第8話 富士歳三郎

 このエキストラギルドにおよそ似つかわしくない言葉が親父の口から出されると、ゴンベーは眉をひそめた。


「ま、そんな顔をすると思ったさ。ところで……」

 親父はマネージャーの方をチラ見する。

「このにいさんにはどこまで教えたんだい?」

 親父の質問に憮然ぶぜんとするマネージャー。


「世界の概要だけは刷り込んだけどぉ、それ以外はまだなんにも。ギルドに来たらすぐさまここへ突進したんだからぁ~」


「はっはっは! 元気があるじゃねぇか! 普通、異世界ここに来たら二、三日は頭の中が混乱するからな。おっと、悪いなにいさん。簡単に言うとだな……」

「ふんふん」


「おとぎ話や昔話でよくあるだろう? 鬼や妖怪を退治する話な。あの話で使われるつるぎまさかりのみならず、海中に潜れる力やおじいさんになる煙、三つの願いが叶うおふだや打ち出の小槌こづちまで、このギルドで”つくられて”いるんだぜ」


「……はぁ」

 突拍子もない話に、ゴンベーは力が抜けた声を漏らす。

 親父はゴンベーの注文分の串を指の間に挟むと、タレの入ったツボにツッコミ、再び網の上に置く。


「だからといって、昔話で鬼や妖怪が滅んだわけじゃねぇ。俺や兄さんがいる現代でもそいつらは堂々と闊歩かっぽしてやがるんだ。んで、お寺や神社は、奴らを退治する為に、不思議な力、つまり法力とか霊力な、これらが宿った

錫杖しゃくじょう金剛杵こんごうしょ御幣ごへいやお札をこのギルドから買っているってわけだ」


「……」

 眉毛につばを付けたくなるような顔をするゴンベー。

 親父はマネージャーの注文した串に岩塩を振りかけた。


「まぁ信じる信じないは勝手だけどもよ。つまりギルドはお寺や神社の間で商いしているってわけだ。昔は物々交換だけど、最近じゃお賽銭の金で買うんだぜ。そんで俺はギルドにエキスを払って発注すると、そのエキス分の金で、ギルドの連中が俺たちの世界で買い物するってわけだ」


「ん? でもさ、ここの一日は地球の一分なんだろ? もしギルドの人間が買い物に一時間かかったら、ここじゃ二ヶ月たっちまうぜ?」

「ギルドの連中はそういう縛りはないさ。それに、俺や兄さんの体もそうだが、食材も一分=一日なんだ。だからここの食材はいつも新鮮、ってわけさ」


 親父は再び、ゴンベーの串をタレの壺にツッコミ、網に置く。


「ウチは二度漬けが売りなんだ。炭もちゃんと備長炭びんちょうたんを使っているんだぜ。もうちょい待ってくれよ」


 うちわで炭を扇ぐと、肉とタレの香りがゴンベーの鼻をくすぐる。さっきの話はどこへやら、ゴンベーの全意識は焼き鳥に集中していた。


「ヘイお待ち! マネージャーのねえさんの分もできたぜ!」

「うひょ~うまそう~! いっただっきまぁ~す!」

 皿の上に盛られた焼き鳥を、ゴンベーはすぐさまかぶりつく。


「はっはっは! いい食いっぷりじゃねぇか! 気に入ったぜ」

 ゴンベーの食べっぷりに、親父は豪快に笑い

「頂きます。ほむほむ……本当! 美味しい!」

 はむはむ食べるマネージャーを見て、親父はどことなく優しい目を向けた。


「親父さん! タレでもう一皿!」

「もう平らげたのか! よぉし待ってろ! すぐ焼くからよ」


 腹に食い物が入り落ち着いたゴンベーは、ふと屋台を見渡した。

「そういえば親父さん。この屋台ってさ、『屋台探偵つくね』に出てきた屋台にそっくりなんだけど……」


 焼き鳥を網に並べる親父の手が止まる。

「にいさん、『屋台探偵つくね』を知っているのかい?」


 親父の問いにゴンベーは啖呵たんかを切るように言葉を放つ。


「あたぼうよ! こう見えても俺はな、富士歳三郎先生を師と仰ぐ俳優でぇ!」

「ほぉ~。んじゃにいさんは、あの『不二三組ふじみぐみ』の役者さんかい!?」


 『不二三組』とは富士歳三郎一門の俗称である。


「い、いやぁ、俺はしがない無名のエキストラだし、不二三組のオーディションは何度も落ちた口だけど……でもよ! 先生を師と仰ぐ気持ちは誰にも負けねぇぜ! 何せあの方の作品は無名時代から網羅しているからよ!」


 マネージャーが焼き鳥をほおばりながらゴンベーに尋ねる。

「ひゃによ、しょのぉ、『ひゃたいひゃんへいちゅくにぇ』っへ?」


「おい! 食うか話すかどちらかにしろよ! 『屋台探偵つくね』ってのは、富士歳三郎先生が初めて主演したテレビドラマだよ。先生が屋台の主人ふんする探偵役で、先生の師匠、『國見蓮三郎くにみれんざぶろう』大先生が老練な刑事でか役で難事件を解決するのさ」

「へぇ~。なんか変わっているわね」


「確かにな。事件が起きて行き詰まると、老刑事が屋台探偵の屋台でいっぱいやりながらさりげなく事件のことを話すんだ。そうしたら屋台探偵は事件現場やめぼしいところで店を開いて、お客から聞き込みするのさ。人間、酒が入ると口が軽くなるからな」


「う~ん、なんかピンと来ないわね~」

 マネージャーのぶった切りに、ゴンベーは肩を落とす。


「それについては否定しねぇぜ。今でこそ人情刑事物が人気だけど、同時は刑事物って言うと派手な銃撃戦やカーアクションが当たり前だったんだ。だからあっという間に打ち切りになってな。先生には悪いが、黒歴史とまで言われているんだ……現にそれから数年間はろくに表舞台には出てこなかった……」


 ゴンベーの話に、親父は無言でタレを漬け、網に乗せる。

 しかしゴンベーは力強く力説した。


「でもよ! そこから先生は生まれ変わったんだぜ! 『異端』、『愚連』、『破天荒』と呼ばれた映画監督である『畑山樹里はたやまじゅり』先生の『巌流島がんりゅうじま』でいきなり宮本武蔵役で抜擢され、それから時代物の大御所へと駆け上がったんだぁ!」


「はいはい、わかったらせっかくの焼き鳥につばを飛ばさないでよ」

 マネージャーは皿を持つと、ゴンベーのつばから守るように体をひねった。


 親父が感心したように高笑いする。

「はっはっはっ! 兄さんのご高説恐れ入ったぜ! どうでぇ、一つこの俺に兄さんの芸を”魅せて”くれねぇか?」

「えぇ?」

 いきなりのリクエストにゴンベーは戸惑うも、親父は続けた。


「俺も富士歳三郎は好きでよ。こじらせちまってこんな屋台を作っちまったんだ。どうでぇ、ここはファン同士、余興としゃれ込もうじゃねぇか!」

「い、いやぁ、その……」


 動揺するゴンベーに向かって、マネージャーも提案する。


「ほらぁ、アンタの得意の『金太郎奉行』の物まねをやったら?」

「い、いや、あれは……さすがに先生に悪いしさぁ」


 なおも躊躇ちゅうちょするゴンベーに、親父ははやし立てる。


「『金太郎奉行』か、いいねいいね。なぁに、シャレや宴会芸と思やぁいいさ。第一……」

「第一?」


「ここには


 "ゴクリ"と生唾を飲み込むゴンベー。


「せっかくだ、あのテーブルの上でるかい?」

「いいのかい親父さん? 行儀が悪そうだけど?」

「ここじゃ当たり前のことさ。ちゃんと後で拭いておくからよ。周りを見てみな」


 ゴンベーが辺りを見渡すと、テーブルの上で踊ったり、ジャグリングみたいな芸を演じている光景が、あちらこちらで見受けられた。


「そ、それじゃ」

 ゴンベーはテーブルの上によじ登り、マネージャーはお皿を持ちながら向き直り、親父は長いすに腰掛けると腕を組んだ。


 何か始まるのかと、周りのエキストラも遠巻きに眺めていた。


「え~と、どこから始めればいいのかな?」

 親父が声をかける。

「お白州しらすの場面でいいんじゃねぇか? なんだったら下手人げしゅにんで悪徳商人役をやってもいいぜ。アドリブだけどな」


「そ、それじゃ、お言葉に甘えて……」

「よぉ! まってましたぁ!」

 マネージャーがからかうようにかけ声を上げた。

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