第三章 黒曜の王狼

第10話 芸道の神

 さすがに女は殴れないと、ゴンベーが提案したのは『あっち向いてホイ!』から『にらめっこ』、『指相撲』に『押し相撲』に『尻相撲』。

 さらに、どこからともなくピコピコハンマーとヘルメットが投げ入れられ、『じゃんけんハンマー』勝負まで行われた。


 そして、とどめはおなじみの『野球拳』!


 もっとも、ゴンベーがパンツ一枚になったところでダウンしてしまい、マネージャーは無傷のままバンザイしながら飛び跳ねて、ギャラリーの歓声に包まれながら長い勝負の決着がついた。


 ”おひねり”により、屋台のお勘定を払っても一万エキス近くもうかった為、ニコニコ顔のマネージャーは光の扉を出現させると、ゴンベーとフリースを扉に放り込んだあと親父に一礼し、扉をくぐっていった。


「せな……かの……こんごう……」

 布団の中でいびきをかきながら、時折寝言を吐き出すゴンベー。

 それを眺めたあと、マネージャーは薬指をこめかみにあてがうと、一瞬にして顔や体から、酔いも火照りも消え去っていた。


 エキストラギルドは地球の言葉で言う二十四時間、年中無休である。

 かといって中の店の人間はそういうわけにはいかないので、店員が少ない店は営業時間が決まっていたり、気まぐれで店を開いたりしている。


 屋台の親父もあくびをかみ殺しながら後片付けをしていると、ふと、背中に気配を感じた。

「ああ、”アンタ”か」

 振り向いた目に写るは、ゴンベーのマネージャーだった。


「先ほどは申し訳ありません。お店の前で騒いでしまって」

 頭を下げる声も仕草も、事務的なマネージャーのそれであった。

「なあにいいさ。おかげでこっちも儲かったし、なにより楽しませてもらったからな。あのにいさんはどうした?」


「よく、お休みになっております」

 今度は姿形、その声はマネージャーだが、漂う雰囲気はあきらかに”かく”が違っていた。


「そうか……立ち話も何だ、これが終わったらうちにこねぇか? ”積もる話”、いや、”お互い”、聞きたいこともあるんじゃねぇのか?」

 マネージャーは淡く微笑むと、無言でうなずいた。 


 親父が出現させた光の扉をくぐると、そこは数十畳はある和室だった。

 畳の匂いに木の香り、障子からさし込む光に包まれると、マネージャーの顔は柔らかくなる。


 浴衣に着替えた親父は、座布団を二枚準備した。

「”久しぶりにここに来た”からな。もてなそうにも簡単な物しかないんだ」


 しかしマネージャーは親父の座布団の前へ薬指を向けると、海の幸、山の幸が盛られた御前が現れた。


「《海幸彦うみさちひこ》が釣った鯛のお造りに、《山幸彦やまさちひこ》が狩った鹿肉の燻製くんせいと山菜のえ物でございます」


 さらにマネージャーは薬指を向けると、うるしの盆の上に、杯台の上に乗せられたさかずきと、お銚子ちょうしが現れた。


少彦名命スクナヒコナノミコトが造った神酒みきでございます。まずは一献いっこん傾けましょう」

 マネージャーは親父の横で横座りすると、お銚子を手に取り、親父に勧める。


「へへっ。極上の料理と酒。申し分ねぇが、これだけはいただけねぇな」

 親父は薬指を伸ばすと、マネージャーの額へと触る。

 すると体が輝き、現れたのは髪を結い、裸体に薄い羽衣を纏っただけの妖艶ようえんなる美女であった。


「やっぱり俺にはこっちだな。


芸道げいどうの神様である、天鈿女命アマノウズメノミコト』。ウズメ様のお姿の方がな」


「あらあらもったいない。せっかくゴンベーさんが”造って”下さったのに。結構気に入ってましたのよ」


 ”本体”をあらわにされたウズメは、自身の体を残念そうに眺める。


「【透明インビシブル】で『マネージャー』と『光の玉』の【変化】を透明にしただけだ。【解術ディスペル】すれば元に戻る。もっとも、その気になればにいさんの【変化】を使わなくてもさっきの姿になれるだろうによ」


 親父の声に、ウズメは意地悪な声を漏らした。

「フフフ……女は殿方に選んでもらったころも羽織はおるのが、何よりの喜びなんですよ。それにしても、それほどまでに


『娘さんのお姿がお気に召さなかったんですか? ”富士歳三郎”さん』」


 歳三郎は羽衣から透ける、たわわに実った乳房に眼をやりながら吐き捨てる。

「けっ! 色気もクソもねぇ、乳臭い女から酒を手向たむけられちゃ、夢見が悪くなっちまうからよ」


 ウズメは杯に酒を注ぎながら、追い打ちを掛けるように唇を妖しく歪めた。

「のれんをくぐった時の貴方のお顔はとても素敵でしたわ。『黒狼ブラックウルフ』が、まるで借りてきた子犬みたいに……」


 歳三郎は一気に杯を干すと再び吐き捨てる。

「あん時は不覚だったぜ。まさかアイツまで転移者エキストラとしてここへ飛んで来たかとな」

「あら、上の二人のご子息のように、娘さんも芸道へお進みになるのがお望みだったのでは?」


 歳三郎は”フンッ!”と鼻をならす。

「バカ言っちゃいけねぇよ。元々アイツには芸の才能はねぇし、こちとらヤクザな商売から遠ざける為に、わざわざ大学まで行かせてやったってのによ」


 ウズメはなおも妖しく、つやっぽく、胸を揺らしながら微笑んだ。

「フフフ、そのわりには、常におそばへ置いておかないと気が済まないみたいですが……」


 歳三郎はのせられたように語気をわずかに強めた。

アイツだって普通に会社員になってだな、真面目なサラリーマンの嫁になればいいのによ、面接を受けた会社でやれ圧迫面接だ、やれセクハラだと、人事部長や社長の前でことごとく啖呵たんか切りやがって! ったく、誰に似たんだか……」


 ”答えはもう出ているでしょうに”と、ウズメは顔に書くが


「言っとくけど俺じゃねぇぞ! 今でも俺の芸に文句垂れているカカアに似たんだからな!」

「あらあら、ごちそうさま」

「そんで働きたいから働かせろって、ウチの事務所に怒鳴り込んで来やがって。だからこっちも言ってやったんだよ


『事務員やマネージャーは間に合っている。だが愛人ならまだ空きがある』


ってな。そうしたら……」

 顔に手をあてがう歳三郎を見て、ウズメはなおも意地悪に微笑んだ。


「よろしかったじゃありませんか。撮影中でも”若い娘”をはべらすことができまして……」

 幼い少女のように微笑むウズメに向かって、歳三郎は”ハァ~”とため息を漏らす。


「こちとら吐いたつばは飲めねえからよ。ハエみたいにつきまといやがって……。挙げ句の果て

『愛人だからホテルや旅館も一緒の部屋にしろ』

とぬかしやがってよ。おかげでチーフマネージャーや不二三組の若い連中にまで、頭を下げて娘であることを口止めさせて、俺の愛人のように接してくれと頼み込む始末だ」


「ですが、奥様との共演の時は姿を現さないみたいですね」


 歳三郎はちょっと眼を丸くする。

「そんなことまで知っているのかよ! 

『正妻の前では愛人は身を引くもの』

と、いけしゃあしゃあとぬかしやがったんだよ。んでもって最近は


『社長より『金太郎奉行』が上手うまい役者さんがいる』


とまでほざいてやがるんだぞ! ったく、身の程知らずにもほどがあるってんだ。そんなに上手いヤツなら俺の目の前につれてこ……!!」


 何かに気がついた歳三郎は、ウズメの顔を両の眼で貫く。


「……はてさて、なんのことでしょう?」

 ウズメはかえで役をした時の棒読みで、悪徳商人越後屋の台詞を呟きながら、明後日の方へと顔をそむけた。


 今度は酒が満たす杯に眼を落とす歳三郎であったが、瞳に写るのは酒ではなかった。


「そうかい。あのにいさんかい。どうも最近、ロケ中に姿を消す時があったが、そういうわけ……」

 再び杯を干すが、ふと何かに気がついた。


「おい! まさか隠れて逢い引きって事を!? だからアンタをその姿に!?」

 その慌てぶりは大御所俳優の演技ではなく、娘を案じる一人の父親であった。


「ご安心下さい。娘さんはどうかは存じませんが、少なくともゴンベーさんはその気はないみたいですよ。むしろ尊敬してやまないお方の愛人ですから、娘さんの姿になった私でさえ、手を出すことはありませんでしたし……」


 ちょっと残念そうに話すウズメを見て、歳三郎は”ふぅ~”と息を吐き出すが、


「ですが”私が”ゴンベーさんに手を出すこともありえますわね。ええ、もちろん、

『マネージャーの姿』

でね。フフフ」


『んなぁ、なんだとぉ~! ゆるさぁ~ん! 断じてゆるさぁ~ん!!』 

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