第13話 異世界(ディファールド)

「なんで……そんなしちめんどくさい条件を?」

 ゴンベーは山羊のようにサラダをほおばりながら眉をひそめるが、


「逆に聞くけど、貴方のいる地球って、本当に本物リアルの世界?」

「なにを聞くかと思えば……。俺が産まれた時から地球があるから、本物に決まっているじゃねぇか」 


 マネージャーは我が意を得たりとばかりに、人差し指を立てた。


「転生者もそれと同じよ。ほら、産まれたばかりのひよこって、最初に見た者を親だと認識するじゃない? だから転生者も転生して最初に見た世界をリアルと思うのよ。だから物語を創る第一条件が、ワナビー神が転生させた主人公がその世界を本物、現実だと認識することなのよ」


 こめかみに指をあてがったゴンベーは、何とか声を絞りだした。


「つまり……転生者ですら見破られるハリボテの世界を創るワナビー神は、そもそも物語を創る資格がないと……ってことでいいのか?」


「そうそう。なんだ、ちゃんと理解しているじゃない」

「回りくどい説明をしやがって、もっと簡単にしろよな」


 マネージャーは残りのホットドッグを口に押し込むと、オレンジジュースを流し込んだ。


「とりあえず、これでディファールドは一時落ち着いたけど……」

「なんだ、まだなにかあるのかよ?」


 マネージャーはサラダの山に向かって木のフォークをぶっ刺すと、カバのように大口を開けてかぶりついた。


「ワナビー神は自分が創った世界の地形から動植物、そして人間まで、それこそ一から十まで創らないといけないのだけど、ある時気がついちゃったの。わざわざ自分で創るよりは……」


「お、おい。まさか……」


『そう、そのまさかよ。他のワナビー神の世界をパクばいいや! って、ワナビー神の間でみにくい争いが起こったのよ』 


「なんかワナビー神って、人間以上なのに人間くさいな」


「さすがの大御神様も激怒して、争いを起こしたワナビー神同士をケンカ両成敗で世界珠没収&ディファールドから追放したんだけど、あまりに数が多いモノだから大御神様もあきれちゃって、すべてを投げ捨てて引きこもっちゃったのね」


「気持ちはわからんでもないが……あれ? どこかで聞いたような話だな」


 ゴンベーは残ったサラダを口の中に押し込みながら、記憶をたどるように目線を上に向けた。


「そこからの紆余曲折うよきょくせつは話が長くなるから割愛するわ。大御神様の機嫌を直す為、それこそ神々達が色々と考えて、さらには

『一肌も二肌も、アソコが露わになるまで脱いだ』

のよ。こうして新たな法やことわりが産まれて、大御神様は機嫌を直したわ」


「まぁなんだ。大御神様や他の神様に向かってお疲れ様と言いたいね。その結果が俺ってわけかい?」


「そうそう、ワナビー神の負担を減らす為、物語に登場するエキストラ達を、いろいろな世界から呼び寄せることにしたの。さらにエキストラギルドも造って、大道具から小道具までもエキストラが準備させるようにしたのよね」


「ん? それじゃオメーのようなマネージャーは何なんだ? っておい!」

 マネージャーはさりげなくゴンベーのオレンジジュースのコップを手に取ると、喉に流し込んだ。


「ふぅ、いいじゃない、しゃべり過ぎて喉が渇くんだからぁ~。私たちマネージャーはいわば大御神様の代理人ね。いろいろな世界からめぼしいエキストラを転移させて、ワナビー神が造った世界に送り込むのがお仕事なのよ」


「何とかに落ちたぜ。つまり俺の仕事は、ワナビー神が原作の物語の中で、主人公と共に物語を紡ぎ出せばいいんだろ?」

「うん! よくできました!」


 朝食の食べ終わった二人は光の扉をくぐり、エキストラエリアの入口へと向かう。


「ここは大道具、小道具が売っているショップエリアや、エキストラを募集しているスカウトエリアがあるけど、どこに行く?」


「そんなの決まっているだろ! スカウトエリアだ! あ、ちょっと待ってくれ」


 ゴンベーは辺りを見渡し、ちょっとした芝生の空き地へと向かうと、軽くストレッチをし、顔やほほ、あごの筋肉をマッサージする。


「どうしたの?」


「ああ、悪いな。毎朝やっているトレーニングさ。さてと」


 ストレッチが終わると鼻から息を吸い、口から二回。鼻から二回吸い、口から四回吐き出した。そして


「あ~あ~あ~あ~あ~。あいうえおあお、あいうえおあお」

「赤巻紙青巻紙黄巻紙。東京特許許可局。隣の客はよく柿を食う客だ」

と、早口言葉をまくし立てた。


「ふぅ~。こんなもんだな」

 何かに気がついたマネージャは

「あ、ごめん。そういえば昨日……」

「ん? ああ、気にすることないさ。俺も時々サボっちまうからな。さぁ、いこうぜ」

「うん!」


 ― ※ ―


「ここがスカウトエリアよ」 

 スカウトエリアへ着いたゴンベーの目の前には、石造りの巨大なピラミッドがそびえ立っていた。


「んな、なんでこんなところに地球のピラミッドが?」

「このピラミッドが、エキストラギルドとワナビー神の世界をつなぐ場所よ」


「な、なあ、これってもしかして、エジプトにあるのと同じモノか?」

「あら、よく気がついたわね。あのピラミッドは雇用促進の為に造ったと言われているけど、半分当たっているわ。本当は民をエキストラとして送り込む為の施設だったのよ」


 眉唾な説に思わずゴンベーは眉をひそめる。 


「ほら、みんなピラミッドの中へ入っていくでしょ?」


 ゴンベーが眼をこらすと、いろいろな種族のエキストラ達が、ある者は飛んで、ある者はスロープを上って、ピラミッドを構成する大きな石の表面に浮かび上がった光の扉の中へ入っていった。


「てっぺんと地べたに近い扉は何か違うのか?」

「ピラミッドの上の扉ほど、好条件のお仕事だけど、ある一定以上のエキスを稼がないと上の扉へはいけないのよ」

「なるほど。当たり前っちゃ当たり前だな。俺も早くてっぺんの扉をくぐりたいもんだぜ」


「あ、ちなみに、このピラミッドは石のピラミッドと呼ばれて、わかりやすく言うと初心者向け、『レベル一のピラミッド』ね」

「……ってことはもっと上の仕事があるのかよ!?」


「全部で五つあるわ。まずレベル一の『石』。レベル二の『鉄』、レベル三の『銅』、レベル四の『銀』。そして、レベル五の『金のピラミッド』ね」

「ほへ~。さすがスケールがでっかいぜ」


「ちなみに、金のピラミッドへ行けるエキストラは、世界や宇宙のみならず、時空、次元を超越して勇名をせる俳優ね。何せワナビー神はスカウトできず、本物の神しかスカウトできないんだから」

「はぁ~。なんかもう、俺の頭には収まり切れねぇぜ」


 早速ゴンベーは、ピラミッドの一番下の段に浮かび上がる扉を物色する。


「どうやって求人をみるんだ?」

「光の扉を視界に収めてからこめかみを触ると、履歴書みたいに浮かび上がるわ」

「ふむふむ……お、できた」


 ・ワナビー神の名前:宇枝一夫

 ・物語の名前:マギカ・バディ ―魔術とカバディが融合した、究極のノベルスポーツ

 ・演ずる役:龍堂学園VS大凶魔學院のマギカ・バディ試合の観客

 ・拘束時間:一日4時間で三日(一日でも可)

 ・支払いエキス:一日につき5000エキス。三日出席で+2000エキス

 ・備考:観客の姿への【変化】付与あり


「なるほどね、この辺はエキストラあっせん会社とあまり変わらねぇや。ん? 薄くぼやけた扉はなんだ?」

「条件付きだから貴方では入れないわよ。種族を限定するとか、スキルや小道具が必要とかね」


 ゴンベーはぐるっとピラミッドを一周するが、フラフラになりベンチへ腰掛けた。


「はぁはぁ、なんかたくさんありすぎてよくわからねぇや。ん? おい?」


 ゴンベーはマネージャーを睨みつけるが、危険を感じたマネージャーは慌てて顔をそらす。


「な、なによ~」

「そもそも、俳優にむいた仕事を探すのが、専属マネージャー”さん”のお仕事じゃないでしょうか?」


「と、とりあえず、その、肌で感じてもらおうと思ったのよ」

 マネージャーは長い髪をゴンベーに向けたまま返答する。 


「それでぇ、わたくしめにぴったりのおしごとのめぼしはぁ、とうぜんついているのでしょうねぇ~?」


 ゴンベーは抑揚のない棒読みで、圧を放ちながらマネージャーの後頭部を睨みつけた。


「んもう、ちゃんとあるわよ。とりあえずはこれだけ」


 マネージャーは薬指を目の前の空間に向けると、光の板が五枚浮かび上がってきた。


「あるのかよ! そういえばいちいち求人を調べてたのは俺ぐらいだったな。ふ~んどれどれ?」


 ゴンベーはたわわに実ったマネージャーの胸に当たりそうなほど顔を近づけても、全く気にせず、食い入るように求人を眺めていた。


 その様子に思わず笑みを漏らすマネージャー。

(役者バカって、こういう人のことを言うのよね)


「よし! これだ!」


 指で示す求人をマネージャーは確認する。

「物語の導入部分プロローグ……街の住人。そうね! これでいきましょう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る