第五章 エルフはお寒いのがお好き?

第14話 ファースト・エキストラ

 ピラミッドから浮かび上がる光の扉の前で、マネージャーは今一度ゴンベーに確認する。


「マネージャーとして俳優の意思を尊重するけど、本当にこれでいいの? アンタの好きな時代劇じゃなく、モンスターが出てくるファンタジー物よ?」


「ああ、要は世界的ファンタジーの『キング オブ ザ クラウン』みたいなモンだろ。一度こういうのに出演でてみたかったんだ。日本の撮影現場ではあまり縁がないからな」


「それにギャラは他のより少なめだし、四つのシーンを一日で撮るのよ?」


「いろいろなシーンでいろいろな役をやれるって事だろ。一日も早くこのディファールドの現場の雰囲気を体で覚えたいのさ」


「わかったわ。それじゃあ行きましょう!」


 ピラミッドから浮かび上がる光の扉をくぐった先は、石畳の大通りにレンガを積み上げられた家や商店が立ち並ぶ街並みであった。


「お、おい!? これがワナビー神の造った物語の世界なのか? 写真で見たヨーロッパの街並みそのものじゃねぇか!」 


 顔を上げると青空に雲が点在しており、降り注ぐ陽の光はゴンベーの体を暖めていた。


「太陽も雲も作り物? い、いや、立体映像ってヤツか? でも、暖かいし風も吹いているぞ。とてもセットとは思えねぇ……」


 さらにゴンベーを驚かせたのは、スタジオやセット特有のベニヤや接着剤、油の匂いが全くせず、各家庭や食堂から漂う料理の香りや、風に乗って淑女の香水の香りがゴンベーの鼻をくすぐっていた。


 呆然とするゴンベーにマネージャーが説明する。

「驚いた? これがディファールドでの『ロケ現場』よ。主人公である転生者にこのセットが現実リアルだと思い知らせる為には、これぐらいは最低限必要なのよ」


 ゴンベーは建物に近づくと、壁を拳で軽く叩き、窓から店の中をのぞく。


「はぁ~。モノホンのレンガの堅さだぜ。窓もガラスだし、店の中もちゃんと造ってある……」

「何だったら裏も見てみる?」

「裏?」


 マネージャーに案内され路地裏へ向かうと、道路や窓から見える部分だけ壁や屋根や部屋が造られており、それ以外は空洞だった。


「ははぁ、なるほどね。手を抜くところはしっかり手を抜くのね」


「言っておくけど、このことを主人公に告げ口したら、すぐさま世界珠によってロケから追い出されて、下手したら存在を抹消されるわよ」

「抹消?」

「地球でも貴方の存在が消えるって事よ」

「んなぁ!」


「アンタだってロケ中、

『どうせ嘘の世界だから適当にやりましょう』

って言わないでしょ? 撮影現場で起こることはすべて現実リアル! いいわね!」


「オッケー! はなからそんな気持ちはないから安心しな!」


 通りに戻ると、角がないサイのような恐竜がひげもじゃの老人に手綱で操られ、幌のついた荷車を引っ張っていた。


「な、なあ、あの恐竜みたいなモノは?」

「おそらくあの御者のエキストラが所持している大道具でしょう? こういったファンタジーにはつきものよ」

「そ、そりゃそうだが……こ、こんな光景を見せられちゃ、逆に俺の方がこのセットが現実だと思っちゃうぜ」


 色とりどりの服装をした他のエキストラへ眼をやると、慌ててマネージャーに尋ねた。


「お、おい、今気がついたんだが俺の服装、黒のフリースに穴あきサンダルのままだぞ。だ、大丈夫なのか?」


 パニックになるゴンベーをなだめるように、マネージャーは説明する。


「どうどうどう、慌てなくても大丈夫よ。ちゃんと備考を読んだ?」

「なになに……『全員に【変身】付与あり』。あ……」


「初心者エキストラはろくに衣装や小道具なんて持っていないし、しょせんその他大勢だからワナビー神の世界珠が全員に【変身】を付与するのよ」


「主人公にはばれないのか?」


「今日はあくまでプロローグだから主人公はまだ出てこないわよ。それに、主人公と絡むエキストラはオーディションで選ばれるからね」


「なんだぁ~主人公を一目見たかったのによ~」


「こらこら、それ以前に身の程を知りなさい! 昨日今日ここに来たばかりのエキストラが、主人公と共演できると思っているの!? アンタだって富士歳三郎と共演したのは、オーディションで勝ち取った南無権平役しかないんでしょ?」


 顔を近づけツバを飛ばすマネージャーに、ゴンベーは両の手の平を向けながらタジタジになる。


「わ、わかっているって。言ってみただけだってばぁ」


 改めて辺りを見渡すゴンベーだが、三人集まって談笑している妙齢の女性の集団に眼を止めた。


「な、なあ、あの女の人たちなんだけどもよ」

「なぁに? ダメよ現場でナンパは。せめてロケが終わってからにしなさい」

「ちげーって! なんかあの三人、違和感があるんだけどもよ」


 マネージャーも三人娘に眼をやる。


「へぇ、さすがね。一目見て見破るなんて。あれは、《ゴーレム》よ。近づいて見てみる?」

「ごーれむ?」


 マネージャーに言われたとおり、ゴンベーは三人娘へと足を運んだ。


「人手が足りない時や、決まった演技をさせたい時はエキストラの他にゴーレムを使うのよ。アンタの世界で例えるなら、う~んと、マネキン、ロボット、アンドロイドね」


 ゴンベーが不審者のように至近距離まで近づいても、娘姿のゴーレム達は一定の間隔で笑ったり、口元に手を当てていた。


「なるほどね。俺も経験あるが、知らないエキストラ同士で談笑している演技をしろと言われても、なかなか難しいからな」


「ゴーレムは小道具のショップでも売っているわ。ゴーレムを持っていると、例えば【変身】でゴーレムに恋人役をやらせてカップルの役もできるわね。残念だけど、いくらゴーレムがあってもギャラは一人分だけどね」


「へぇ~あとでショップに寄ってみるか……しかしこれ、よくできているな」


 ゴンベーは若干鼻の下を伸ばしながら

 一番胸が大きいゴーレムの胸を両手でみ、

 一番お尻の大きいゴーレムのお尻にほおずりし、

 一番年下なゴーレムのスカートを左右から両手でつかんで、限界までめくめくり上げた……。


 次の瞬間!

”ずどぉぉ~ん!”

「ぐぅはぁあ!」


 胸をもまれたゴーレムは、ゴンベーのみずおちにボディーアッパーを喰らわせ


”どすぉぉ~ん!”

「ぐえ!」


 お尻にほおずりされたゴーレムは、ボディーアッパーを喰らってたたらを踏んだゴンベーを背中から抱きしめると、体を弓なりに反らせてジャーマンスープレックスをお見舞いし


”グワキベキボキィ!”

「ぎゃあぁぁぁ!」


 スカートをめくられたゴーレムはゴンベーの背中に腰を下ろすと両脚を抱え込み、逆エビ固めをキメた。


「カンカンカンカンカン!」


 レフリーと化したマネージャーの口からゴングが奏でられると、三人は一斉に勝ち名乗りを上げ、互いにハイタッチしたあと、何事もなかったかのように談笑を始めた。


 マネージャーは地面に伸びているゴンベーのそばで腰を下ろすと、ジト目でゴンベーを睨みつける。


「言い忘れていたけど、世界珠が準備したゴーレムは、盗まれないように防衛機能が備わっているから、下手に手を出すとひどい目に合うわよ」


「わ、わひゃりまひた。ほうひたひまへん(わかりました。もう致しません)」

  

 ゴンベーは体中の関節から音を発しながら、何とか立ち上がった。


「あ~あ、ひっで~めにあった」

「俳優の不始末はマネージャーの不始末でもあるのよ。大御神様からアンタをスカウトした私の良識が疑われちゃうわ。あっ!」


 突如、”世界中”に轟く中性的な声。


『本日はロケにお越し下さりまして、誠にありがとうございます。転移者エキストラの方々は今一度、ご自分の履歴書ステータスを、マネージャーの方はロケが重なっていないか確認して下さい』


「この、声は?」

 辺りを見渡しながら、ゴンベーはマネージャーに尋ねた。

「これは世界珠の声ね。つまり監督、ディレクターよ。ロケ中は世界珠から指示があるからよく聞いてなさい」

「履歴書とかは大丈夫か?」

「条件はクリアしているし、これが最初のロケだからダブルブッキングはしていないわよ」


『まもなく、ロケが始まります。エキストラの皆様に【変身】を付与します』


 ゴンベーの体を光が包み込むと、黒のフリースが白のシャツに黄土色の革のベスト、革のズボンに様変わりし、穴あきサンダルが革の靴へと変身した。


「へっへっ! いいねいいね。エキストラの血が騒ぐぜ」


 ゴンベーは店のウィンドウグラスを姿見代わりにして、さまざまなポーズをとる。


「あとロケ中、マネージャーは現場にはとどまれないから隠れているわ。じゃあ、がんばって」


 マネージャーは光の玉の姿になると、建物の裏側へと飛んでいった。


『まずはリハーサルを行います。エキストラの方々は街の住人となって通りを歩いたり、買い物や談笑して下さい』


 マネージャーがいなくなり一人現場に残されたゴンベーは、心の中で気合いを入れた。

(お、おう! やったるで!)


『三、二、一。スタート!』

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