第4話 専属マネージャー
”『なむごんべい』……変わった芸名ね。あれ? これって漢字にすると『ななしのごんべい』って読めるわね?”
「ああ、俺が初めて役を勝ち取った映画、『百鬼侍』の配役名前だからな。ちゃんとエンドロールでも俺の名前が出たんだぜ! ……もっとも、名前付き配役は今ンところこれしかないけどよぉ」
ゴンベーは布団の上であぐらをかきながら自嘲気味ににやけるが、何かに気がつき光の玉へ尋ねる。
「ん? てかなんで漢字までわかるんだ」
”そ、そりゃスカウトするんだから、貴方に支障がないよう言葉から風習、歴史から創作物まで
光の玉は動揺しているかのようにチカチカ
”元の世界で名前付きの役を演じたなんてすごいわよ! ここでのエキストラはほとんど無名だし! さすがアタシが見込んだエキストラね!”
さらに光の玉は鼻を高く、胸を反らすようくるくる回転する。
「そういえばアンタ、マネージャーって言ったよな? 俺以外に誰をマネジメントしているんだ?」
”あれ? 言っていなかったっけ? 私は貴方の『専属マネージャー』よ!”
『なにいぃぃ!』
”ちょっとぉ、大きな声を出さないでよ!”
「そんなのおかしいだろ! 大御所や中堅、売り出し中の新人ですらないただのエキストラの俺に、専属マネージャーがつくだとぉ! ……ハハハ。やっぱりこれは夢だ。そうに決まっているんだ」
光の球はふわふわと浮かび上がると、
”ゴイィィ~ン!”
流星のようにゴンベーの頭上へと落下した。
お星様が人工衛星のようにゴンベーの頭の周りを、
”どう、夢じゃないでしょ?”
「ひゃい……ひゃひゃ、おほしさまがいっぱい……こんなところまでこってるのかよぉ」
夢でないとわかったゴンベーは光の玉に問いかける。
「そういえばアンタ、ずっと光の玉のままなのか?」
”ん~一応これが俳優のストレスにならない姿なんだけど、お望みならいろいろな姿に変わることができるわよ。でもそれには貴方の、《スキル》が必要なの”
「すきる?」
”スキルはつまり能力ね。それこそ無数にあるけど、私の姿を変えるには【
「へ~つまり化粧道具やカツラ無しでいろいろな顔や姿にできるのか。幻とは言えハリ○ッドも真っ青だぜ!」
”極めれば【
光の玉は”できるモンならやってごらん”を含ませた言葉で説明した。
「ふぅ~ん。それってどうやるんだ?」
”本当にやるの? さすがにまだ早いけど……まぁいいか。私を両手で包み込んで、【変身】させたい姿を思い浮かべて。想いが強ければ強いほど、より正確になるわ”
「そうか、んじゃやってみるか……」
ゴンベーは立ち上がると光の玉を両手で包み込み、目を閉じた。
ゴンベーの体内時計が一分、二分と時を刻む。
”いくら何でもここに来たばかりで【変身】は無理よ。ま、練習と思って気楽にやればいいわ”
しかしそんな言葉とは裏腹に、ゴンベーが包み込んだ光の玉が徐々に大きくなり、やがてそれはゴンベーの両手両腕を肩幅まで押し広げた。
「……え!? うそ!? そんなぁ!?」
光の玉は光の女性の姿になり、光の髪は黒髪に、上半身は女性の膨らみをぴっちり包み込む白のカッターシャツに薄く白が入った縦縞のスーツ。下半身も股間と
「……ふぅ。女性マネージャーならこんなもんかな?」
「結構疲れるなこれ」
「ええ~なによこれぇ~!? 私、人間の女性になってるぅ~!?」
マネージャーは両拳を口元へ持っていくと、狼狽しながら自分の体を隅々まで見渡した。
「いや、だって、俺がそう念じたのだからそうなるのは当たり前だろ? まさか”声まで同じ”になるとは思っても見なかったけどよ」
ゴンベーに顔を近づけたマネージャーは、つばを飛ばしながら怒鳴りつけた。
「なに言っているのよ! アンタがやってのけたのは【変身】じゃなく【変化】よ【変化】! 無に近い私を受肉させたのよぉ!」
「そんなにすごいことなのか?」
「当たり前でしょ! 普通は【変化】のスキルを得ても受肉させるには同等以上の対価や触媒が必要なのよ! それを無から人の肉体を作るなんて、それこそ神に近い力の持ち主しかできないわよぉ!」
「そうなのか? なんかよくわからんが?」
「……まぁいいわ。今調べたけど、全く前例がないって事ではないし、アンタには悪いけど、【変身】や【変化】はあくまでお化粧。演技そのものがうまくなるわけではないけどね」
「へっへっ! こりゃ手厳しいね。ん? どうした?」
マネージャーは胸を両腕で隠しながら、一歩、二歩と後ずさりする。
押さえ込んでいても両腕からこぼれるように、胸の肉が盛り上がる。
「あ、あの、さっきの言葉は……言葉のアヤって言うか~。私にも心の準備がぁ~」
布団とゴンベーを交互に眺め、何とかごまかそうとにやけるマネージャーに向かって、ニヒルな笑みをゴンベーは向ける。
「安心しな。別にどうこうしねぇよ。っていうか、できねぇけどな」
クイズの答えがわかったように、マネージャーは人差し指を立てた。
「あ、ひょっとしてこの女性は初恋の人とか?」
しかし、ゴンベーの顔は変わらなかった。
「……ご、ごめんなさい」
「いやいいさ。ちょっとはそんな気持ちもあったのかなぁって、今になって思っちまったからよ」
マネージャーはゴンベーの隣で横座りすると、淡く微笑んだ顔を向けた。
「お、おい?」
「聞いてあげる。私だって身元のわからない人の体は、ちょっと抵抗があるからね」
ゴンベーは顔を上げると、思い出すように記憶をたどった。
「出会ったのはいつだったか記憶にねぇ。そんな昔じゃねぇと思う。俺はこの世界に入った時からあこがれていた大御所の先生がいたんだ」
「貴方が役付き配役を勝ち取った『百鬼侍』の主演、富士歳三郎ね」
「へっ! さすがだな。それ以来、俺はあの方が出演する映画やドラマのオーディションばかり受けたんだ。例えエキストラでも、少しでも何か盗もうと思ってな」
「意外と勉強家なのね」
「ったりめぇだ! 少しでもサボっちゃ芸がさびちまう! ま、俺にはさびるほどの芸はねえけどよ。……って話をそらすなよ。あれは野外ロケの昼飯時だったかな? 弁当食べ終わってトイレ行って体動かしている時、辺りに誰もいないからついやっちまったんだ。富士先生が主演なさっている『金太郎奉行』の決め台詞と
『お上手ですね』
って声が聞こえたんだよ。んで、振り向いたら、その姿の女性が微笑みながら立っていたんだ」
「へぇ~。アンタも結構やるわね」
「だがな、俺は顔から血の気が失せたね。俺の役者人生はこれでもう終わったと……」
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