策謀(第51回 使用お題「ピアノの音が聞こえる」)

 室内からピアノの音が途切れず聞こえてくるから、ピアノの演奏者は無事で、部屋に異常はない。

 …というのが通用しない時代になってしまった。

 ピアノに限らず楽器全般がすっかりサイレント化してしまったので、ピアノ演奏の録音で周囲の目を欺くようなまねはできない。

 それだけではない。セキュリティ面でも大きく変わった。ヘアピン程度で鍵は開けられないし、夜中でも街全体が明るいから黒い気球で移動なんぞできない。市街にカメラも無数にある。

 まったく、泥棒には住みにくい時代になったものだ。フィクションでも二十面相先輩やルパン三世先輩がうらやましい。

 だが、年齢トシを喰っても泥棒だ。文句をたれているだけじゃない。

 老泥棒はスマートフォンを取り出した。そろそろ相棒が動く頃だ。

 用に何年も前から用意している、SNSのアカウントのひとつを開く。

 相棒の用アカウントから、待っていた記事が流れてきた。

 『宴会をドタキャンされたので、30人分の料理があまってしまいました。近所の人、食べにきてください(T_T)。無料です』

 はじまったな…と、その記事を拡散する。

 このアカウントは「地域の情報を流すアカウント」で、いま老泥棒が潜んでいる地域の住人が多数フォローしている。

 公園の植え込みの影から、近くのワンルームマンションを見上げる。このマンションから相棒の店までは徒歩で五分もかからない。

 相棒の店はイタリアン、チーズをどっさり載せた大きなピザが名物だ。そして、ターゲットのマンションには学生が多く住んでいる。あそこの料理がタダで食べれると聞いたら、早速向かう奴は少なくない。

 案の定、いくつかの部屋の電気が消える。

 公園の脇を、どやどやと駆けていく集団もいる。「まだメシ食ってなかったから、ラッキー」とか笑っている声もする。

 馬鹿だねえ、と老盗賊はひっそりと笑う。君がタダ飯につられている間に、こちらは君の部屋からめぼしいものをごっそりいただいていくよ。

 仕事がはじまる。

 老怪盗は植え込みから立ち上がり、悠然とマンションに向かって歩き出した。

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