そんな恋心、私は考える。

 次の日。また先輩は教室まで私を呼びにきた。

「今日もいいかしら。同じように、裏庭で待ってるから」

 その言葉を断りきる前に、先輩は走り去ってしまった。もし私が無理だと言ったら、どうするつもりだったのだろう。幸いなのか、今日も特に用事はない。



 放課後になって裏庭まで向かう。

 今日は私の方が先に到着したらしく、ベンチには誰も座っていない。散りかけの桜の花びらがあたりに吹き散っていて、どことなく儚さを感じさせる。こんな写真を撮るのもたまにはいいか。

 パシャリ。スマホで適当な構図を決めて、シャッターを下ろす。その音が遠くから聞こえたのか、先輩が後ろから駆け寄ってきた。

「何してるの?」

「写真撮ってたんです。ちょっといい景色だったので」

「へぇ〜。趣味とかそういうの?」

「……どうなんでしょう。なんとなく、思いついたら撮るもので」

 多分趣味と言えるほどのものでもない。少し凝ったりすることはあるけど、結局撮った写真の数は大したことないからだ。写真を保存した時に表示される保存数は、48を表示した。


「そうだ!」

 突然、先輩が大声をあげる。

「私たち、まだ連絡先とか交換していないじゃない!」

「……あぁ、そういえばそうでしたね」

 昨日のケーキも、そういえば食べるだけ食べて終わり。分かれ道に差し掛かったところで、先輩とは別れてしまった。なんだかんだその機会はなかったな。私から思いつくこともなかったし。

「今すぐ交換しましょ!ねぇ、いいでしょ?」

「えっと、まぁ大丈夫ですから。落ち着いてください」

 いつにも増して興奮してないか、この人。

 三日連続で裏庭で密会をしているわけだけど、未だに噂が立たないのは本当に助かる……。そろそろ何か手を打つ必要はありそうだけど。


 最近のスマホは本当に楽だ。赤外線通信すらする必要はなく、QRコードを読み取るだけで簡単に連絡先を交換できるのだ。

 私はもともとそれほどSNSはやらないのだが、友人がやっているとなれば話は別だ。中学生の頃はほとんど触っていなかったのに、今はほとんどの連絡をそれで済ませてしまっている。

「これで叶さんの連絡先ゲット、ね。えへへ……」

 あぁ、可愛いなこんちくしょう。恋心なんかなくても、同性同士だったとしても、結局美人は得をするんだな、って。




「それで、今日の用事って連絡先のことだったんですか?」

 下校の道すがら先輩に尋ねる。

「えぇまぁ。これさえあれば、叶さんといつでもどこでもお話できるわけじゃない?」

「だから急いでたんですね。納得しました」

 明日からは土日を挟むから、あのままだったらお互いに話をすることもなかっただろう。そういう理由があったんだろうと考える。


「土日、どこか行ったりするかしら?何も用事がないなら、一緒に行きたいところがあるんだけど」

「またですか?うちって一応進学校ですし、勉強もしないといけないんじゃ……」

「その時は私がつきっきりで教えるわ。学年主席の座に誓って、叶さんの成績は下げさせないから!」

「そうですか、それは頼もしい限りです」


 夕日が山の後ろに隠れようという頃。ようやく先輩と私が分かれる道まできた。

「また何かあったら連絡しますから」

「わかったわ。勉強でわからないところとか、なんでも聞いてちょうだいね?」

「はいはい、わかりましたよ」

 生返事を返しても、先輩はいつも楽しそうだ。恋をするって、こんなにも活気に満ち溢れているものなんだ。私には到底足りていない。

「それじゃまた」

「えぇ、また」

 その挨拶を最後に、振り返らない。もし私が振り返ったら、先輩はいつまでも手を振り続けてくれるだろうから。お互いのために、早く家路につくべきだと思うから。

 決して名残惜しさを感じているわけじゃない。

 私はまだ、そんな場所まで到達できていない。




 もし私にも好きな人ができたとしたら、先輩のようになれるのだろうか。

「先輩みたいになれるなんて、甘えてる証拠だけどね……」

 そんな誰にも聞こえない独り言で、自分を責める。


 思えば謎だらけなんだ。先輩が私を好きになった出来事を知らないし、恋心がどんなものなのか理解できていないし、これからのことなんて何も見えていない。

 私たちの関係を隠していかなきゃいけないっていうのも、私の想像でしかないんだ。ファンクラブだって、その実態を把握したわけじゃない。その人気ぶりは真実だけど。


 ピロリン。

 軽快な音と主に、スマホが震える。メールが来たのはすぐに把握できた。きっと差出人は――

「まぁ、先輩だよね」

『もし明日暇なら、一緒に古書店に行かない?オススメの参考書があるの』

 もっともらしい理由の文面だけど、その魂胆はバレバレだ。要は私と会いたい、それだけなんだから。


「あ、し、た、は、だ、い、じ……ょ、う、ぶ、で、す、と」

 まだまだスマホの使い勝手にあまり慣れていない。

 特にフリック操作とかいう、意味のわからない入力方法が気持ち悪くて仕方がない。一時期はキーボード入力を使っていたけど、画面の小ささゆえ誤字が多発するので、仕方なくこちらを使い続けている。


 思えば何をするにも不器用な気さえしてしまう。こんな風に考えてしまうことが、もはや不器用であることの証明にも聞こえてしまう。

 勉強だってそう。今のところ小テストは満点をとっているけど、それだっていつ崩れるかわからない。勉強のために勉強をするような、そんな有様が続いてしまっているのかもしれない。


 だいたい、先輩との関係だって歪なものだ。

 私が適当にフってしまったほうが正解だったのかもしれない。そうすれば先輩はまた新しい、ふさわしい恋の相手を見つけたかもしれないし。私にはとことん不釣り合いだし。





 幼い頃見た、人形劇のお話を夢に見た。

 それが一体どんな物語だったのかはもう覚えていないけれど、たった一体の人形だけは鮮明に覚えている。

 彼の名前はキッド。凄腕のガンマンで、狙った獲物は百発百中。今まで外したことは一度もない。西部劇らしいキャラクターで、キザなセリフがとても目立っていた。


 彼と先輩に共通していることは二つある。

 一つは才能。彼には銃の才能が、先輩には勉学――賢いという才能が確かにあった。その才能のきらめきは人を惹きつけて止まず、美しさは数多の瞳を奪う。

 もう一つはキャラクター性。人々に愛されるために生まれたような、愛嬌のある性格やセリフ。そこに演技は存在せず、彼・彼女の全てが愛される。


 私はどうだろうか。

 普通の女の子。100人中80人くらいはそう答えて、ハイおしまい。そんなところだろう。

 目立てるようなものなんて何一つ持っていないし、私みたいな女の子なんて掃いて捨てるほどいる。たまたま先輩につまみ上げられたのなんて、運が少しよかった程度のことだ。

 現に私は歪んでいる。恋愛感情をあまりにも知らなさすぎるせいで、先輩の言動や行動に振り回されっぱなしなのだから。

 返事の保留だってただ甘えているだけに過ぎない。心の中では「先輩を不用意に傷つけないように」とか、「きちんと心の整理をつけて断った方が後腐れない」とか。もっともらしい理由をつけて、曖昧なままの関係にしてしまっているのは誰だよ、まったく。




 早朝の太陽の光は鈍い。青色がかった灰色の光が、カーテンを通して部屋いっぱいに差し込んでくる。

 気づいたら寝落ちしてしまっていたんだな。歯磨きとかはしてたし、いつ寝てもいいように準備していたからいいけど。


 ふと電話を見る。そういえば充電していなかった。早く充電しないといけない。

 そう思いながら充電器に接続すると、昨日のうちに先輩の返信が来ていたことをようやく知った。あの人、私がいないとすぐに狼狽するからなぁ。返信が遅れたことは謝っておこう。




『よかった!楽しみにしてるわ!』




 深い、深い夢を見ていた気がする。

 それは子どもの頃見ていた人形劇の夢だったけれど、その夢を見ながら私は一体何を考えていたのだろうか?思い出そうとしても、何も記憶には残っていない。

 きっと杞憂に違いない。何も迷うことはない。私はきっと……きっと、不釣り合いな女だから。

 不釣り合いで、仮の彼女だから。それならそれらしく、私はいればいいんだろう。

「あーあ、なんだったっけなぁ……」

 もう、夢の内容すら思い出せない。

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