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「あくまでもビジネスとして契約するんですから、関係持たないで下さいよ?」
「……やっぱあの部屋は勘弁してくんない?」
「じゃあ、マスコミが落ち着くまで不眠不休でやっていくんですね」
そんなの無理に決まってる。
「一週間」
深く息をついて西岡さんが言った。
「一週間の間に気持ちを切り変えて下さい」
「…二年引きずってることを一週間で切り変えろと」
こんな我儘が通用するとは思っていない。けれど言わずにはいられなかった。
「今夜から候補の人を連れていきますから」
当て付けるように俺は大きくため息をつく。
「ヤルな、って俺は構わないけど向こうは納得済みなの? 弁解するわけじゃないけど、誘ってきたのは向こうだから」
自分から行動に移したのは一番最初に抱いた女だけ。
「ちゃんと事前に約束してもらいますから。奈央さんと関係は持たないって」
「約束ねぇ…」
思わず失笑を浮かべる。
「分かった。その約束守れる子いたら、隣に住んでもいいよ」
守れるヤツなんているわけがない。そう思っていた。
日毎用意される候補は、俺がほんの少し雰囲気を漂わせただけで、約束など忘れ腕の中に落ちていく。
だから、あの時は驚きを隠せなかった。いつものように、部屋で西岡さんが連れてくる契約者を待っていると、
「え…何これ。どういうこと?」
――強ばった表情の穂花ちゃんが入ってきた。
「待って。俺聞いてない。何で彼女が?」
一人平然としている西岡さんに問うと、
「それは奈央さんが一番よく分かってるんじゃないですか?」
「……っ」
西岡さんは初めから気付いていた。彼女以上の薬は無いと。それを俺に分からせる為に、わざわざこんな回りくどい方法をとった。
「ごめん。西岡さんとの話が済むまで、寝室で待ってて」
不安げな目をしたまま、穂花ちゃんは部屋を後にした。
「…よく見付けたなぁ」
嫌味を込めて言ってやると、
「悠さんから聞きましたよ。何も無くても眠れたって。そんな子がいたなら教えて下さいよ。うん、松島さんなら大丈夫そうですね」
「アホくさ」
苛立たしくソファーに腰を降ろし、煙草に手を伸ばす。
「説明は任せますから。
「…家は?」
あの日のまま、時が止まっているあの部屋。
「松島さんは既に一度守ってますからね。隣に住まわせるのが嫌なら、奈央さんから誘ったみたらどうです?」
眠気はピークで、そんな余裕はとてもじゃないが無かった。
「それじゃあ隣に住む方向で進めますね」
玄関に向かう背を重い気持ちで見送りながら、寝室をノックする。
「お待たせ。話終わったからこっちおいで」
彼女の腕の中で、ペコが心地よさそうに目をつぶっていた。
「さて、と。どっから説明しようか」
疑うことなど知らない綺麗な目に、信じることを忘れた薄汚い自分が、卑屈な笑みを浮かべ映っていた――。
そう、穂花ちゃんは知らない。
本当は眠れなくなった原因が分かっていることを。分かっているからこそどうにも出来ず、中身の無い関係を繰り返してきたことも。
今の俺をあいつが見ていたら、何て言うだろうか。何もかも分かったうえで、全て受け入れてくれるだろうか。仕方ないわね、なんて。あのいつもの困ったような笑顔で。
「奈央さん、そろそろ始めまーす」
呼びに来たスタッフに片手を上げて応える。一度も口にしなかった煙草はその形のまま灰になっていて、応えたはずみでボロリと崩れた。
形あるモノが、燃えて灰になり、跡形を無くす。
――まゆ。
もう二度と出会えないはずの君を今でも探してしまうのは、君の不在を受け入れられないから。
もしも時を戻せる方法があるならば、他の何を差し出してでも手に入れるだろう。そして、迷うこと無く『あの日』に還るだろう。
どれだけ声を枯らし名を叫んでも、君は応えない。
壊れるほど強くこの腕に抱いても、君は返してくれない。
これから先もきっと、矛盾する心を抱えたまま歩いてゆくんだろう。もう誰にも心を預けずに。もう二度と、あんな思いはしないように。
一人で生きていくと、決めたのだから。
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