第11話 芸の岩戸

 ウズメは両腕で己の乳房を押しつぶしながら抱きしめ、体を悶えさせた。


「そんなことおっしゃってもぉ~、『貴方のマネージャー』の時は一度も抱いて下さらなかったのにぃ~」


 今度は両の指先を、陰毛から女陰に向けて滑らせた。


「このわたしが~なんど独り寝を強いられたかぁ~ああん」


 冗談か本気か、どっちつかずなあえぎ声を幾度となく、華開いた唇から漏らしていた。


「あ、あん時はな、『屋台探偵つくね』が打ち切りになってここへ転移したばかりで女にうつつを抜かす暇なんてなかったし、『巌流島』の後は、い、一緒になったばかりのカカアにわ、悪いと思ってよ~」


 やられっぱなしの歳三郎は気を落ち着ける為、鯛の切り身を三切れまとめて口に放り込むと、役者の眼でウズメを問い詰めた。


「んで、あのにいさんをどうするつもりだい?」


 ウズメは妖艶なる女から、能面のような芸道の神の顔つきになる。


「わたしの”天命”は一人でも多くの芸人げいびとを芸道へと導き、多くの民をよろばせること。それ以上でもそれ以下でもございません」


「それがあのにいさんかい? 言っておくが、アイツの芸は芸じゃねぇ! ただの猿まね、俺のコピーだ! 物まねですらねぇ!」


「……」

 ゴンベーを”斬る”歳三郎に対して、あえてウズメは口をつぐみ、干した杯にお銚子を向けた。


「物まねの大御所に《メンチカツ》さんがいらっしゃる。俺や大物演歌歌手の、《睦月むつきたかし》先生のネタをする時はちゃんと挨拶し、俺や睦月先生も許可をするんだ。なぜならあの人の物まね芸は俺や睦月先生のコピーじゃねぇ! メンチカツさんしかできねぇ! メンチカツさんの血が通っている芸なんだ! そしてお客様は、俺や睦月先生の猿まねではなく、メンチカツさんの芸を観たいが為に、チケットを買って下さるんだ!」


 のどを湿らせる為、一気に杯を干した歳三郎。

 そして熱くなった体を冷ます為、大きな息を吐き出した。


「ゴンベーさんも果報者ですわ。ここまであの富士歳三郎さんに”斬られる”なんて……」

「へっ! ついムキになっちまった。大人げねぇわな」


 ウズメの目元が柔らかくなる。

「そのご様子では、近々引退なさるという噂は杞憂に終わりそうですね。ゴンベーさんも口には出していませんでしたが心配しているご様子でした」


「ったく、マスコミって輩は好き勝手書きやがる……でもな、全く考えていないって言ったら嘘になるけどよ」


「……なにか、ご懸念が?」

 ウズメは歳三郎の顔色をのぞき込む。


「たいしたことじゃねぇ。がむしゃらに芸道を突き進んで、気がついたら大御所だなんだと御輿みこしに担ぎ上げられてよ。おかげで


『芸で俺にケンカを売ってくる』


若手がさっぱりいなくなってな」


「それで、再びディファールドに……」

「ああ、ここはいいさ。にいさんにはああ言ったが、ここはみんながみんな、他人の寝首をかこうと眼を血走らせ、牙やツメをいでやがる。俺の好きな空気、いや、毒されちまったんだな」


「よかったですわね。さっそく『ケンカ相手』であるゴンベーさんと出会えて」

 ウズメはからかうようにカラカラと笑う。


「ありゃケンカじゃねぇ。あれぐらいのこと、不二三組の若い衆でもできらぁ」

「それでは、ケンカ相手を見つける為、『現役復帰』をなさるので?」


 ウズメは再び妖艶な美女の顔になる。

 頂点の雄を欲しがる雌のいろを、女陰から漂わせながら……。

 そんなウズメの顔と体を肴に杯を干すと、歳三郎の眼は遠くを眺める。


「さあな。骨のあるヤツがいればいいんだが。あのにいさんもあれからどう”化ける”かだな。

大御神おおみかみ様を岩戸から引っ張り出した』

天鈿女命様のマネージャー手腕に期待するぜ」


 ウズメは若干上目遣いで歳三郎を見つめると、淡々と言葉を紡ぎ出した。


「わたしは天鈿女命。確かにわたくしの”芸”で大御神様は顔をのぞかせました。ですが大御神様がこの世に降臨なさったのは岩戸をこじ開けた

天手力雄神アメノタヂカラオノカミ

のおかげでございます」


 紡ぎ終わったウズメはまっすぐな眼で、歳三郎を貫いた。


「へっ! 俺にアイツの岩戸をこじ開けさせ、芸を引き出させようってか? でもなウズメ様よ」

「はい」


 歳三郎の顔は、このディファールドでの現役時代の『二つ名』であった

黒曜の王狼オブシディアン・ベオウルフ

へと【変化】する。


「ひょっとしたら俺はアイツのみならず、このディファールドすべてをぶち壊す


素戔男尊スサノオノミコト


に化けるかもしれないぜ」 


「フフフ……それもまた一興でございます」

 ウズメの女陰から、日の本すべての雄を狂わせるほどの艶香いろかが発せられた。

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