!」


 それは演技ではなく、色香に取り憑かれた女の絶頂だった。

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