第二章 踊るエキストラ
第7話 エキストラギルド
マネージャーはゴンベーに向かって振り返ると、
「しばらく歩いてみましょうか? 案内するわ」
「ちょっと待て! こんなの全部歩いたら何年かかるかしれたもんじゃねぇ!」
「ここはギルドを四つに区切る大通りの中央交差点。いわばギルドの中心で正面玄関だけど、目的のエリアを念じれば、所々に存在する光の扉や貴方の部屋から直接移動ができるわ」
「とりあえず腹が減った。まずはメシを食わせてくれ」
「りょうか~い。じゃあ、《フードエリア》に向かいましょう。あとの三つはおいおい案内するわね」
エキストラギルドは四つに区切られている。
・砂浜にプールに雪原、そして命の洗濯をする様々な遊戯、慰安施設がある、《アミューズエリア》。
・エキストラの募集やオーディションの案内の掲示板の他に、一時的、解除するまで永続的にスキルを付与してもらえる窓口、スキル習得の為の学校が立ち並ぶ、《エキストラエリア》。
・
・そしてフードコートのように、レストランや酒場や屋台、テーブル席やビーチチェアみたいな椅子のある、《フードエリア》。
さすがに身動きが取れないほどではないが、ちょっとでも目を離すと通行人にぶつかってしまうような
「す、すげぇ~地平線まで全部エキストラギルドかよ……メッセやジャンボサイト、ラスベガスのカジノですら猫の
「ここは人型のエキストラエリアだから数が多いわね。他にもいろいろなエリアがあるわ」
「い、色々……とは?」
「それこそ巨大なドラゴンや巨人がいるエリアとか、小さな妖精や小動物のエリアとか、幽霊や不定形のスライムがいるエリアとかね。貴方みたいに元からの姿でディファールドに来た人もいれば、【変化】でその姿になっている人もいるわよ」
「……」
台詞が出てこない新米役者のように、ただ口を開けているゴンベー。
しかしフードエリアに入ると、さまざまな美食の香りがゴンベーの鼻をくすぐってきた。
「うひゃ~うまそうな匂いだぜ! なに食ってもいいのか?」
「ええ、エキスがあればね。高級店は高いけど、ほとんどが大衆食堂だからお腹いっぱい食べられるわよ。エキストラは何より体が資本ですからね」
しかしゴンベーはテーブル席で食事をしている他のエキストラ達を眺めると、若干冷や汗が流れてきた。
テーブル席では”一応人型”のエキストラ達が、手の平サイズの火の玉や氷に溶岩、ソフトクリームをひっくり返したような竜巻を口に入れるのはまだしも、カンガルーみたいに腹のポケットに入れたり、おへその穴から押し込んでいる情景だった。
飲み物も七色の油絵の具みたいなのをジョッキにぶち込んだのはマシな方、あるエキストラの飲み物は溶鉱炉で溶かされた鉄のようなモノで、飲んだ後、体中からとてつもない熱と湯気を吹き出したり、あるエキストラは液体窒素みたいなのを飲むと体が凍り付き、そのまま動かなくなった。
「な、なあ、アレって……食いモンなのか?」
尻込みしたゴンベーはさすがに耐えきれず、マネージャーに尋ねた。
「一応、全エキストラが食べられるものになっているわよ。食べ過ぎはしょうがないけど、食あたりとかはないから安心しなさい」
「い、いや、もう見ただけで食あたりしているんだが……」
お腹をさするゴンベーの鼻に、
「こ、この匂いと煙は……焼き鳥だぁ~!」
砂漠でオアシスを見つけた遭難者のように、ゴンベーの脚は匂いと煙の上流へと全速力で駆けていった。
「こらぁ! 待ちなさいよ!」
足の裏から煙を吹き出しながら走るゴンベーの後ろを、マネージャーは慌てて追いかけていった。
「確かこの辺りだが……あったぁ!」
ゴンベーの視線の先には古ぼけた焦げ茶色の屋台が『やきとり』ののれんを掲げながら鎮座しており、その前には長いす。そしてテーブル席が二つ
「おっじゃましやぁ~す」
ゴンベーはのれんをかき分けながら長いすに座ろうとすると
『へいっ! いらっしゃい!』
魂が震えるほどの威勢のいいかけ声が、ゴンベーに向かって放たれた。
一瞬、身震いするゴンベーの目の前には角刈りにねじり鉢巻き、黒エプロンを纏った初老の男性が、にこやかな顔で立っていた。
「親父さん、威勢がいいね。エキストラ顔負けだね」
「あたぼうよ! こちとら屋台一筋ウン十年よ! 付け焼き刃のエキストラ共と一緒にするなってんだ!」
そこへ、追いついたマネージャーが息も絶え絶えにのれんをくぐってきた。
「ハァ……ハァ、もう! いきなり走らないでよ。ハァハァ、迷子になったらどうするのよ。ハァ……こっちは、まだ、体が慣れていないのにさぁ……」
「へへへ、わりいわりい。匂いを嗅いだらいても立ってもいられなくなってな」
「まったく……ほら、もうちょっと向こうに座りなさいよ。あ、おじゃまします」
会釈をしながら長いすに座るマネージャーを一目見ると、親父の目がほんの一瞬見開いた。
しかし、すぐに威勢のいい親父の姿へと戻った。
「にいさん、今時スッピンなんて珍しいね」
「え、わかるの親父さん?」
「そりゃこの商売が長いからな。俺にとっちゃ、半端な【変身】、【変化】、そしてしょぼい芸なんか一目で切り捨てちまうぜ! ところでぇ~そっちの彼女は兄さんの”コレ”で?」
親父は小指を立ててにやけるが、その顔はどこかぎこちない。しかし、今のゴンベーにはその違和感に気づかなかった。
「ああ、”コイツ”は……おっと、まずは自己紹介をしないとな。初めまして、ゴンベーって言います。こっちは俺のマネージャー」
「ちょっとぉ~なにその”コイツ”とか”こっち”呼ばわりは!? あ、失礼しました。”コイツ”のマネージャーです。”こっち”共々よろしくお願いします。オホホホホ」
親父は眼を細め顔を近づけながら、マネージャーを睨みつけた。
「あ、あの~なにか?」
思わず体を反らすマネージャー。
親父はマネージャーとゴンベーを交互に眺めながら、感嘆の息を漏らす。
「……こいつぁ~驚いた。これ、にいさんが【変化】をかけたのかい?」
「ああ、そうだけど」
「俺も長年この商売やっているが、ここまで綺麗な【変化】はここ最近、お目にかかったことねぇなぁ~」
褒められたゴンベーは顔をニヤケながら、さりげなく胸を張り鼻を高くする。
「ま、まぁ、今日このディファールドに来て、初めて【変化】を唱えたにしては上出来かなぁ~」
「今日ここに転移されて、初めて【変化】を掛けただってぇ!? こりゃマネージャーさん、いいエキストラを捕まえたなぁ~」
眼を丸くする親父に、
「あ、あっらぁ~それほどのことではございませんことよ。オホホホホ」
マネージャーは口元に手を当て、でたらめな言葉と笑みを漏らす。
そんなマネージャーをゴンベーはジト目でにらむが、すぐさま意識は焼き鳥へと移った。
「とりあえず腹減った。お品書きはと……ほとんど100円、いや、100エキスじゃねぇか? 親父さん、やっていけるの?」
「まぁ趣味みたいなもンさ。ところで何にする?」
「俺はとりあえず一通りもらおうかな。あ、全部タレでおなっしゃす」
「んじゃ私も! 全部塩で!」
すぐさまマネージャーは手を挙げ、親父に注文する。
「お、おい! なんで光の玉が焼き鳥食うんだよ!」
「仕方ないでしょ! 受肉すればお腹がすくわよ。”こんな体にした”責任とりなさいよ!」
焼き鳥、鶏皮、ねぎま、レバー等を一通り網の上に並べながら、マネージャーの声を聞いた瞬間、ほんのわずか、親父の顔が歪んだ。
しかしゴンベーの質問に、すぐさま商売人の笑顔になる。
「そういえばこれって焼き鳥の屋台だよね? 親父さんって、ひょっとして地球、それも日本から来たの?」
「おうよ」
「え? それじゃあ俺と同じエキストラ?」
「まぁ昔はな。今は引退して、夢だった屋台商売をしているんだ。今日は焼き鳥だが、日替わりで色々やっているぜ。焼き鳥の他には牛、豚串にウナギの蒲焼き!
「へぇ~。すげぇや。本職顔負けだぁ~」
感嘆の息を漏らすゴンベーに向かって、マネージャが補足する。
「このディファールドに呼ばれるのは役が欲しいエキストラだけじゃないのよ。夢を叶える為に裸一貫でやってきて、こちらの方のように商売をしている人もいるわ」
「確かにエキストラだけじゃ、こんなにたくさんの店はやりくりできないわな。ん? それじゃ親父さん。この焼き鳥はどこから仕入れているんだい?」
「どこって、エキストラギルドから買っているに決まっているじゃねぇか」
「んじゃ、エキストラギルドはここで、地球の牛や豚やニワトリ、野菜とかも育てているのかい?」
親父はゴンベーに顔を近づけると、小声で呟く。
「にいさんだけに教えてやるぜ。この屋台の食材はな、元をたどると……」
「うんうん」
『お寺や神社に行き着くんだぜ』
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