第2話 エピローグ

 マネージャーはゴンべーの話が嘘ではないとわかると、軽く微笑みながら鼻からため息を漏らした。


「まぁそうだろうと思ったけどね。世界珠から説明があったわ。《転生した》主人公は以前の世界では洞窟に引きこもって、仲間のおこぼれをもらっているニートで、ここ数年ろくにしゃべったことない、


『オーク』


みたいなのよ。それが新米冒険者に真っ先に倒されちゃって、ここに転生したみたいね」


「そんなのがよく主人公になれたな……」


「今はもう何でもアリなのよ。だから主人公の最初の台詞もぼそぼそしゃべりで、雑踏に紛れてアンタまで届かなかったみたいね。いきなり【火球】の術を使ったのは、人間に殺された恨みも混じっていたみたい」


「けっ! ろくに話せない奴が、転生して主人公を張るなってんだ!」


「仕方ないでしょう。この、《異世界ディファールド》では、


『元の世界で死んでここに転生して、この世界を本物だと思っている者』

しか主人公になれないんだからぁ~。


『元の世界からやってきただけの、《転移者》』

であるアンタらエキストラは脇役でしかないのよ」 


 マネージャーから耳にたこができるほど聞かされた”異世界のことわり”をゴンべーは無視すると、さらに悪態を吐き捨てた。


「だいたいなんだあのむちゃくちゃな名前は? 英語、フランス語、ドイツ語、そして日本語まで混ぜやがって」


「コラコラ、滅多なことを言うモンじゃないわよ。そもそも名前を決めたのは主人公じゃなく、この世界と物語を創ったワナビー神なのはアンタも知っているでしょ? それに名前についてはアンタが元いた世界の言葉に翻訳されるから、そう聞こえるのは仕方ないわよ。まぁ、ネーミングセンスはワナビー神の知性に左右されるから、アンタの指摘は的外れじゃないけど……」


 ゴンベーは視線を落とすと片膝をつき、炭になった子分へ向けて憐れみの表情をする。


「あ~あ、せっかく買ったゴーレムまで消し炭にしやがって。これ一体、《一万エキス》するんだぞ。自前で子分役のゴーレム二体を持っているから、このチンピラ役を勝ち取ったってのによぉ。とほほ……」


 《エキス》とはエキストラ達の間で流通している通貨単位のことである。


「安心しなさい。アンタの黒こげと炭になったゴーレムについては、世界珠と交渉して賠償金三万エキスをゲットしたわ! この敏腕マネージャーをあがめ奉ってうやまいなさい!」


 鼻を高くするマネージャーだが、当のゴンベーは天を仰いでいた。


「やれやれ、ギャラが一万に必要経費を抜けばプラス一万か。『日給二万円』と思えばエキストラの中ではましかもしれねぇが、次はいつ役にありつけるのやら……《オーディション》も競争が激しいからなぁ……」


黄昏たそがれるのはあとにして。《撮影所》にゴミを放置するわけにはいかないわ。このゴーレムはこの世界の備品じゃなくアンタのだからね」

 マネージャーが二体の消し炭に向かって薬指を伸ばすと


「ちょっと待ってくれ」

 ゴンベーは片膝をついて両手を握り眼を閉じた。


「まだ物語の導入部分で、この世界にはどんな神がいるのか知らねぇ。ただのゴーレムだがわずかな時間、共に異世界で戦った戦友だ。コイツらを成仏させてやってくれ……」


 いまだ語られていない神に向かって祈るゴンベーへ、マネージャーは優しい眼差しを向ける。


 目の前の男は時には自分のことを”クソマネ”と罵倒ばとうする万年エキストラだが、マネージャーとしてこの俳優を選んだことについては間違ってはいないと……。


「いいぜ、やってくれ」

 マネージャーの薬指から放たれた光は、消し炭をチリも煙も残さずこの世界から消滅させた。


「まぁちょっとはボーナスもらったんだ。《エキストラギルド》へ戻るか。《親父さん》の屋台でいっぱいやろうぜ!」


「さんせ~! 私、焼酎とホッケとねぎま!」

「けっ! すっかり”俺たち”の世界の食いモンに慣れやがって。ちったぁ遠慮しろ!」


「何言っているのよ! 芸能プロダクションである、《旅団りょだん》に所属していないフリーのアンタはいわば個人事業主よ。従業員であるマネージャーのアタシを養う義務があるのよ!」


「へぇ~へぇ~。消し炭になってまで従業員を養うたぁ、俺は理想の社長様だねぇ」


 建物の壁に向かってマネージャーが薬指を向けると、エキストラギルドへと続く光る扉が現れた。

 ゴンベーが入ろうとすると


「ちょっと待って! 世界珠からだわ。……はい、そうですか! ありがとうございますぅ!」


 営業トークになるマネジャーを、ゴンベーは目を見開いて眺める。

 世界珠からの通話が終わると、ゴンベーは食いつくように問いかけた。


「お、おい、どうしたんだよ! まさか別の役に抜擢ばってきされたとか!?」


「そんな簡単には抜擢されないわよ。アンタがあの子の服を下着が見えるまで破ったから、視聴者から好評を得ているみたいよ。んで、特別ボーナスでプラス五千エキスだって」


「なんだぁ~。ま、ないよりましか。こんなことならいっそ全部はぎ取って、無理矢理”やっちまえば”よかったぜ」


「なに不謹慎なこと言っているのよ! 今はレートやコンプライアンスが厳しいんだから、下手したらこの世界そのものが削除されてギャラなしになるところだったのよ! 視聴者に感謝しなさい!」


「まぁまぁ、言ってみただけだってば……」

 怒鳴りつけるマネージャーに、ゴンベーは両の手の平を向けてなだめていた。


 ふとゴンベーは思い出す、去りゆきぎわに見せたヒロインの顔を。


(そうさ、俺みたいなエキストラにかまわず、アンタは光り輝くひのきの舞台へと駆け上がりな……)


 今日の最初の一杯は、ヒロインの役を勝ち取った同じエキストラへ捧げようと……。


「なぁ、主人公は元オークの転生者だけど、あのヒロインは転移者なんだろ? 元の世界では何者なんだ?」


「ああ、アンタがいた地球って世界によく似た世界の人間ね。確か……老人ホームで同人誌を書いているおばあさんだったような?」


「……まぁ、そんなことだろうと思ったぜ」

 ゴンベーの下腹部に溜まった熱が、急激に冷めていく。


「アンタもさぁ~、元の世界まんまの、中年男の”スッピン”じゃなく、そのおばあさんみたいに色々と【変身メイク】すればいいのに。そうすれば無理矢理とかじゃなく、美味しい目にあえるかもしれないのよ」


『けっ! こちとら裸一貫の渡世人エキストラよぉ! オギャーと産まれたこの姿で、あ! この異世界をぉ~! 天下御免でぇ~渡り歩くぅぜぇ~!』  


 歌舞伎役者のように”見得みえを切る”ゴンベーだったが、見飽きたマネージャーは歯牙にもかけなかった。


 ゴンベーは仕方なく話題を変える。

「そういえばこの物語の題名は何だ? 俺が台本を見た時はまだ未定だったが。『送信』されたってことは題名も決まったんだろ?」


「ちょっと待って……」

 マネージャーは再び薬指をこめかみに当てると


「ん~と

『異世界転生した男色オークは、体は少年、あそこはオークで、無垢な少年を悦楽の世へいざなう』……

 どうもこれ、BLボーイズ・ラブっていう女性向けの物語みたいね……」


「はぁぁぁ! んじゃ、あのヒロインは!?」

「ヒロイン? 何言っているの? 私、一度もヒロインなんて言ってないし、台本にも名前しか書いてないでしょ?」


「んなぁ! ってことは……」

「今流行はやりの”男の”ってやつね。てかアンタ気がつかなかったの? アンタに服を破かれた時、下着から”盛り上がった膨らみ”と、”飛び出た先端”を……」


 記憶を巻き戻すゴンベー。やがてその顔が青ざめる。


「アンタの”粗品”をズボン越しに見て、すでに興奮していたみたいね。あのおばあさんも同じような同人誌を書いているから、世界珠の琴線に触れたから役を勝ち取ったのかしら?」


 そして、ゴンベーの目が徐々に白くなっていく……。


「これからの展開を予想すると、街の案内が終わったあの男の娘は、宿屋で禍々しいオークの”アレ”で”つぼみ”を貫かれ……」


”バッターン!”


 ゴンベーは糸を切られた操り人形のように、地面に崩れ落ちた。


「こんなことぐらいで気絶してどうするのよ。ほら、さっさとギルドへ戻って、美しくすばらしいマネージャーであるこの私に、焼酎とホッケとねぎまと唐揚げをご馳走しなさい!」


 ここは異世界ディファールド

 神未満であるワナビー神が数多く集い、真の神になるべく転生者を主人公にし、物語を紡ぎ出す宇宙。


 もちろん、主人公だけでは物語は成り立たない。


 故にワナビー神は、多くの登場人物を転移者より選び出す。


 そして転移者は、一律にエキストラと呼ばれていた。


 エキストラ。


 それは海千山千うみせんやません十把一絡じゅっぱひとからげ、端役、脇役、その他大勢と揶揄やゆされる存在。


 輝かしい主人公に比べて、読者、視聴者、観客から記憶どころか存在すら認識されない者達。


 これはそんな彼らにスポットを当てた、あるエキストラの役者人生を追った物語ドキュメンタリーである……のか??

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