第一章 万年エキストラは専属マネージャーの夢を見る

第3話 転移者ゴンベー

 少年は時代劇が好きだった。


 しかし勧善懲悪かんぜんちょうあくのストーリーを楽しむよりも、刀を振り回し悪人や百鬼夜行を切り捨てるのが格好いい、たったそれだけの理由だった。


 同級生が漫画やアニメやゲームの話題をしていても、彼の脳裏には侍の姿があった。

 そんな彼も中学生になると、ごく普通の漫画やアニメ、ゲームに夢中になる男子になる。


 勉強も運動能力も凡庸な彼は、高校入学を機に演劇部へと入部する。

 演劇活動に興味があるわけでもなく、新入生は何かしら部活動に入部しなければならなかった為である。

『ただ立っていればいいよ』

 そんな先輩部員の勧誘文句にのせられて入部した彼であったが、やがて気づいてしまった。


『何の取り柄もない自分が、子供の頃見たお侍さんや将軍様になれる』


 彼はたちまち演劇の魅力に取りかれてしまった。

 何とか合格通知を勝ち取った大学でも、彼は演劇サークルに所属した。

 同時に、商業劇団の裏方のアルバイトも行った。

 時給は雀の涙だが、舞台の上で多いとは言えない観客の前で舞う劇団員を見る彼の目は、ショーウィンドウに飾られたトランペットを見つめる少年の目と変わらなかった。


 大学卒業が見えてきた頃、彼の目の前にも人生の分岐点が現れた。


 先輩や同級生のように、コンクリートで作られた檻の中へ入り、上司から怒鳴られたことを黙々とこなすのか。

 ひのきの舞台で、監督や助監督、そして振り付け師から罵声ばせい以上の叱責を浴び、次の瞬間にはお払い箱になる、そんな弱肉強食の世界を歩むのか。


 彼は迷うことなく後者を選んだ。


 商業劇団の研究生として入団した彼は遮二無二しゃにむに勉強した。

 そして彼は、ある映画のオーディションを受けてみないかと誘われる。

 その映画は、彼が幼い頃見た、ある役者が主演の映画、『百鬼侍ひゃっきざむらい』。


 主演者の名は、「富士 歳三郎ふじ としさぶろう


 芸に対する厳しい姿勢は『鬼神』と呼ばれ、海外では甲冑姿になぞらえて『黒狼ブラックウルフ』の異名で呼ばれていた。

 彼はすぐさま申し込み、そして端役ながらメジャーの舞台で人生初の、名前付き配役を勝ち取った。


南無権平なむごんべい


 ……それは、彼が最後に演じた名前付き配役でもあった。


 それから十年あまり。

 ワンルームアパートの壁には、カレンダーを止める為、画鋲がびょうで刺した穴がいくつも空いていた。

 そんな彼のスマホにエキストラ斡旋会社から、富士歳三郎主演の人気テレビシリーズ、『金太郎奉行』、来シーズンのエキストラオーディションの案内メールが届けられた。


 それは変わりばえのしない、彼の日常の一部……。

 金太郎奉行のみならず富士歳三郎主演の映画、ドラマのオーディションを漏らさず受ける彼であったが、結果はいつも一緒であった。

 

 しかし今回はわずかながらの違いがあった。


 遊び人ふんする金太郎を兄貴としたう、熊五郎役の俳優が体調不良の為、来シーズンは降板。急遽きゅうきょ、オーディションが開催されたのであった。


 彼もニュースで知ってはいたが、自分には縁がないと記憶の彼方へ飛ばしていた。

 しかし改めてメールで目の当たりにすると、受けてみようとする意欲が湧くが、同時に冷めた眼で自分を見つめ直した。


『どうせ俺には……それに……そろそろ潮時かもなぁ』


 芽の出ない自分の芸。

 さらにある噂が新聞、雑誌、そして現場でまことしやかに蔓延していた。


『富士歳三郎が芸能界を引退する』


 もともと彼に憧れて役者の世界へ飛び込んだ自分。

 同じにするのもおこがましいが、憧れの人が引退するなら自分もと……脳裏をよぎっていた。


 しかし、ある女性の姿が浮かび上がると、彼の役者魂が炎のように燃え上がった!


『最後に一花咲かせてみるか!』


 役作りをする暇もなく、『どうせ落ちるだろう』と肩の力を抜いたのが功をそうしたのか、あれよあれよと最終オーディションまで残ってしまった。


 噂では最終オーディションに残った人間は、例え熊五郎役を勝ち取れなくても、そのシーズン中は毎回何らかの役が与えられるという。


 火消しの組員から酒場の常連客、そして金太郎に斬られる悪人役まで……。

 うまくいけば来シーズン、さらにはなにかしら役を与えられることも……。


 彼は通知を受け取るとバイトの疲れも消し飛び、近隣の迷惑にならないようにと、音も立てず小躍りした。


 そして明日のバイトは休みだからと、なけなしの金ととっておきの酒で、何百回も通知を眺めながら、ささやかな宴をする。


 そして『南無権平』の役を勝ち取った時よりも安らかな眠り……は彼には訪れなかった。


”バシッ!”


 突然、まぶたの裏で火花が弾ける。

 眼を覚ました彼の目に写るのは、真っ白な天井と壁。そして自分を包み込む真っ白な敷き布団と掛け布団。


 夢の中かと彼は起き上がるが、着ている物は寝る前に着替えた黒のフリース。

 そして手の平に伝わる感触は、濡れ煎餅のような万年床ではなく、綿菓子のような柔らかさ。

 彼は再び倒れ込み、二度寝の海の中へ潜ろうとしたところ


”あ、待ってぇ! 寝ちゃイヤァ!”


 耳ではなく体の中から発せられたような女性の声。

 寝ぼけまなこで再び体をおこすと、蛍のような光の玉が彼の前にただよっていた。


”ん~パニックを起こしていないから、《世界の概要がいよう》の《り込み》は成功したみたいね。一応確認するわ。貴方がいる世界は?”


「……『異世界ディファールド』」


 彼は寝ぼけ眼のまま答える。操られているのでもなく、記憶をたどるように。


”貴方の『職業』は?”

「……『転移者エキストラ』」


”今、貴方がいる場所は?”

「エキストラ用の宿舎」


”はい! よくできました!”

 彼は三度みたび、横になろうとするが


「おい! なんだ異世界、ディファールドって!? 転移者!? エキストラ!? ここはどこだ!? なんで俺はここにいるンだぁ!」

勢いよく飛び起きた。


”どうどうどう。相当神経が鈍いのね。よくそれでこれまでエキストラをやってこれたわね。ま、それぐらい鈍感な方がここではいろいろな役ができるかしらね?”


「おい! 説明しろ!」

 彼は光の玉へと怒鳴りつけた。 


”説明するもなにも、必要な情報はすべてインプットしたわ。『自分で自分に問いかけてみなさい』”

 彼は目を閉じ、無言でなにやら考え込む……そして徐々にその顔から血の気が引いていった。


「なんだぁ!? 地球からこのディファールドへ転移!? ここでエキストラをしろって!? ふざけるなぁ! 今すぐ俺の部屋へ帰せ! 来週には最終オーディションがあるんだぁ!」


”そんなの大丈夫よ。ちなみにぃ、ここの一日は貴方の世界の『何秒』?”

「はぁ? そんなの『六十秒』に決まって……六十秒!? つまり一分!?」


”そうよ。一応貴方の世界、地球ではそれぐらいになるみたいね。だからここで十年過ごしても貴方の世界では……えっとぉ……どれくらい経っているのかしら?”


「ちょっと待て。ん~とだな……一日が一分なら十日で十分。六十日で六十分、つまり二ヶ月で一時間。一年で六時間、十年なら六十時間、二日半ぐらいじゃね?」


”へ、へぇ、なかなかやるわねぇ。ま、まぁこれで安心して惰眠をむさぼり……は、ちょっと困るわね。ほどほどにだらけでも支障はないわ”


「い、いや待て、もしここで十年も過ごしたら、元の世界に戻ったら俺は……」


”安心しなさい。アンタの体はアンタの世界の時間分しか年取らないわよ”


「えらいご都合主義だな」

 彼はいぶかしげな目で光の玉をにらみつける。


”そりゃ、いろいろな世界からエキストラである転移者を呼ぶんだから、これぐらいの条件を付けないとみんな元の世界へ戻っちゃうわよ”


「いろいろな世界? 地球以外からもエキストラが来ているのか?」


”そうよ、このディファールドでは貴方と同じ、それぞれの世界でエキストラをやってきた人たちが大勢いるわ!”


「なんでそんなにいるんだ?」


”ん~ぶちゃけ、このディファールド内ではそれぞれの世界を創造する、《ワナビー神》が大勢いるんだけど、彼らが自分の世界を”つくる”のにあたり人手が足りなくなっちゃったの。詳しいことはあとで話すわ。で、どうするの? ここでエキストラする?”


「……ちょっと考えさせてくれ」

 彼はそう言うと、布団に倒れ込んだ。


”いいわ、時間はたっぷりあるから、決まったら呼ん……”


「やる!」

 いきなり飛び起きた。


”は、早いわね”

「エキストラってことは、いろいろな役がやれるって事だろ?」

 彼の目は寝ぼけ眼から、配役を狙うエキストラの目へと変貌した。


”ええそうよ。ファンタジーからスペースオペラ。西部劇から貴方の好きな時代劇もね”


「それに、オーディションの役作りに十年も時間が使えるし、いや、どうせならほかのエキストラの芸を盗んでやるぜ! ん? なんで俺が時代劇好きって知っているんだ?」


”そりゃマネージャーとして貴方を『スカウト』する身として、貴方の身辺ぐらいは調べてあるわ。あ、安心して、黒歴史までは言及しないから”


「ふぅ~ん。ま、いいか。んで、どうすればいいんだ?」


”まずは芸名を決めなくちゃね。本名でもいいけど、それじゃおもしろくないでしょ?”

「芸名か……なにが……ん!? よし! これだ!」


”ん? なになに? 言っとくけど、公共良俗に反するのはダメよ。最近そういうのうるさいんだから”


 彼は親指は立てると、それを自身の顔へと向けた。


「『南無権平』! 俺のことはゴンベーって呼んでくれ!」

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