第6話 履歴書(ステータス)

 おそるおそる布団から顔を出したゴンベーは、マネージャーに尋ねる。


「そういえばこの部屋って扉がないな。どこから出るんだ? あとトイレとかは?」


「今頃気がついたの? まぁいいわ。どこかへ行きたい時は、その場所を念じながら壁に手をおけばゲートが現れるわ。あと排泄物の類はこの世界にいる時は基本、出てこないわよ。撮影は長時間に及ぶこともあるし、エキストラのストレスになることは極力排除してあるから。それに普通、創作物ってトイレの描写なんてあまりないでしょ?」


「ある時はあるけどな」

「そういうときはちゃんと出るから安心しなさい。あ、お風呂場はちゃんとあるからね。好きに使ってもいいわよ」


 何かに気がついたゴンベーの顔は、徐々に蒼くなっていく。


「お、おい、クソやションベンが出ないってことは……当然、”アレ”も?」


 マネージャーは両手を腰に当てると、ジト目で睨みつける。


「ホント貴方って下品ね。安心しなさい。”そっち”に関してはちゃんと”出る”わよ。何なら他のエキストラとも”メイク・ラブ”できるし、そういう”施設”もあるわよ」


 血の気を取り戻したゴンベーに、別の疑問が浮かんだ。


「そういえば俺の財布とか元の部屋に置いたままだぞ。あともしアパートが火事にでもなったら……」


「意外と神経質ね。ここは貴方の部屋とつながっているし、何かあればすぐ連絡するわよ。本とか欲しいものがあれば部屋からとってきてあげるし、ここでは買い物もできるわ」


「まぁ特にいるような物はないしな。ケータイも鳴るわけないし……ん? 買い物って、金とかどうするんだ?」


「貴方の《履歴書ステータス》で確認できるわ。薬指をこめかみにおいて念じてみなさい」


 ゴンベーは右のこめかみに薬指をあてがうと、『履歴書』と念じた。

「あ、出てきた。なんだこれ?」

 眼前の空間に文字や数字が浮かび上がってくる。


 ・氏名:南無権平(なむごんべい)

 ・所持エキス:300000

 ・ギャラ:0/0

 ・スキル:【変身】【変化】

 ・小道具:

 ・大道具:

 ・芸歴(元の世界):富士歳三郎主演。映画『百鬼侍』。『南無権平』役。

 ・芸歴(ディファールド):


「意外とシンプルだな。エキス?」


「この世界のお金の単位ね。ギャラはすべてこのエキスで支払われるわ。さすがに無一文はこくだし、最初の内はなかなか役が取れないから、貴方の場合は三十万エキス支給されるの」


「ンなこと言われても、そもそもここでは何がいくらなんだ?」


「安心して。元の世界の物価のレートに合わせてあるわ。一エキスは約一円ね。この部屋は無料だし、光熱費もかからないから、数ヶ月はなにもしなくてもいいわよ」


「へぇ~。もし俺がアメリカ人ならドルかセント換算で表示されるわけか。んじゃメシはどうするんだ」


「《エキストラギルド》、組合みたいなモノね、そこに大食堂やいろいろな飲食店があるわ。もちろんエキスを払わなければならないけど、古今東西異世界の食事が楽しめるわよ。それに、エキストラの募集やオーディションの案内もそこに掲示されるわよ」


「いいねいいね。やっと役者っぽくなってきたぜ」


 募集やオーディションの言葉を聞き、ゴンベーの体には徐々に役者の血が流れ、顔が上気し始めた。


「ギャラは前と後ろに分かれているけど、なんでだ?」

「前者は最低これだけは欲しいギャラね。普通はゼロよ。そんな身分じゃないからね」


「ん? んじゃ最初はただ働きってか?」

「そんなわけないでしょ。プロデュース側の言い値って事よ」


「ああそうか、確かにエキストラにギャラの交渉権はないからな。んじゃ後ろは?」

「これまで稼いだギャラね。ゲームで言うところの経験値? かしらね。同等の演技力ならプロデュース側は稼いだギャラを経験値に換算して、多い方を採用するわ」


「スキルは……さっき聞いたからいいとして、これも多い方がいいんだろ?」

「そうだけど、やりたい役によって必要なスキルが違うから気をつけないとね。時代劇でガンマンの【早撃ち】のスキルがあってもほとんど使われないでしょ?」


「どうやってスキルを得るんだ?」

「それに関係した役をやれば得ることができるし、エキスを払えば鍛錬所で習得できるわ。その辺は貴方の世界の専門学校みたいなモノと考えてちょうだい」


「小道具、大道具ってのは?」

「小道具は主に持ち運びできる物ね。時代劇で例えるなら、刀や鎧や忍び装束や手裏剣とか。これもエキスで買い物できるわ」


「【変身】じゃダメなのかよ?」

「通行人役ならそれでもいいけど、剣劇するのには刀や薙刀、鎖鎌くさりがまや槍が必要よ。幻じゃそもそも持つことができないでしょ?」


「てことは大道具も売っているのか?」

「ええ、それこそ馬から自動車、飛行船から宇宙戦闘機、巨大ロボットから宇宙要塞までね! こういった大道具を持っていると役を勝ち取りやすいわ」


「でも、お高いんだろ?」

「そりゃ、それなりにね」


「芸歴は……ああ、なるほどね。このディファールドではなにもないから空欄と」

「残念だけど元の世界の芸歴はあくまで参考程度なの。やっぱりこの世界での役じゃないと。それに芸歴に載せられるのは最低限、名前ありの役ね」

「べつにいいさ。そんなの元の世界でも同じだし。それに『南無権平』はいわば俺の勲章みたいなモノだからな」


 ”ぐぅ~”とゴンベーの腹が鳴る。

「クソやションベンは出ないのに腹は減るんだな」

「そりゃ、快楽に関してはそのままだし、エキストラは体が資本だからね。餓死することはないけど、空腹のままじゃ力が出なくて演技どころじゃないから、ちゃんと食べるようにね」


「んじゃそのエキストラギルドとやらに行ってみるか!」

 ゴンベーは勢いよく立ち上がると壁へと向かう。

「手を当てて念じるんだな……なにもおこらねぇぞ?」


「エキストラギルドはこっちの壁よ」

 ゴンベーの背中にマネージャーの声がぶつかってくる。

 ふりむくとマネージャーの前の壁に光の扉が浮かび上がっていた」


「なんだ、どうせなら壁に書いておけよ」

「はいはい、中は暗いから、慣れるまであとを着いてきてね」


 光の扉をくぐると、人二人分の幅の光の道が暗闇を貫いていた。

 腰が退けながらもゴンベーはマネージャーのあとを着いていく。


「な、なあ、これって落ちたらどうなるんだ?」

「そもそも落ちないわよ。わかりやすいように光の道筋が伸びているだけだし」

 ゴンベーはつま先を道の横の暗闇落とすと、固い感触が伝わってきた。

 やがて道の先に光の扉が現れる。


「着いたわ、ここがエキストラギルドよ」

「うおっ! まぶし!」

 闇に慣れたゴンベーに目がくらむほどの光が飛び込んでくるが、やがて目が慣れてくると、徐々に景色が明らかになってきた。


「な、なんじゃこりゃー!」


 ゴンベーの目に写るは大都市の中心部を思わせる広大な空間。

 淡く光り輝く天井に、前後左右、遥か彼方まで続く平坦な道と、さまざまな形の建物が地面から延びていた。

 

 さらに、いろいろな肌の色をした人種、動物のような頭をした種族、光り輝いたり吸い込まれそうな闇の服装をまとった無数のエキストラ達が、ひしめき合うかのようにゴンベーたちの周りを往来していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る