異世界えきすとら ―異世界がハリボテなのを知らないのは主人公だけ―
宇枝一夫
第一部
序章 主人公様との遭遇
第1話 プロローグ
ここはとある王国の、とある街。
石畳が敷き詰められた大通りには色とりどり衣装を着た多くの種族が行き交い、馬や牛、多足獣に引っ張られた客車や荷車が往来していた。
大通りの両脇には、木造、レンガ、そして大岩をチーズのように薄く切り、窓枠をくりぬいて建てられた商店、食堂、アパート、そして公共建築物が隙間なく並べられていた。
商店のショーウィンドウからのぞかせるドレスや宝石は、少女から淑女の目を楽しませ、食堂からただよく肉やスープの香りは、道行く人すべてを空腹へと
暖かい気候に包まれた平和な街。しかしそれはあくまで表の顔。
一見、隙間なく建てられた街並みでも、隙間は存在する。
この路地裏と呼ばれる細長く薄暗い空間は社会の枠組みからはみ出された、極一部の人間の世界。
無垢な住民を誘い込み、”狩り”を行う、彼らの縄張り。
彼らが欲するのは金品と淑女の肉体。ましてや少女の純血は極上のステーキよりも
「そ、そこを通して下さい」
路地裏に響く少女の声。
わずか十メートルほど先に見える、光に満たされた大通りに向かってその声は放たれた。
しかし少女の前に立ちふさがるは、三人の男たち。
少女の目の前に立つリーダーらしき男の肩には、乙女にだけ
純白の毛並みに額からわずかに飛び出した角は、その愛くるしさから富裕層の乙女がこぞって欲しがる愛玩動物である。
それゆえ高値で取引されるが、それ以上に偽物も多い。
少女は男の肩に乗っているユニコーンキャットを見て、初めてそれが偽物と理解した。
そして後悔する。
足下にすり寄ってきたユニコーンキャットを追いかけて、この空間へ不用意に足を踏み入れてしまったこと。
猫を抱き上げた瞬間! 少女の頭上から三人の男が振ってきて、陽の当たる世界から隔離されてしまったこと。
そして、自分は陵辱の憂き目に遭うかもしれないと……。
「お嬢さん、俺様の猫を誘拐しようとしたんだ。そんな物言いはちと
リーダーらしき男が少女と”示談交渉”を始めると
「「へっへっへっへ!」」
リーダーの後ろに控える子分らしき二人の男はニヤケながら、歪んだ唇から臭い笑い声を垂らす。
「そ、それは、ご、ごめんなさい」
「んあぁ~それだけかぁ~。ごめんで済んだら衛兵様はいらねぇ~んだよ!」
リーダの男は蛇のように舌を出し、少女との距離を近づけ、視覚、嗅覚でドレスに包まれた少女の肉体を品定めを始めた。
後ろに控える子分らしき男二人も、おこぼれにあずかろうと近づいてくる。
「お、お金なら払います! だ、だから通して!」
「気の強いお嬢さんだ。あいにくだが金は間に合っているんだ。俺たちが欲しいのは……」
リーダーは少女のドレスを胸元をわしづかみにすると、
『これさ!!』」
”ビリビリリリッ!”
一気に下へと引き裂いた!
胸を包み込む白いブラジャー、豆粒のようなへそ、そして下腹部を包み込む下着すら垣間見えた。
『きゃあぁぁぁぁ!』
この薄暗い空間を切り裂くような悲鳴が放たれ、それを間近で聞いたリーダーは若干顔を歪ませた。
少女は慌てて胸元を隠すが、両腕だけではそのすべてを隠しきれず、逆にそれが男達の劣情に油を注ぐ結果となった。
三匹の野獣は一歩一歩地を踏み、獲物である少女を後ろの壁まで追い詰める。
「い、いや、来ないで……」
「へ、安心しな。すぐ”イカせて”やるからよ」
リーダーの口からお約束のような”
”ドグオォォォォン!”
三人の男達を巨大な火球が包み込んだ。
飛来したのではなく、突然その場に現れたかのように。
悲鳴を上げる間もなく三人の男が
『大丈夫かい、お姫様』
陽の光を背中に受けた少年が、少女へと歩み寄る。
「あ、貴方は……?」
逆光となって少年の顔はよく見えないが、ならず者を焼き、丁寧な言葉使いから敵ではないと少女は理解する。
『僕の名はアルトリア・ジークフリード・
「てん……せいしゃ?」
転生者と名乗ったタケルは背中のマントを少女に被せる。
「あ、ありがとう」
少女の頬が紅に染まっていった。
「あ、あの、何かお礼を……」
少年の容姿、ならず者三人を一瞬で燃やしたその力、なにより雌の本能が、対価として己の純血を要求されてもかまわないと少女は考えるが……。
「お礼か……そんなつもりじゃなかったんだけどな~」
「え?」
無欲な物言いに、肩すかしを食らった少女の目は丸くなる。
「君はこの世界の人だよね? あ、名前はなんだっけ?」
少女は”記憶をたどるように”、己の名前を思い出す。
「フロイライン・マドモアゼル・マルゲリータ。マリーでいいわ」
「じゃあマリー。この世界を案内してくれよ。僕は転生したばかりでよくわからないんだ」
タケルは右手をマリーへ向けて差し出した。
それは握手ではない。世界を共に歩むパートナーとしての証。
無垢なタケルの声に、マリーの顔は久しぶりの笑顔を浮かび上がらせる。
「ええ、貴方の望むままに」
マリーの手を取ったタケルは建物の間から差し込む陽の光へ向けて歩み、マリーもその後をついて行く。
しかしマリーは炭と化したリーダーの屍をまたぐ時、わずかに顔を曇らせる。
死んだ者への
それも次の瞬間には満面の笑みへと変わる。
二人の行く先には、こんな薄暗い世界とは無縁な、希望と冒険とスリルに満ちた世界が待っている。
新しい世界へ向けて、二人は今、大きな一歩を踏み出した。
『送信かくに~ん! オッケーで~~す!』
路地裏、大通り、いや、この世界すべてに響き渡る中性的な”声”。
同時に空中には巨大な水晶のような珠が現れた。
それによりこれまで大通りを満たしていたある種の緊張感が解け、賑やかさが世界を満たす。
そんな中、炭となったリーダーの元へ、一粒の光が蛍のように近づいていった。
リーダーの脇の地面に降り立った光は女性の形になると、体を包み込む光がやがて長い黒髪、二十代ぐらいの端正な女性の顔、白いカッターシャツ、わずかに白い
その女性は人型の炭と化したリーダーを見ると、ピンクのルージュを纏った唇を限界まで開き、体内に溜まった空気すべてを絶叫へと変換後、勢いよく吐き出した。
『なぁにぃよぉ~これぇ~! ウチの大事な俳優をこんな姿にしてぇ! こんなの聞いてないわよぉ~! 《マネージャー》として《
「お……おい……ぁやく……もどし……くれぇ」
「ああ、ごめんごめん。待っててね、《ゴンべー》」
女性は薬指を伸ばし、ゴンべーと呼ばれた男の
”ポン!”
まるで脱皮したかのように、ゴンべーを包み込んでいた炭が弾け、その下からは少女を襲ったはみ出し者の姿が現れた。
体を起こしたゴンべーはすぐさま立ち上がり、マネージャーを怒鳴りつける
「んあぁ~ひっでぇ~めにあった。ヲイ! クソマネ! なんだこれは! 炭になるまで燃やされるなんて聞いてないぞ!」
「ちょっと待って、今からこの物語を
マネージャーはこめかみに薬指を当て、なにやら呟いていた。
ゴンベーは唇を尖らせながらブツブツ呟いた
「……ったく、いくら神になりたい神未満の存在とはいえ、
「こらこら。ワナビー神の悪口はせめて現場を出てからにしなさい……はい……そうです……え!? ああ……そうですか……失礼しました。以後気をつけます。はい!? そうですか、ありがとうございますぅ~」
営業トークという名の”抗議”が終わったマネージャーは、ゴンべーを
「な、なんだよ……」
「アンタ、”主人公”からの
「セ、セリフ?」
「アンタが服を破いたあと、あの子が悲鳴を上げる。そのあとに主人公の台詞があったのよ! 『なにをしているんだ!』ってね」
男は対抗するように、
「何年エキストラやっていると思っているンだぁ! こちとら台本なんぞすべて暗記しているわぁ! 俺はチンピラのゴン! この路地裏でヒロインに絡んだ後に主人公が登場。そのあと大通りに出て俺たちが主人公に詰め寄ったあと、主人公が俺を
ぶん殴ろうが、
キン○マを蹴ろうが
目潰ししようが
ピンタをくらわせようが、
胸ぐらを掴もうが、
胸を押そうが、
デコピンしようが、
変な踊りをしようが
頭やケツを掻こうが
くしゃみや咳を浴びせようが、
ため息つこうが
指を鳴らそうが
息を吸ったり吐いたりしようが
俺は《やられ役:ギャグ、コメディー》スキルを使って盛大に
建物の壁に激突したり
天高く吹っ飛ばされたり、
ゴミ捨て場に頭からツッコんだり
噴水の中に飛び込んだり、
首まで地面に埋まったり
大通りをダンプルウィドーみたいに転がったり、
アゴを地面まではずしたり
目ん玉と舌を思いっきり飛び出したり
服が全部はじけ飛んでパンツ一丁になったり
髪の毛が全部抜けたり
オカマになったり
あげく頭を打って牛や豚のモノマネをする段取りでよぉ~
部下の二人は
『あの嫌われ者のゴン一味を一撃で!』
『あの少年、ただ者ではないぞ』
『一体何者なんだ?』
『あの格好……もしや』
『伝説に聞く、異世界より来たりし英雄なのか?』
『す、すげぇぜぇ~』
『え、英雄様の降臨だぁ~!』
『英雄様ばんざぁ~い!』
『ばんざぁ~い!!』
って諸手を挙げて褒め称えるのによぉ~、いきなり【火球】なんぞ唱えてきやがってぇ! ストーリーがめちゃくちゃだぁ~。そもそも
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