第9話 金太郎奉行

 ゴンベーはテーブルの上に正座すると、目も顔も体も奉行のそれになり、覇気はきを含んだ台詞を放つ。


『越後屋よ、そのほう治水工事のけ負いを得る為に、三河屋へ入札いえふだを辞退するようしむけた嫌疑が掛けられておるが、いかがかな?』


 親父も卑屈な商人のように声を絞り出す。

『め、滅相もありませんお奉行様。それは何かの間違い、わたくしどもには関わりのない事でございます』


『三河屋の娘、かえでをかどわかし、監禁したとの報も奉行所に届けられたが?』


『はてさて~なんのことやら。我が越後屋は一度としてお天道様に背を向けたあきないをしておりませぬ。そもそも誰がそんな噂を? 根も葉もない噂をお奉行様に知らせることこそ、わたくしどもをめる陰謀ではないかと愚考致してございます』


 ゴンベーは親父に向かって顔を突き出す。

『ふむ、報を寄せたのは、ちまたで金太郎と呼ばれる町人だ。越後屋、聞き覚えはあるか?』


 親父も記憶をたどるように台詞を紡ぎ出した。

『ああ、聞いたことがあります。たしか~働かず放蕩ほうとうしている遊び人の与太者よたものとか。いきと称してなにやら背中に、《金剛力士様》の入れ墨を彫っているとも……。ひょっとしたらその者が私どもをおとしめる為、三河屋に金で雇われたのでしょう』


 ゴンベーは右を向き、横に控えているであろう部下に向かって声をかける。


『そうか……では三河屋をここへ連れてまいれ!』


 少し間を置いて親父は顔を横に向け、マネージャーを見ると狼狽した。


『な、なぜおまえがここに!』

「え? あたし?」

 きょとんとするマネージャー。そして少し考えると


「……ん~と、ここまでの話の流れから推測すると

『おとっつあん。こいつだ。こいつがあたいをかどわかしたんだ!』」


 棒読みのマネージャーにかまわず、親父はなおも狼狽する。


『な、何を世迷い言を! 気でも触れたか!』

 さらにマネージャーの棒読みは続く。

『おぶぎょうさま、あたいはこいつにかどわかされ、こめぐらにとじこめられました。でも、きんたろうさんがたすけてくれたんです』


『どういうことだ越後屋。娘が拐かされたことについては、そなたはあずかり知らぬ事ではなかったのか?』


『う、噂では聞いておりました。ですがお奉行様、むしろ三河屋の娘を拐かしたのは、その金太郎ではないかと?』


 狼狽する親父の台詞に、なおも棒読みのマネージャーが続く。

『う、うそだ。おぶぎょうさま、こいつはうそをついております』


『う~む、コレではらちが明かぬな。ではその金太郎を呼んで申し開きさせるか。しばしそのままで待たれよ』


 ゴンベーは苦笑しながら立ち上がると回れ右をし、ふすまを開け、閉めるジェスチャーをする。そしてすぐさま勢いよく両手でふすまを開けた!


『お、おまえは!』

「え~と、きんたろうさん? で、いいのかしら?」


 場の空気を読めないマネージャーにズッコけることなく、ゴンベーの声は奉行ではなく、遊び人の金太郎の声と仕草に変化へんげする。


『久しぶりじゃねぇか越後屋。かえでちゃんを閉じ込めた、あんたんところの米倉こめぐら以来じゃねぇか?』

『し、知らん! ワシは何も知らん!』


『しらばっくれるんじゃねぇ! てめぇの部下はすべて吐き出したぜ! たとえお天道様は見逃しても……』


 ゴンベーは腕を縮め、たもとから両腕を出す仕草をすると、


『背中の金剛力士様が、てめぇの悪事の阿吽あうんまで、ちゃあんとお見通しだぜ!』


 親父とマネージャーに向けて、背中に掘ってある二体の金剛力士を”魅せる!”。


 奉行の衣装もちょんまげのカツラも、メイクすらまとわないないゴンベーの出で立ち。


 しかし親父もマネージャーも、確かに”観た”。


 黒いフリースの背中からうっすらと浮かび上がる金剛力士の阿形あぎょう吽形うんぎょうが!


 話の内容がほとんどわからない周りのギャラリーも、ゴンベーの見得に思わず一歩、後ずさる。


『は、ははあぁ~!』

 まるで条件反射のように、親父は座りながら頭を下げる。


「え~と、う、うそぉ、きんたろうさんがぁ~おぶぎょうさまぁ~?」

 結局、最後までマネージャーの棒読みは変わらなかった。


『越後屋! そなたを入札妨害、及び娘拐かしの罪で引っ捕らえる! 連れて行け!』

 そしてゴンベーはマネージャーへ顔を向けると、最後の見得を切る。


『これにて、一件落着!』


 辺りを漂う静寂。

 やがて、”パチパチパチ!”と、ゴンベーの元へ拍手が届けられる。

 その音に金太郎奉行からただのエキストラに戻ったゴンベーは我に返り、

「あ、ど~も。こりゃど~も」

 観客に向かってペコペコと頭を下げた。


 長いすに座ると、親父が満面の笑みで出迎えた。

「はっはっはっは! いやぁ兄さん、いい出来だったぜ! 兄さんの見得に思わず俺も腰が退けちまったぜ!」


「へっへっ! ありがとさん。しかし親父さんもさすがだぜ。アドリブで悪徳商人の役をこなしちまうなんてな」


「なぁに、長年エキストラをやっていればあれぐらいお茶の子さいさいさ。それに言ったろ? 富士歳三郎好きがこうじてこんな屋台を造ったってな。ほら、ちょうど焼けたぜ」


 しかしゴンベーは親父の焼き鳥に目もくれず、なにやらこめかみを押さえていた。

「どうしたのよ?」

 心配するマネージャー。


「ああ、いやな、さっきから頭の中を”チャリン!””チャリン!”って音がするんだ」

「ああ、にいさん、それはいわゆる、《投げ銭》、《おひねり》さ」

「おひねり?」


「確かにエキストラは一つの役を争う、いわば敵同士。でもそれはあくまでオーディションでのこと。ギルドや現場では互いに助け合う関係だ。ほれ、履歴書を見てみな」

 ゴンベーがこめかみに薬指を置いて念じると、眼前に履歴書が映し出された。


「あ、エキスが2439増えてやがる。はははは! こりゃいいや~」

 笑みがこぼれるゴンベーを、マネージャーがぶった切る。

「つまり、アンタの大道芸は2439エキスの価値って事ね」


 思わずズッコケそうになるゴンベーだが、あることに気がつくと、より笑みが輝いた。


「どうしたのよ? 気持ち悪い顔をしちゃって……」

「へっへ、2349エキス。つまりこれって”不二三組2439”ってことじゃねぇか!」

「おお、本当だ。こりゃなにやら縁起がいいんじゃねぇか、にいさん」


 しかし、再びマネージャーがぶった切る。

「なに言っているのよ。不二三組なら”24393エキス”でしょ!? せいぜいがんばってあと十倍は稼げる芸にしなさい!」


 苦虫をかみつぶしたような顔をするゴンベーを見て、親父は笑いを放った。


「はぁっはっはっはっはっ! こりゃねえさんに一本だなぁ! おっと、忘れるところだった」

 親父はゴンベーの前にコップと一升瓶を置いた。


「親父さん、これは?」    

「日本酒『金剛』さ。俺からの”ギャラ”だ。名前から言って兄さんにピッタリだと思ってな。本当なら悪徳商人役の俺もギャラが欲しいんだが、兄さんが主役だし、いいのを”魅せて”もらったからな」


「ありがとうございやす!」

 立ち上がったゴンベーは、親父に向けて深々とお辞儀をする。


「あらおいしそうなお酒! 親父さん、私もコップ一つ! あと塩で一通りお願い!」

「おい! これは俺のギャラだぞ!」

 ゴンベーは慌てて一升瓶を抱きしめるが


「なに言ってるのよ! かえで役をした私のギャラよ!」

 マネージャーの正論に、ゴンベーは渋々一升瓶の口を差し出した。

「……わ、わかった。一杯だけだぞ」

「いっただっきまぁ~す」

 満面の笑みになるマネージャー。


(こりゃ、いいコンビになりそうだな)

 串を焼きながら親父は心の中で呟く。


 こうして、ディファールドへ転移したゴンベーの一日目が終わろうと……しなかった。


「んだぁいたぁいなぁ~、ぬわんだぁ~あのぼーよみはぁよぉ~。てめぇ~ほんとーにまねぇ~じゃあ~かぁ? ヒッ!」

 すっかり酔っ払ったゴンベーは、かえで役のマネージャーをダメ出しする……が。


「ぬわにぃいってるのよぉ~。ふつくひ~あたしがしゅつえんしたんだぁかぁらぁ~。おひねりがもらえたぁんでしょうがぁ~ヒック!」

 虎となったマネージャーは、逆にゴンベーに絡み始めた。


「ぬわぁにがぁ、そうさくぶつをもうらしているだぁ~。ねごとはねてからいえってんだぁ~。ヒッ!」


「あんたもねぇ~せっかく【めいく】や【ちぇんじ】がつかえるんだぁかぁらぁ~。こんごーりきしさまを~このばにドドドド~ン! ってつくりだせばぁ~よかったのにぃ~。そすればぁ~もっとぉおひねりがぁ~もらえたのよぉ~ヒック!」


「じゃぁっかぁしいぃ! やくしゃはなぁ~げいで、からだでみせるんだぁ~! めいくやとくさつにたよるのは、しょせんにりゅうよ!」


「ひゃっひゃっひゃ! まんねんえきすとらのあんたなんてぇ~。にりゅうどころかごりゅういかだわ~ひゃっひゃっひゃっひゃ!」

 いつの間にか屋台の前には、ゴンベーの金太郎奉行よりも多くのギャラリーが集まってきた。

 

 ……二人のケンカを眺めに。


「じょうとおだぁ~。そとにでろぉ~」

「のぞむぅところよぉ~!」

 ギャラリーは歓声を上げ、腕を振り回し足を鳴らす。


(火事と喧嘩は江戸の華。エキストラとマネージャーのケンカはギルドの華……てか?)


 心の中で呟く親父に向かって、ギャラリーから次々と注文が入る。


「へい、らっしゃい! 毎度!」

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