第9話 金太郎奉行
ゴンベーはテーブルの上に正座すると、目も顔も体も奉行のそれになり、
『越後屋よ、そのほう治水工事の
親父も卑屈な商人のように声を絞り出す。
『め、滅相もありませんお奉行様。それは何かの間違い、わたくしどもには関わりのない事でございます』
『三河屋の娘、かえでを
『はてさて~なんのことやら。我が越後屋は一度としてお天道様に背を向けた
ゴンベーは親父に向かって顔を突き出す。
『ふむ、報を寄せたのは、
親父も記憶をたどるように台詞を紡ぎ出した。
『ああ、聞いたことがあります。たしか~働かず
ゴンベーは右を向き、横に控えているであろう部下に向かって声をかける。
『そうか……では三河屋をここへ連れてまいれ!』
少し間を置いて親父は顔を横に向け、マネージャーを見ると狼狽した。
『な、なぜおまえがここに!』
「え? あたし?」
きょとんとするマネージャー。そして少し考えると
「……ん~と、ここまでの話の流れから推測すると
『おとっつあん。こいつだ。こいつがあたいをかどわかしたんだ!』」
棒読みのマネージャーにかまわず、親父はなおも狼狽する。
『な、何を世迷い言を! 気でも触れたか!』
さらにマネージャーの棒読みは続く。
『おぶぎょうさま、あたいはこいつにかどわかされ、こめぐらにとじこめられました。でも、きんたろうさんがたすけてくれたんです』
『どういうことだ越後屋。娘が拐かされたことについては、そなたはあずかり知らぬ事ではなかったのか?』
『う、噂では聞いておりました。ですがお奉行様、むしろ三河屋の娘を拐かしたのは、その金太郎ではないかと?』
狼狽する親父の台詞に、なおも棒読みのマネージャーが続く。
『う、うそだ。おぶぎょうさま、こいつはうそをついております』
『う~む、コレでは
ゴンベーは苦笑しながら立ち上がると回れ右をし、ふすまを開け、閉めるジェスチャーをする。そしてすぐさま勢いよく両手でふすまを開けた!
『お、おまえは!』
「え~と、きんたろうさん? で、いいのかしら?」
場の空気を読めないマネージャーにズッコけることなく、ゴンベーの声は奉行ではなく、遊び人の金太郎の声と仕草に
『久しぶりじゃねぇか越後屋。かえでちゃんを閉じ込めた、あんたんところの
『し、知らん! ワシは何も知らん!』
『しらばっくれるんじゃねぇ! てめぇの部下はすべて吐き出したぜ! たとえお天道様は見逃しても……』
ゴンベーは腕を縮め、
『背中の金剛力士様が、てめぇの悪事の
親父とマネージャーに向けて、背中に掘ってある二体の金剛力士を”魅せる!”。
奉行の衣装もちょんまげのカツラも、メイクすら
しかし親父もマネージャーも、確かに”観た”。
黒いフリースの背中からうっすらと浮かび上がる金剛力士の
話の内容がほとんどわからない周りのギャラリーも、ゴンベーの見得に思わず一歩、後ずさる。
『は、ははあぁ~!』
まるで条件反射のように、親父は座りながら頭を下げる。
「え~と、う、うそぉ、きんたろうさんがぁ~おぶぎょうさまぁ~?」
結局、最後までマネージャーの棒読みは変わらなかった。
『越後屋! そなたを入札妨害、及び娘拐かしの罪で引っ捕らえる! 連れて行け!』
そしてゴンベーはマネージャーへ顔を向けると、最後の見得を切る。
『これにて、一件落着!』
辺りを漂う静寂。
やがて、”パチパチパチ!”と、ゴンベーの元へ拍手が届けられる。
その音に金太郎奉行からただのエキストラに戻ったゴンベーは我に返り、
「あ、ど~も。こりゃど~も」
観客に向かってペコペコと頭を下げた。
長いすに座ると、親父が満面の笑みで出迎えた。
「はっはっはっは! いやぁ兄さん、いい出来だったぜ! 兄さんの見得に思わず俺も腰が
「へっへっ! ありがとさん。しかし親父さんもさすがだぜ。アドリブで悪徳商人の役をこなしちまうなんてな」
「なぁに、長年エキストラをやっていればあれぐらいお茶の子さいさいさ。それに言ったろ? 富士歳三郎好きが
しかしゴンベーは親父の焼き鳥に目もくれず、なにやらこめかみを押さえていた。
「どうしたのよ?」
心配するマネージャー。
「ああ、いやな、さっきから頭の中を”チャリン!””チャリン!”って音がするんだ」
「ああ、にいさん、それはいわゆる、《投げ銭》、《おひねり》さ」
「おひねり?」
「確かにエキストラは一つの役を争う、いわば敵同士。でもそれはあくまでオーディションでのこと。ギルドや現場では互いに助け合う関係だ。ほれ、履歴書を見てみな」
ゴンベーがこめかみに薬指を置いて念じると、眼前に履歴書が映し出された。
「あ、エキスが2439増えてやがる。はははは! こりゃいいや~」
笑みがこぼれるゴンベーを、マネージャーがぶった切る。
「つまり、アンタの大道芸は2439エキスの価値って事ね」
思わずズッコケそうになるゴンベーだが、あることに気がつくと、より笑みが輝いた。
「どうしたのよ? 気持ち悪い顔をしちゃって……」
「へっへ、2349エキス。つまりこれって”
「おお、本当だ。こりゃなにやら縁起がいいんじゃねぇか、にいさん」
しかし、再びマネージャーがぶった切る。
「なに言っているのよ。不二三組なら”24393エキス”でしょ!? せいぜいがんばってあと十倍は稼げる芸にしなさい!」
苦虫をかみつぶしたような顔をするゴンベーを見て、親父は笑いを放った。
「はぁっはっはっはっはっ! こりゃねえさんに一本だなぁ! おっと、忘れるところだった」
親父はゴンベーの前にコップと一升瓶を置いた。
「親父さん、これは?」
「日本酒『金剛』さ。俺からの”ギャラ”だ。名前から言って兄さんにピッタリだと思ってな。本当なら悪徳商人役の俺もギャラが欲しいんだが、兄さんが主役だし、いいのを”魅せて”もらったからな」
「ありがとうございやす!」
立ち上がったゴンベーは、親父に向けて深々とお辞儀をする。
「あらおいしそうなお酒! 親父さん、私もコップ一つ! あと塩で一通りお願い!」
「おい! これは俺のギャラだぞ!」
ゴンベーは慌てて一升瓶を抱きしめるが
「なに言ってるのよ! かえで役をした私のギャラよ!」
マネージャーの正論に、ゴンベーは渋々一升瓶の口を差し出した。
「……わ、わかった。一杯だけだぞ」
「いっただっきまぁ~す」
満面の笑みになるマネージャー。
(こりゃ、いいコンビになりそうだな)
串を焼きながら親父は心の中で呟く。
こうして、ディファールドへ転移したゴンベーの一日目が終わろうと……しなかった。
「んだぁいたぁいなぁ~、ぬわんだぁ~あのぼーよみはぁよぉ~。てめぇ~ほんとーにまねぇ~じゃあ~かぁ? ヒッ!」
すっかり酔っ払ったゴンベーは、かえで役のマネージャーをダメ出しする……が。
「ぬわにぃいってるのよぉ~。ふつくひ~あたしがしゅつえんしたんだぁかぁらぁ~。おひねりがもらえたぁんでしょうがぁ~ヒック!」
虎となったマネージャーは、逆にゴンベーに絡み始めた。
「ぬわぁにがぁ、そうさくぶつをもうらしているだぁ~。ねごとはねてからいえってんだぁ~。ヒッ!」
「あんたもねぇ~せっかく【めいく】や【ちぇんじ】がつかえるんだぁかぁらぁ~。こんごーりきしさまを~このばにドドドド~ン! ってつくりだせばぁ~よかったのにぃ~。そすればぁ~もっとぉおひねりがぁ~もらえたのよぉ~ヒック!」
「じゃぁっかぁしいぃ! やくしゃはなぁ~げいで、からだでみせるんだぁ~! めいくやとくさつにたよるのは、しょせんにりゅうよ!」
「ひゃっひゃっひゃ! まんねんえきすとらのあんたなんてぇ~。にりゅうどころかごりゅういかだわ~ひゃっひゃっひゃっひゃ!」
いつの間にか屋台の前には、ゴンベーの金太郎奉行よりも多くのギャラリーが集まってきた。
……二人のケンカを眺めに。
「じょうとおだぁ~。そとにでろぉ~」
「のぞむぅところよぉ~!」
ギャラリーは歓声を上げ、腕を振り回し足を鳴らす。
(火事と喧嘩は江戸の華。エキストラとマネージャーのケンカはギルドの華……てか?)
心の中で呟く親父に向かって、ギャラリーから次々と注文が入る。
「へい、らっしゃい! 毎度!」
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