第15話 リハーサル&本番

 世界珠のかけ声を合図にゴンベーは颯爽さっそうと歩みを始める。


(へっへっ! エキストラってのはただ歩くだけじゃないんだぜ!)

 ゴンベーはポッケに手を入れて、やや猫背気味で歩いたり、歩きながら髪に指を入れたり、大あくびをしながら眼をこすったり、あごに手を当てながら、ショーウィンドウをのぞき込んでいた。


(へぇ~さすがファンタジー。ショーウィンドウに剣や盾、鎧が飾ってあるんだな。時代劇じゃこうはいかねぇ)


『ハイ! カットォ!』

 世界珠の声に、エキストラ達の緊張が柔らかくなる。


『申し上げます。このシーンは朝の情景を表しています。ただ歩くのではなく眠そうにしたり、お仕事に遅刻しないよう走ってくれてもかまいません』


(それぐらいのこと、俺様にとってはたしなみよ)


『そして、この世界にはあなた方の世界にあるような空間投影や携帯端末は存在しません。これらの操作をする振りはやめて下さるようお願い致します』


 動揺したり苦笑いする他のエキストラを横目で見ながら、ゴンベーは心の中で胸を張る。


(こちとらスマホや腕時計のない時代劇のエキストラよ。おっと、どうせなら遊び人、金太郎の真似もいいな。親父さんも言ってたが、ここには富士歳三郎先生はいらっしゃらないしな)


 現場の空気と監督である世界珠のかけ声を燃料に、ゴンベーの役者の血が徐々に沸騰する。


『続けてリハーサルを行います。三、二、一。スタート!』


 ゴンベーは恐竜に引かれた荷車に注意しながら通りを渡ると、先ほどボコボコにされた三人娘に近づいた。


「よっ! お嬢様方。どうだい、この俺とあそこの酒場でいっぱいなんてのは? それともダンスはいかがかな?」


 ゴンベーはリアルでは一度もやったことのないナンパを難なく行い、キザな台詞も口からポンポン飛び出した。


 もちろんゴーレム達は与えられた命令どおりの談笑をし、ゴンベーもまた体が触れないよう三人娘の周りをぐるぐる回り、親指を自分に向けてニヤケながら白い歯を見せつけたり、片膝をついて愛の言葉をささやいたりするが、やがて天を見上げ、顔に手の平を置いて嘆く。


「なんてこった! それじゃあ仕方ねぇな。あばよ! お嬢さん達!」


 一人芝居が終わると手を振り、三人娘から離れると、すぐさま別のゴーレムらしき娘に近づいた。


『ハイ! カットォ! オッケーです』

(よし、こんなモンだな)


 この後、数回のリハーサルが行われ、その都度他のエキストラへは世界珠から注意が発せられるが、ゴンベーの演技に対してはなにも言われなかった。


『では本番いきます! リハーサルより長めに物語を創りますので、セットの端に行かれた方は少し時間をおいて、また戻ってください』

(よし! せっかくだ。急いでいる振りしてセットの端っこまで走ってみるか!)


『では本番いきま~す! 三、二、一。スタート!』

(それっ!)


 ゴンベーは心の中でかけ声を掛けると、石畳の上を駆けだした。

 ただ一直線に走るのではなく、道行く人を体をひねりながらけたり、蹴躓けつまづきそうになって大げさに腕を振り回したりと、いろいろな動作を付け加えていた。


 やがてセットの端が見えてくる。

(やっぱり端は石畳も建物もないか)

 空は青空のそのままだが、建物までの高さまでは、ゴンベーの部屋からエキストラギルドまでのような暗闇空間が広がっていた。


(おおっと。のんびり眺めている場合じゃないな。Uターンしねぇと……)

 来た道を戻らず、向かい側の通りを一人芝居しながら走っていく。


『ハイ! カットォ! オッケーです!』


(おお! 一発オッケーか!)

”パチパチパチ!”と、エキストラの間から拍手が漏れ、ゴンベーも一緒に拍手する。

(やっぱりオッケーはいいモンだ。これぞエキストラの勲章だぜ!)

 一仕事終えたゴンベーの顔からは思わず笑みが漏れた。


『続きまして昼の情景に移ります』

 日差しが強くなり、空も街も一段と明るくなる。

(ほへ~。なんか地球の自転が速くなったみたいだぜ!)


 そして建物が光に包まれると街並みが様変わりする。

 昼時のシーンとあって庶民が集う食堂や高級レストランの店舗が増えていった。


 ゴンベーは食堂の窓をのぞいてみる。

(テーブルに乗っている料理は本物か? いや、お客もみんなゴーレムぽいから【変身】か?)


『朝の情景と同じように街を往来して下さい。ですがお昼時ですので、食に関係のある動作をお願いします』


(こりゃむずかしいな。食堂の中って入れるのか?)


『ではリハーサルいきます。三、二、一、スタート!』


 ゴンベーはうつむき加減で腹をなでながら、高級レストランや食堂の窓をのぞいたり、建物やドアの前に掲げられたメニュー表を眺める。


(適当に入ってみるか……さすがにこの格好じゃ、普通の食堂だな)


 食堂のドアを開けると

『いらっしゃいませ』

 若い娘の声が飛んできた。

 テーブルではなくカウンターに座ると、メニューに書かれた料理がどんなモノかわからない為、指さし注文をする。


 待っている間、店内を見渡すと、客の姿をしたゴーレムが、談笑したり、ナイフやフォークを手に持ち華麗に操っていた。


(ま、仕方ねえか。誰かは店に入らなくちゃならねぇからな……)


 ゴンベーはふと『金太郎奉行』のワンシーンを思い出す。

 悪徳商人の屋敷に乗り込んだ遊び人金太郎を、用心棒達が取り囲むシーン。


 カメラは当然、金太郎扮する富士歳三郎を真正面からとらえている為、金太郎の後ろに回れば、カメラに映る確率は上がる。

 しかし、金太郎を取り囲むシーンだから、誰かが金太郎の前に立ちふさがらなければならない。


 立ちふさがる役者が映るのは背中のみ。

 一見損な役だが、背中だけでくせ者である金太郎に立ち向かう芸を


”魅せなければならない”。


 よって『金太郎奉行』では、富士歳三郎自ら選んだ《背中役者》がいるという。


 何せ彼らはここ一番の時は背中しか映らないから、それまでは町人や飛脚、駕籠かごや火消しの役で出演しても何の支障もない。


 いわば毎回、最初から最後まで出ずっぱりである。

 さらに歳三郎が主演する映画やドラマでも、ヤクザやチンピラ役として無条件で出演できるのである。


 ゴンベーを始め、不二三組のオーディションに落ちたエキストラがあこがれるのが、この富士歳三郎直属の《背中役者》である。


『ハイ! カットォ!』

(な~んだ、結局メシは無しか)


 再び世界珠から注意事項が流れるが、店に入ったゴンベーには関係ない事柄だった。


『では続けてリハーサルいきます。三、二、一、スタート!』 

(んじゃ、次はメシを食ってから店を出る演技にしますかね)


 こうして何回ものリハーサルのあと、本番が開始されたが、そのまま一発オッケーが出た。

 食事が終わって店から出た演技をしたゴンベーは、皆と一緒に拍手をする。


(どうやら何とかなりそうだな)


『続きまして夜の情景に移ります』


 地球が早送りになったように、街が闇に包まれると、再び建物が光り、街並みが様変わりする。


 通りの両脇にある街頭には、七色に移り変わる炎が灯り、建物、通り、そして人々を色とりどりの光で照らし、街の真ん中に円形状の広場と噴水があらわれ、透明な清水が勢いよく吹き出していた。


 そんな幻想的な街並みをゴンベーは半分口を開けて眺めていたが、他のエキストラ達はどこかそわそわした雰囲気であった。


『夜になりアベックが恋を育むシーンです。二人一組になってください。【変身】は元の性別に沿ってますが、決して相手に対して無理強いはしないで下さい』


”いやっっほぅ~!”と一部のエキストラから雄叫びが放たれると、一大ナンパ大会が開催された。


(アベック……恋……二人一組……)

「んなぁ!」


 ようやく意味がわかったゴンベーは、慌てて辺りを見渡した。

 辺りの景色はまるで、パーティーやキャンプファイヤーで、ダンスをするパートナーを選ぶような光景。


 つい今し方、三人娘のゴーレムに向かってさりげなく近づき、歯の浮くような台詞を紡ぎ出していたゴンベーであったが、足に根が生えたように一歩も動くことができず、ただ首だけを右に左に回していた。


 他のエキストラは次々とパートナーを見つけ、あぶれた者は世界珠から男女のゴーレムがあてがわれたが、結局ゴンベー一人だけが取り残された。


 ゴンベーがちょっかいかけた三人娘のゴーレムも、他のエキストラへとあてがわれた。


「あ、ああ……」

 予想外の出来事にゴンベーはパニックになり、その眼からは涙がにじみ出ていたが……。


「あら、貴方もお一人かしら? もしよろしければ、わたくしのパートナーをお願いできますか?」

 何とか体をひねったゴンベーの眼に写る女性は


 透けるような長い銀髪に小さな顔。

 華奢きゃしゃな体つきだが、それなりにボリュームのある乳房とお尻。

 それら曲線美を包み込む、スリットの入った透けるような銀のナイトドレス。

 そして、何より特徴的なのは、顔の横から斜め上に伸びた、細長い耳であった。


「エ……ルフ」

 ゴーレムに【変身】を掛けた姿ではない。

 『キング オブ ザ クラウン』で観たエルフ……より若干、いや、かなり”盛られた”女性が今、目の前に立っている現実リアルに、ゴンベーの頭は真っ白になる。


「いかがでしょう?」

 エルフは淡く微笑みながら、雄を溶かすつやを紡ぎ出した。


「ハ、ハイ。よろしく……お願い致します」

 ゴンベーは何とか返事を絞り出した。

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