あぁ、俺はこいつが好きなんだ。
1
――いつからだろう、この気持ちに気が付いたのは。
◇◇◇
美樹とカフェでお茶している時だった。聞き慣れた音が耳に届く。
「あ、ニーナじゃない? この曲、いいよね」
ニューシングル『BRIGHTEST.』は、前作『missing』とは一転し、駆け抜けるような想いの強さを全面に押し出した、ロック色の強い仕上がりとなった。こういった音の幅広さもニーナの持ち味の一つだろう。
「最近はどう? 仕事。忙しいみたいだけど慣れてきた?」
「うん、ちょっとは。ごめんね、急な呼び出しが多くて」
ついこの間も奈央から呼び出されてしまい、美樹との約束をドタキャンしてしまった。カフェラテを飲みながら曲に耳を澄ませていると、
「…穂花さ、新しい職場で好きな人でも出来た?」
突然、美樹が言った。
「えっ? なに、急に」
「んー…なんとなく? 雰囲気変わったっていうか。女っぽくなったかも」
相変わらず鋭い観察眼。いつかボロが出てしまいそうで怖い。
「恋愛なんてする暇ないよー」
「そんなに忙しいんだ? 今のとこ」
曖昧に苦笑して返す。美樹は肩をすくめて、それ以上詮索はしなかった。
「そう言えば――」
美樹が言いかけた時、スマホが着信を告げる。出なくても分かる。きっと奈央からだ。
「出なくていいの?」
「うん。すぐ切れるから」
案の定、すぐに振動は止んだ。
「さて、帰るとしますか」
美樹は席を立ち上がり、私のスマホへと目をやる。
「穂花もお呼び出しがかかったみたいだしね」
私の都合を分かってくれる美樹だけが、今でも遊べる唯一の女友達だ。
初めの内は許してくれていた他の友達も、度重なるキャンセルに連絡は次第に遠退いていった。また連絡することを約束して美樹と別れた後、すぐにかけ直した電話は、一コールもしないで繋がった。
「もしもし? さっきは出れなくてごめんね」
「ねーむーいーっ」
開口一番にそう訴える奈央。
「分かった、今どこにいる?」
「この前と同じとこ」
そのスタジオなら、ここから十五分程で行けるはずだ。こうした急な呼び出しの場合は、出来るだけ早く着くように西岡さんに言われている。すぐに行くから、と電話を切り私はタクシーを止めた。
道がすいていたおかげで予定よりも早く着けた。
警備員のおじさんにジロリと睨まれるも、話はつけてもらえているはずなので、会釈して通ろうとした時だ。
「どちらへご用件ですか?」
呼び止められ慌てる。
「えっと…」
奈央の名前を出していいのか分からず、答えられないでいると、
「困るんですよね。お約束を取り付けてから来て頂けますか?」
と、警備員は外に押し戻そうとする。
「あ、あのっ、違います。私…」
「穂花っ」
ロビーから奈央の声がして、警備員の手が止まる。
「すんません。その子呼んだの俺なんで」
苦笑する奈央に警備員も慌てて私を解放する。
「ごめん、ちゃんと連絡入れといてって頼んだんだけど」
「ううん。早く着いたから行き違っちゃったのかもね」
今の生活が始まって、もうすぐ三ヵ月。奈央はいつからか、私を『穂花』と呼ぶようになっていた。
この間に、ニーナは念願の日本武道館でのライブを決行。チケットは即日ソールドアウトし、ライブは大成功ののち幕を下ろした。名実共に認められ各方面に引っ張りだこな彼らは、休む間も無く現在はアルバム制作に追われている。
スタジオのドアを開けると、ちょうど休憩中なのか他のメンバーも各自まったりと過ごしていた。
「あ! 来た来たっ」
いち早く私に気付いた義人さんが笑顔で手を振る。
「お久しぶりです。お邪魔してます」
「武道館以来だね。元気してた?」
チカさんも会話に加わり、その隣でノートパソコンを覗き込んでいた悠ちゃん(いつだったかついポロッとそう呼んでしまい、本人直々にOKをもらった)も手を振って挨拶してくれた。
「今日はスタッフも穂花のこと知ってる人しかいないし、そしたら久しぶりに会いたいから呼べって言われてさ」
「もう一度見たくて。あの見事な爆睡っぷりを」
義人さんは武道館の時を思い出したのかニヤニヤと笑う。するとチカさんも、
「確かに見事だったよなぁ。ラリホーでもかけられたみたいだった」
「いやっ、あれはむしろラリホーマだろ!」
横で二人の会話を聞いていた悠ちゃんが爆笑する。
「うっさいわ、お前ら。もういい? 穂花、行くよ」
反論出来ず悔しいのか奈央はそう言い捨てると、まだ笑い声の残るスタジオを後にした。
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