第1章 ④禁断の入学式

「こ、これは……!」


 モノレールを降りて入学式の会場に到着した彰は驚愕する。


 そこに日本武道館を一回り小さくしたような建物があったからだ。


 六角形の屋根を持つ和風の建築物で、海の上に存在する特殊性もあってか、その存在感に圧倒される。


 建物の正式名称は、舞扇まいおうぎ武闘館ぶどうかん


 収容人数は二千人と近くの案内看板に書かれていた。


「新入生の皆さんは、東のゲートからご入場くださーい!」


 係員の呼び声に従い、彰は入場の列に並ぶ。


 厳重な身分確認と手荷物チェックの後、座席番号が書かれた札と舞扇高校のパンフレットを渡された。


(……何だか、プロレスや格闘技の会場みたい)


 その印象は会場の中を見て、さらに強くなる。


 通常の学校行事やコンサートなどはステージが隅に設置される事が多いが、舞扇武闘館では会場の中央にドンッと置かれていた。


 そこを中心にして、東西南北の四方にひな壇の席が配置されてある。

 すり鉢状だからどこからでも見やすい。


 雰囲気的には、後楽園ホールといったところか。


(僕の席は北側、五列目の十九番)


 その番号が書かれた赤いシートに腰を落ち着けつつ、彰はアリーナ中央に置かれたステージを見る。


 そこには約五メートル四方、地面からの高さは一メートルくらいの正方形のステージがあった。


 ロープが張られていない四角いリングという印象で、何だか据わりが無い。


 ステージと客席との間には一メートルほどの空間があった。


(すごい、二千人収容の席がほとんど埋まってる。それにしても……)


 と、彰は思う。


 客席には同じ制服を着た学生だけでなく、明らかにもっと上の世代、ちょうど大学を卒業したくらいの年代の若者や、さらにその親くらい年が離れていそうな中高年達が座っていた。


 ラフな私服姿で、ポップコーンなどを手に談笑している。


 入学生の父兄といったわけではなさそうだ。


 彰は不思議に思いつつ、スマホの時計を見る。


 まだ、入学式までには少し時間があったので、もらったパンフレットでも読んで時間を潰そうとパラパラとページをめくる。


 すると、


(あっ、この人って)


 有名人の写真が見開きで大きく印刷されたページに目が留まる。


 舞扇財閥の総帥、舞扇まいおうぎ勝春かつはるだ。


 年齢は六十歳とプロフィールでは紹介されているが、三十代半ばの男性としても通用するほどの若々しさに満ち溢れている。


 黒髪の発育も良く、白髪は一本も無い。


 髪型はオールバック、切れ長の翠の目は写真のレンズを睨みつけていた。


(す、すごい目力……!)


 ふと、彰は最近、これに似た目をどこかで見たような気がしたのだが……


 すぐには思い出せず、少しモヤモヤしつつも隣に配置された勝春の全身像の写真を見る。


 服装は昔ながらの濃い緑の和服で、その上から黒の半纏を羽織っていた。


 ゆったりとした服装だが、それでは隠しきれないほど筋肉質な体型をしている事が写真からでも分かる。


 その頭脳で日本経済のトップに立つ舞扇勝春だが、彼ならば腕っぷしだけでも日本一になれるのではないか……そんな風に考えてしまうほど、とてつもないオーラに満ち溢れている。


 舞扇高校では校長も務めるようだ。


(もしかして、入学式で舞扇勝春さんを生で見られるのかな!)


 今まで一度も有名人を肉眼で見た事のない彰が淡い期待を抱いていると、


『――みなさん、おはようございます』


 不意に、会場内にさわやかな男の声が響き渡った。


 彰は顔を上げる。


 いつの間にか、ステージ上にマイクを持った人物が現れていた。


 白のスーツを着ていて、年齢は若い――それこそ、彰とほとんど同年代である。


 てっきり、舞扇勝春が出てくるものだとばかり思っていたのだが……


 他にも彰と同じように考えていた新入生が多かったらしく、一瞬、アリーナに微妙な空気が充満した。


 それを感じ取ったのか、白スーツの青年は苦笑しながら、


『ははっ。うちの校長、舞扇勝春の登場じゃなくてごめんね。本当はここに参加する予定だったんだけど、急な仕事が入って。僕も滅多に顔を見られないほど、父は多忙だから』


 言葉の中の『父』という部分に、会場が微かにざわめく。


 それはつまり、彼が舞扇勝春の息子だという事――


『改めまして自己紹介を。僕の名前は、舞扇まいおうぎ春希はるきです。どうぞよろしく』


 春希は少し芝居がかった態度で四方に礼をした。


 首を垂れるたびに、女性のように長い黒髪が流れるように揺れる。


 目元にかかる長い前髪を春希はサッとかき上げ、春希は穏やかな笑みを浮かべた。


 その一挙手一投足が……不思議と、どれも絵になる。


 上着はもちろんYシャツやネクタイ、ズボンや靴下まで白一色の服装は着こなすだけでも苦労しそうなものなのに、春希はそれらを容易く自分自身の『引き立て役』にしていた。


 明らかに普通の青年ではない。


「………」


 気が付くと、彰はもちろん、他の新入生達すべてが無言になって春希に視線を釘付けにされていた。


 これが、非凡な者が放つオーラ――というものなのだろうか。


 舞扇勝春の事を父と口にしていたが、言われてみれば、切れ長の翠の目などはソックリだ。


(ずっとニコニコしてるから、よく見ないと分からないけど……)


 身体つきは父とは違いスマートな春希だが、不思議と脆弱さは感じない。


 体幹がしっかりしているせいかな……などと、彰は分析してみる。


 舞扇勝春の息子ならば、間違いなく数年後には日本の将来を担う人材になっているだろう。


 そんな春希の姿を見ていると、ふと、波止場で出会った秋那の事を思い出した。


 あちらが黒くずめなら、春希は白ずくめ。


 照明が集まっているわけではないのに、ステージ上の春希はキラキラと輝いているように感じられた。


『僕も、みんなと同じ舞扇高校の学生なんだ。今は三年生で、所属は風紀会ふうきかい。ああ、風紀会は『生徒会』のような組織で、学園内の規律を正したり、イベントなどの運営を取り仕切ったりしてるんだ。この入学式の運営も、その一環。今日は学長が欠席なので、父に代わって挨拶もさせてもらうよ。改めて、よろしく!』


 春希の言葉に、入学生達は間を開けずに大きな拍手を送る。


 そうする事を最初から義務づけられていたかのように――。


『ありがとう。では、今から入学式を始めるけど、堅苦しい開式の言葉なんかは省かせてもらうよ。みんなも長旅で疲れているだろうしね』


 マイクを握る春希は、四方の席にいる入学生に視線を送りながらフランクに言葉を投げかける。


『じゃあ、まずは舞扇高校についてを話そうか。みんなもそのあたりが一番気になっているだろうしね。この高校の特色を一言で表せば……なんでもできる、になるかな。


 君達は将来、なりたいと思う職業はあるかい?


 それらに必要な知識は、文系・理系はもちろん、芸術、調理、医療等、すべてを身に付けられるカリキュラムを組めるようにしているんだ。職場体験ができる場所も豊富にある。もちろん、普通の高校のようにじっくりと勉強しながら夢を見つけるのも良いと思うよ」


 彰は、まだ自分の将来に対して明確なビジョンを持てていなかった。

 なので、春希の言葉に少しホッとする。


『もちろん「なりたい職業」の中には、プロスポーツ選手も含まれている。プロを目指す生徒には、最新の設備や、最高の指導者の提供という形でバックアップしていく。もちろん、プロになった後も。スポンサーという形でね』


 その発言に、入学生からは「おおっ!」という歓声にも似たざわめきが起きた。


 舞扇財閥がスポンサーにつく、これ以上のサポートはないだろう。


『じゃあ、ここからは舞扇高校での生活面についての話をしよう。海上学園都市の敷地内には住居の他にも、デパートや飲食店、病院や映画館といった一通りの商業施設は揃っているので、陸の上と変わらない生活ができる。


 実は、この商業施設は舞扇グループで働く新卒者や若手社員の研修地でもあるんだ。一流の社会人としての適性を身に付けてもらうために努力する姿は、きっと入学生の皆さんの良い刺激になるだろう』


 その言葉を聞いて、


(って事は、客席にいる私服の人は研修中の社員やその先輩って事かな)


 彰は納得した。

 春希のマイクは続く。


『この海上学園都市では外と変わらない生活ができるけれど、外とは多きく異なる点がある。実は、この学園内では現金が使えないんだ。その代わりに会場学園都市の中だけで使用できる電子マネーを専用のスマホアプリと一緒に支給するから、それを使って生活してもらう。


 金額は、一律で十万円。学費や家賃は必要ないから、そのあたりは心配しなくても大丈夫。これは、同級生のみんなが同じ条件で舞扇高校の学園生活をスタートさせて欲しいという配慮からなんだ。家柄や貧富の差で評価に差がつくのはフェアじゃないからね。


 もちろん、一生徒である僕も同じ条件で生活しているよ。


 まあ、そういう事情もあるから、学園では現金を使った取引は全面的に禁止されてるんだ。もし違反したら、この学園の内情も外部に漏らした時と同じくらいの厳しい制裁があるから、肝に銘じて欲しい』


 春希の言葉にホール内がざわめく。


『さて、いよいよ核心に触れようかな。みんなも舞扇高校がその内情を厳しく秘匿している事は承知していると思う。そのせいで、ここに来るまでに少なからず不安にさせてしまったと思う。その点は父に代わって謝罪するよ。 


 でも、そんなに怖がらなくても大丈夫。これから話す事は『エンターテイメント』についてなんだから。実はここだけの話、舞扇グループでは新しいスポーツの創造を計画しているんだ。テーマは、まったく新しい格闘技。そして、真の最強を決める事だ!』


 人差し指を立てながら、春希は高らかと宣言した。


 最強を決める――


 シンプルながら、これ以上ないくらいに魅力的な求心力を持つ題材テーマだ。


『一言でコンセプトを表せば――究極の異種格闘技戦となるかな』


 異種格闘技。


 プロレス、柔道、空手、レスリング、ボクシングなど。


 異なる格闘技の選手同士が、自らの看板と誇りを背負って戦う。


 この明瞭過ぎるコンセプトは人々の好奇心を大いに刺激し、多大な影響を与えた。


 近年の総合格闘技ブームなどは、その際たるものだろう。


『通常、異種格闘技とは素手による戦いに限定されているけれど、我々がやろうとしている事は、その一つ上の次元にある。つまり、武器の使用の解禁だ』


 その言葉に会場がどよめく。


 しかし、さらに春希は衝撃の言葉を続けた。


『その武器とは、剣や槍、棒や銃器などの『人を倒すために創られたもの』に留まらない。バットやラケット、そしてボール――あらゆるスポーツに登場するすべての道具を『武器』として使う事をルールで認めているんだ』


「なっ!?」


 驚きのあまり、彰は顎が外れそうになってしまう。


 素手対武器という禁断の領域に踏み込むだけでない。


 さらにスポーツという括りの大きな部分を占める『球技』という一大ジャンルをも取り込もうとしているのだ。


 剣道家や薙刀使いが武器を持ち、素手の格闘技と戦う。


 その状況だけでも凄いのに、そこに野球選手やサッカー選手が加わるなんて……


 混沌カオス過ぎて、彰はどのような試合展開になるのか想像すらもできなかった。


 それに、正々堂々とした精神が大切なスポーツ選手が、ラケットやボールで他人を傷つけていいのかという倫理的な面での不安も感じてしまう。


 言うまでもなく不謹慎だ。


 今、世に広まれば市民からの非難は免れないだろう。


 けれど、その一方で――


 見てみたい。


 野球やサッカーといった『スポーツ』という言葉を代表する選手達が、本当に格闘技の舞台に上がるのか?


 果たしてどのような戦いを繰り広げるのか?


 そもそも、試合に勝てるのか……?


 彰はすごく興味があった。


 他の入学生達も、多かれ少なかれ興味を引かれている事は雰囲気から伝わってくる。


 それを春希も感じ取っているようだ。


『今年の総体でも活躍するであろう、一流の高校生を日本中の中学校から集めているのは、この究極の異種格闘技戦で光り輝ける逸材を発掘する狙いもあっての事だったんだ。その試みは順調に推移している。


 みんなの先輩達も舞扇グループの理念に共感して、多くのアスリート達が戦いに参戦してくれたよ。今や、週一のペースで大会が行われているほどの好評ぶりなんだ!』


 興奮のためか、その言葉には熱が帯び始める。


『当然、安全面には配慮しているし、報酬もちゃんと用意している。ファイトマネーとは別に、選手が所属する部活には多額の「部費」が支払われるんだ。それがあれば、舞扇高校の一等地にある上等な部室や競技場を利用できるというわけさ。


 もちろん、参加は強制じゃない。部の方針で参戦しないというのなら、その意思は尊重するよ。その場合、他の部との格差を無くすため、部活で経済活動を行う事を学校側は認めている。体育会系の部は試合のチケットや映像配信で利益を得ている。文化系の部は作品を売ったり技術を教えたりもしているね。そんな風に海上学園都市の中で自由に経済活動をして欲しい。それも立派な勉強だ』


 部活の定義には、活動において金銭報酬は発生せず、とある。


 それを真っ向から否定した舞扇高校の方針は、なるほど、外部に漏らせるようなものではない。


 ここの守秘義務が厳しい理由も納得できる気がした。


『この試みに対して批判の声がある事は認めるよ。こういうものが苦手だという生徒は、いったん外に出てもらっても構わない。何度も言うけど強制はしないよ。けれど、少しでも興味を持ってくれたのならば、ぜひとも最後まで観て、そして楽しんでいって欲しい。


 これから行われるのは、ただの野蛮な暴力の見世物じゃない。もちろん殺し合いでもない。真の最強を決める、最新にして最高の格闘技なんだ』


 春希の言葉を受けて数名の生徒は席を立ったが、ほとんどの生徒はその場を離れなかった。


『百聞は一見にしかず。さっそく試合を観てもらおうかな!』


 その言葉に、私服姿の観客からはスポーツイベントのように歓声を上げ、口笛を吹く。


 彼らの目当ては入学式ではなく、このイベントだったようだ。


 その熱気や盛り上がりに当てられ、入学生達の気分も高揚していく。


 プロレスで言うところの『できあがっている空気』というやつだ。


 それを楽しむよう、春希は周囲に視線を巡らせ、たっぷりと溜めを作ってから――


『では、これより究極の異種格闘イベント、アンリミテッドを始めようか!』

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