第四章 神とワナビーの大御神隠し

第12話 ワナビー神

 翌朝、といってもゴンベーの体内時計での話だが、ゴンベーは二日酔いに見舞われずさわやかな朝を迎えることができ、朝食をとろうとエキストラギルドのフードエリアへの扉を部屋の壁に念じた。


「おお、ちゃんとできたぜ。さて朝飯は何を……」

「おっはよ~! ご飯ご飯!」


 ゴンベーの背中に向かって聞き覚えのある、魂に刻まれた声がぶつかってきた。


「な、なんだよ?」

 眉をひそめ振り向くと、ゴンベーの専属マネージャーがバンザイしながら満面の笑みを浮かべていた。


「何だよとはご挨拶ね。朝ご飯でしょ? 付き合うわ」

 今度はマネージャーが眉をひそめ、両手を腰に当てる。


「今までどこにいたんだよ? てか自分の飯ぐらい自分で食えよ!」


「どうどうどう。一度に二つの質問をしないでよ。順番に答えるから。ん~と、この部屋の隣に私専用の部屋があるのよ。あ、夜這よばいはしちゃダメよ。ちゃんとお互い同意の上でね」


 マネージャーは昨晩、歳三郎をからかったのとは真逆の言葉を付け足して、ゴンベーの質問に答えた。


「だれがするか!」

「あら、そうなの? まぁいいわ。それに昨日も言ったでしょ? 私は貴方の専属マネージャー。貴方が社長なら私は美しき従業員。社長なら可憐で妖艶なる従業員を養う義務があるわ。そもそも受肉したのは誰のせいかしらね~」


 人差し指を立てフリフリしながら、ゴンベーに向かって諭すように答える。


「ぐっ! だったらエキスを渡すから勝手に……」

「残念だけどエキスはエキストラにしか支払われないし、昨晩の親父さんへの支払いや貴方の芸のおひねりのように、お店やエキストラ同士ではやりとりできるけど、マネージャーが勝手に使うことはできないのよ」


「そ、そうか? 色々とめんどくさいんだな……」

「難しく考えなくてもいいわよ。私を貴方の世界のクレジットカードや電子マネーと思えばいいわ。貴方やお店からの支払い要求がないと私はエキスを扱えないのよ。それに……」


「それに?」


「貴方の世界でもマネージャーや経理の人が事務所のお金を持ち逃げしたって話をよく聞くでしょ? 貴方も将来大御所になって事務所を構えたいのなら、今から金勘定に慣れておきなさい」


 ぐうの音も出ない正論に、ゴンベーはしっぽを丸めた犬になる。


「わ、わかったよ。あ、あと、おはよう……」

「うん! おはよう!」


 フードエリアへ着いたゴンベー達は、早速胃袋を満たす為の店を物色する。


「親父さんはまだ店を開けていないみたいだな?」

「ギルド直属のお店は無休で開いているけど、それ以外のお店は基本気まぐれね。中にはエキストラがお店を開いて掛け持ちしている人もいるし」


 それでもフードエリアには2/3以上の店が開いており、仕事へ向かうエキストラ達のエネルギーの源になっていた。


「昨日はお上りさん状態だったけど、よく考えてみたらここにいるほとんどが現場へ向かうんだよな?」


「あらぁ~怖じ気づいたの~?」

 顔をのぞき込みながら、マネージャーは意地悪に笑う。


「だ、誰が! それに『百鬼侍』では合戦シーンでエキストラだけで二百人以上、スタッフさん達を合わせれば、三百人以上の現場にいたこともあるわい!」

 ゴンベーは気力を奮い立たせ、気丈に振る舞った。


 幸いにもホットドッグのお店を見つけたゴンベーは五十センチ以上のミドルサイズホットドッグを、マネージャー用にはスモールサイズ。そしてサラダとオレンジジュースを二つずつ注文する。


「「いっただっきまぁ~す!」」

 大口を開けホットドッグにかぶりつく二人。


「ホフホフ……うめぇ! ファーストフードのやつとはえらい違いだぜ!」

「そりゃ……ホフホフ……エキストラは体が資本だからね」


 ”ゴックン!”と飲み込んだゴンベーは、真顔でマネージャーに質問する。


「なぁ、俺はいまいちこのディファールドがよくわからねぇんだがよ……」

「ふゃら、ふひこひはひゃんとへいこーひたひゃよ(あら、刷り込みはちゃんと成功したわよ)」


「だから食うかしゃべるかのどっちかにしろよ! でもよ、いきなり百科事典が頭の中に入った気分でよ。ぶっちゃけ、書いてある内容が理解できないんだわ」


 マネージャーも”ゴックン!”すると、甘い吐息を吐き出しながら、口元から垂れるマスタードやケチャップを指ですくい、一本ずつ舐めていた。


「……普通に食えねぇのかよ?」

「あらぁ、朝から欲情しちゃったぁ? まぁ、それは置いといて。このディファールドの案内ガイドするのも、マネージャーの重要な仕事ですからね」


 マネージャーはオレンジシュースを口に含むと、小学校の教師のように笑顔で講義を始めた。


『そもそもこのディファールドは、《大御神おおみかみ》様によってつくられた世界なのよ。最初は大御神様に縁もゆかりのある神達の世界だったんだけど、やがて他の宇宙や世界の神々達もつどうようになったわ。なぜならこのディファールドは


《神々の”想像”したことがリアル、現実や現物、そして時や世界、宇宙を超えて”創造”される世界なのよ》』


「つまり、願ったことがかなうって事か?」

「そうそう、こうして数多あまたの神々はこのディファールドで世界や生き物、文明や物理法則を創造して、自分の宇宙で使うようになったわ。でも……」


「何かあったのか?」

 ゴンベーもオレンジジュースを口に含んだ。


「やがて自分の宇宙や世界を持っていない、”神未満の存在”、今では、《ワナビーしん》って呼ばれているモノまでが

『このディファールドに来れば、自分の宇宙や世界を持つことができる』

って殺到しちゃったのよね」


 マネージャーは”ふぅ~”と息を吐き出し、再びオレンジジュースを口に含む。


「ほ~ん、つまり有象無象うぞうむぞうやからが一山当てようと、このディファールドへ押し寄せたと?」


「そう思ってくれればいいわ。中には自身で宇宙や世界を創造して神になったモノもいたけど、それはあくまでピラミッドの頂点中の頂点。ほとんどがディファールド内で好き勝手に暴れ回る存在になっちゃったのよ」


「……暴れ回るって、例えば?」


「他のモノが創造しようとしている宇宙や世界を妬みから単純に快楽の理由で、誹謗ひぼう、中傷、恫喝どうかつ、脅迫。中には徒党を組んで攻撃したりもしたわ。そのおかげでかなりのワナビー神がディファールドを去ることになったけど、それ以上に増えたから、もう無法地帯と化したのよ」


「めちゃくちゃだな。確かに出る杭は打たれるで、役を勝ち取った俳優の靴の中に画鋲がびょうを入れたり衣装にカミソリを仕込んだり、果てや関係者に怪文章をばらまくのは、どこにいても変わらないか……」


 二人同時にホットドッグをかぶりつき、先に飲み込んだマネージャーの喉が開く。


「さすがにこの状態を憂慮ゆうりょした大御神様はワナビー神に向かってこう宣言したの。


『物語を紡ぎ出し、数多の世界の観客をよろこばせることができれば、われが神に昇格させてやろう!』


って。同時にワナビー神一人一人に、《世界珠せかいじゅ》を与えたわ」


「せかいじゅ?」


「世界珠はいわば水晶みたいな玉ね。これには大御神様から与えられた『仮の神の力』が宿っていて、ワナビー神はこのたまを通して世界を創造するの。もっとも仮の力だから、世界を創造してもあくまで映画のセットみたいにハリボテだけどね」


「なるほど、マネージャが俳優を補佐する役目なら、世界珠はいわばワナビー神の物語を補佐するプロデューサーやディレクター、大道具や小道具ってことか?」

「そうそう、何だ、ちゃんと理解しているじゃない」


 マネージャーは”よくできました”とばかりに小さく拍手をする。


「”業界”に当てはめれば理解できるようになったぜ。でもよ、それこそそのワナビー神って奴らが、めちゃくちゃな物語を創るかもしれないぜ?」


「だから大御神様は物語を創るに当たって条件を付けたのよ。それは

『主人公は、数多の世界で亡くなった者の魂を、世界珠によって己の物語へ転生させた者』

 そして

『なおかつ、主人公がその物語の世界を現実リアルだと認めた者に限る』

ってね!」

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