そんな放課後デート、私は楽しむ。

 前回までのあらすじ。学園の人気者、神崎先輩と同性カップルとしてお試しのお付き合いをさせていただくことになりました。私もよくわかってません、えぇ。


「宮崎、どうしたの?」

「え?」

「なんか朝からぼーっとしてるみたいだけど」

「そう見えるかな、あはは……」

 昨日の今日で不安だったのが顔に出てたかな。まぁ突然付き合ってください!なんて言われる経験、今生じゃ最初で最後かもしれないし。むしろ面くらわず平然としてる方がおかしいよね、うん。

 とりあえずこの話は私は隠しておくことに決めた。まだ何にもはっきり決まってないのに、こんな話が学校中に出回ったらたまったものじゃない。ファンクラブも非公式的にあるらしいし、連中に休み時間中追っかけられるなんてことになったら、学校に安息の場はなくなってしまうだろう。

 とにもかくにも、今は平穏に過ごそう。先輩も悪い噂を立てられることのリスクは、重々承知しているはずだ。全力で隠し通せば一ヶ月くらいは持つだ――

「宮崎さーん、神崎先輩が用事あるっていってるよー!」

 ――無念。私の平穏な学校生活は、ここで終わってしまうようです。さようなら青春。


「ちょっと、いきなり呼び出すって何事ですか!」

 他の人には聞こえないよう、できるだけ小声にしながら叫ぶ。

「少し聞きたいことがあったのよ。今日放課後は暇かしら?」

「放課後ですか。少しだけならいいですけど、用事があるので長時間は……」

「それなら大丈夫だと思うわ。放課後またここに来るわね」

「ちょーっと待ってください!」

 また教室に来られでもしたら、私の心臓が緊張感と恐怖感で破裂してしまいかねない。いや、きっと破裂するだろう。

「昨日みたいな感じで良くないですか?あそこならベンチもあるし、そんなに待つこともないでしょうから。ね?」

 お願いだから、肩身が狭くなりそうなことは避けてほしい。というか察して。お願いですから。

「そ、そうね。それならいいかも……」

 昨日のことを思い出しているのか、どことなく先輩の頬のあたりが赤くなっている。かなり泣き腫らしてたけど、一時的に感情が爆発した結果なのかな。

「それじゃあまた放課後ね!」

「あぁ、はい」

 私はまだそんなに、本格的に誰かに恋したことがないからわからない。先輩がどれほど私に恋い焦がれ、一喜一憂しているのかは差し測れない。こんな歪な付き合いが続けば、いつかはその切れ端をつかむことができるんだろうか?

 気持ちを共有できるかはわからないけど、同じような視点に立てたとしたら……大人になれるってことなのかな。


 放課後。

 約束通り裏庭に来たが、先輩は先にベンチで座って本を読んでいた。前評判で色眼鏡がかかっているとしても、神崎先輩はかなり美人だから、こうしてはたから見ているとかなり絵になる。

「すみません先輩、待たせちゃいましたか?」

 急いで先輩の元に駆け寄る。授業が終わってすぐに来たから、正直そんなに遅れた感じでもないのだけれど。

「安心して、私も数分くらい前にきたばっかりだから」

「そういえば用事ってのはどのくらいかかりますか?」

「んー、一時間くらいかな?大丈夫かしら?」

「まぁそれくらいなら」

 けれど一時間の用事というと、そこそこ大ごとなのかな?書類の整理とか本棚の整理とか……。そういう用事ならそれくらいかかってもおかしいけれど。

「私たち、帰り道一緒でしょう?詳しいことは帰りながら話そうと思うの」

「あれ、学校関連じゃないんですか?」

「完全なプライベートだから安心して、ねっ?」

 あんまり安心できない。部活をやってる人たちはまだいいけど、普通に下校している生徒たちに、先輩と一緒に帰る姿を見られるのはなんかまずい気がする。

 熱心なファンがいないことを祈ろう。夜道には十分気をつけよう。うん。


 門をくぐるまで死にそうなほど恥ずかしかった。

 すれ違う生徒のほぼ全員が、神崎先輩に挨拶していくのだ。私もつられて何度か挨拶したけど、とにかく視線を向けられ続けるのは心臓に悪いよ、まったく……。

「それで、用事っていうのはなんなんでしょうか?」

「実はこんなものを用意したの」

 そういって先輩が取り出したのは紙切れ2枚。『ケーキバイキング半額!』という文字が大きく書かれている。

「ちょうど一緒の方向に帰るし、ケーキ屋さんも通りがかるし、一緒にどうかと思って。どう、どう?」

 わんこか。

「ケーキですか。私は構いませんよ。でもよく手に入れましたねそんなもの」

「これは……えっとその、こういう時のために、とっておいたから」

 また顔が赤くなり始めてる。感情が表に出やすいというか、なんだか子供っぽい。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花――誰が言い始めたかは知らないが、神崎先輩のことを学園では少数がそう読んでいた。今の姿を見たら卒倒するだろうな。それはそれで見てみたい気もするけど、私に飛び火するのは火を見るより明らかなのでやめておこう。

 しかし私も女の子としてケーキは好きだから、この誘いはちょっと嬉しい。半額という文字もお財布に優しいし、先輩への好感度が少し上がりそう。

「っていうか、本当に私に惚れてるんですね。どこがそんなに気に入ったんですか?」

「強いて言えば全部?」

 やだ、なんか怖い。

「こう、もっと具体的に何かないんですか?」

「具体的に……。背が少し低くて小動物みたいなところとか、真剣に本と向き合いながら読んでた姿とか――」

「やっぱいいです。私の頭が沸騰しそう」

 人にこんなふうに褒められるのって、本当に恥ずかしいな。


 さて、ケーキ屋さんに着いたけど……。

「その券、本当に私と使っていいんですか?」

「もちろん。一緒にケーキ食べて、楽しむのが夢の一つだったから」

「これが俗にいう、放課後デートってやつなんですかね?」

「……そう意識すると、なんだか緊張してきたわ」

「とりあえずケーキ、ケーキ選んで食べちゃいましょう。ね?」

 要介護者みたいになってるけど、絵面大丈夫かな?とりあえず下校中の他の生徒に見つからないよう、先に選んで奥の席を確保しておこうか。

 でもいっぱいあるなぁ。ショートケーキ、モンブラン、ガトーショコラ……。小さいサイズしか選べないけど、少しお値段は財布に優しかった。夕飯前にたくさん食べるわけにもいかないし、これくらいがちょうどいいのかも。

 適当に2、3個つまんでいこうか。


「じゃあいただきます」

「いただきまーす」

 先輩の見えない尻尾がブンブン横に振られているのが、なんとなくわかってしまう。いただきますの声ですら、いつもより少しテンションが高い。私がいるのもそうだろうけど、ケーキパワーもあるだろうからね。

 さて、一口。

「ん、美味しいですね。甘くてとろけるみたいで……」

「それ、一口いいかしら?」

「まぁいいですよ」

 その掛け声に反応して、先輩が小さく口を開けた。これってそういうことなのか。

「……あーんしろってことですか?」

「……ダメ?」

 こういう時だけそんな顔してもダメです。と言おうとしたけど、拗ねられるとそれはそれで面倒そうだなぁ。いつのまにかご機嫌取りまで仕事に加わっちゃってるぞ。

「しょうがないですね、口開けてください」

「本当!?やった!」

 こうやって子供みたいにはしゃぐ姿を見てると、先輩が優秀な人物だという事実をうっかり忘れてしまいそうになる。……本当に成績優秀な神崎先輩なんだよね?

「あーーーーん」

「あーーーーむっ。……んーっ!!」

 もう一挙手一投足全部が楽しそうだ。私ももっと純粋に、ケーキを楽しまないと損だなこれは。一応半額のチケットを用意したのは先輩なんだし、感謝しながら頬ばろう。

 あー、甘い。先輩の笑顔と合わさって、ケーキがさらに甘い。可愛らしいというか、美人なのはこういう時ずるいでしょ。


「あー美味しかった、ごちそうさま」

「じゃあお会計払っておきますから、割引券もらえますか?」

 結構食べたし、優しい値段のバイキングだったから、これくらいはしないといけないだろう。神様にバチが当たる。

「え、ダメよ。今回誘ったのは私なんだから」

「いやでも、割引券用意したのは先輩ですし」

「んー……。これは水掛け論になりそうだし、割り勘で妥協しましょう。それでお互いチャラってことで」

 それだと私、自分の分払うだけだから意味なくないですかね?でもなんだか断れなさそうなオーラを、身体中に張り巡らせている先輩が見えた。

「わかりました、そういうことにしましょう」

 まぁこれは私の中で借りにして、今度何かの形で返すのが一番いいか。これは先輩に言ったらまた駄々をこねそうだから言わないけどね。

 放課後デートかぁ。先輩が楽しめたのは何よりです。ありがとうございました。

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