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◇◇◇
約束の時間よりも早く着いてしまい駅前でぼんやり立っていると、人波の中に一際目立つ人物を見付けた。
「ごめん! 待たせた?」
私に気付いた義人さんが小走りに駆け寄る。
「ううん。今来たところです」
「ホント? 良かったー」
ホッと胸を撫で下ろす義人さんへ、
「はい、これ。忘れないうちに」
「おー、ありがとう!」
ネックレスを差し出すと、すぐに身に付ける。土曜の昼下がりということもあり、道は人で賑わっていた。
「昨日の、奈央に話した?」
私は首を横に振る。
「大変な時期だろうし、余計なことで煩わせたくないですから…」
違う。本当は、無関心な反応が返ってくるのが怖くて言えないだけだ。
「そっか。じゃあ俺も黙っておく」
「ありがとうござ――」
ドン、とすれ違いざま人と肩がぶつかる。それを見ていた義人さんが、ふいに私の手をとった。
名前を呼びかけて口を閉じる。こんな場所で呼んだら騒ぎになってしまう。
何も言わずに義人さんは、手を握ったまま私の先を歩いている。少し歩いてその意味に気付く。先に歩くことで、人とぶつからないように私を背中に守ってくれていた。
「…ありがとう」
呟いた声は小さすぎて彼の耳には届かなかったようだ。目の前の広い背中をじっと見つめる。…なんだか、すごく安心した。
相手が奈央だったら、きっとこうはいかない。ドキドキして息苦しくて、行き場の無い想いをどうしたらいいのか自分でも持て余しているだろう。
望みの無い一本通行の恋。
視線を下に落とす。しっかりと繋がれたその手には、第二間接の辺りに痛々しい傷が出来ていた。
「手、平気でしたか?」
少しの間を置いて義人さんは、
「あー…、実はしばらく楽器弾けないかもしれなくて…」
「えっ?!」
私の大声に周囲が訝しげな視線を投げかける。けれど私には見えていなかった。
「弾けないって。それって…」
立ち止まった私を振り返る義人さんの顔が涙で滲む。
「えぇっ?! ちょっ…」
慌てて私を歩道脇に連れていくと、
「嘘。ごめん、冗談だから。ほら」
顔の前で手を広げて見せた。
「…本当に?」
「本当。だから泣かないで…って泣かせたのは俺か」
ごめんね、と自分の頭をかきながら苦笑いする。その彼の肩越しに女の子のグループが見えた。こちらの様子を伺っているような視線に思わず顔を背ける。
それに気付いたのか、義人さんは彼女達を
「行こっか?」
再び、私の手を取って歩きだした。
「ちょっ…、あのっ」
手を抜こうにもビクともしない。周りの目が怖くて前を向けないでいると、
「穂花ちゃん」
呼ばれて見上げた彼の背中は堂々としていた。
「なんにも悪いことしてないから。ちゃんと前見て歩きな」
なんで俯いてるって分かったんだろう。
「…昨日から助けてもらってばかりですね」
「いいよ。全部貸しにしてあるから」
「貸し、ですか?」
どうしよう。今日そんなにお金持ってきてない。
「俺の貸し高いよー? 昨日の分と合わせて二個ほどお願い聞いてもらおうかな」
「覚悟しておきます…」
固唾を飲み、次の言葉を待つ私に義人さんは、
「一つ、俺に敬語は使わないこと」
振り返るとニッコリ笑って続けた。
「二つ、俺をさん付けで呼ばない。もう、そんな他人行儀な関係でもないでしょ?」
「……義人、君?」
「君付けも禁止。分かった?」
胸がいっぱいで、小さく頷くことしか出来ない。
「よし。じゃあ、さっそくスタジオ遊び来てよ。昨日、他の奴らとあんま喋んなかったでしょ?」
そう言って、ポンと頭に手を置く。スタジオに向かって歩き出した義人さ…義人の手を引く。
「ん?」
優しく微笑むその瞳に映る私は、どんな顔をしているんだろう。
「…ありがとう。……義人」
初めて呼び捨てた声は、自分でも驚くほど緊張していて、
「どういたしまして」
嬉しそうに笑う彼から目が離せなかった。
◇◇◇
触らぬ神に祟りなしとばかりに、チカは黙々とギターに向かっている。
手持ち無沙汰な俺は、誰かが置いていったマンガを読んでいた。滑らかに動くチカの指があるフレーズを弾いた瞬間、
「止めろ」
思った以上に冷たい声になってしまったと、言った後で後悔した。分かった、と小さく返してギターは違う音色を奏で始めた。
時間が過ぎればいつか聴けるようになる。
そう自分自身に言い続けて早二年。聴くどころか未だ短いフレーズにすら反応してしまう。この曲を書いた当時の俺は、まさかこんな未来が待っているとは思いもしなかっただろう。
どれだけ時間が過ぎても、曲の中の俺達は幸せなまま時が止まっている。現実の俺を残して。
もう二度と、誰かの為に曲は作らない。その決意は未だ
ふいに入り口の方が騒がしくなり、顔を上げるとそこには見慣れた顔に混ざって穂花の姿が見えた。
「二人とも早いね」
着いて早々にタバコをふかす悠介の横で、穂花が俺に手を振る。
「下でバッタリ会ってさ」
そう言って智が笑いかける義人の首には、さっきまで無かったはずのネックレスがあった。
「…見つかったんだ。ネックレス」
――一瞬、絡む二人の視線。
「あー、カバンの底にあった」
智となにやら箱を覗き込んでいた穂花は、義人の答えに申し訳なさそうに目を伏せた。
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