2


 結局、『奈央が煙草に火をつけている画像』に決まり十五分後にサイトを確認することになった。それを見て、信用出来ると思ったら私から西岡さんへ電話をする。

 ――時間だ。サイトのトップを見ただけで、心臓が大きく跳ねた。

 【WHAT'S NEW】という一覧のトップにブログ更新の文字。震える指先でタップすると、画面には今日の日付の下にいつものようにマネージャーからの一言が添えられている。

 『ご要望の奈央さんです』

「…嘘」

 それは間違いなく私のリクエストした通り、煙草を口にくわえ火をつけようとする奈央の画像だった。



 ◇◇◇


 一夜明け、メモを片手に慣れない道を歩く。

 昨日、サイトを見た後、すぐ西岡さんに電話をかけ直した。

「…話って何ですか?」

『電話を貰えたってことは、信じてもらえたんですね。良かったです』

「あれを見て疑えって方が無理です」

 平然と話しつつも、内心は何を言われるのかとドキドキしていた。

『出来れば直接お会いしたいんですが、時間取れますか?』

「分かりました。明日でもいいですか?」

 とにかく早く話を聞きたかった。気になって、このままじゃきっと仕事もろくに出来やしない。

『本当ですか? 助かります。じゃあ場所を言うので書き留めて下さい』

 最寄り駅を聞いた瞬間、ギクリとした。奈央のマンションから帰る時に使った駅だったから。

『分からなかったらタクシー使って下さい。領収書があればこちらで負担しますし』

 西岡さんは知っているんだろうか。私が奈央の家に行ったことを。

「あの…一つ聞いてもいいですか?」

『何でしょう?』

「お話ってどんな内容ですか?」

 どうしても、これだけは確認しておきたい。西岡さんは小さく笑った後、こう続けた。

『松島さんの考え方にもよりますけど、少なくとも悪い話じゃないと僕は思いますよ』


 駅から歩く事、十数分。やがて見覚えのある道に出た。

「やっぱり…」

 角を曲がり、正面に現われたのは奈央の住むマンションだった。着いたら連絡をすることになっていたのでスマホを取り出すと、一コールもしないで繋がる。

『今どこですか?』

「…目の前に大きなマンションが見えます」

『あ、そのマンションです。十九階まで来て下さい。オートロックなので中に入ったら部屋番号の…』

 西岡さんが何を考えているのか。どうして奈央の家に呼ぶのか、まったく分からない。泊まったことを注意されるのであれば、わざわざ家には呼ばないだろう。グルグルとループする思考の中、反面、心の片隅に沸き上がる微かな期待。

 ――また、奈央に会えるかもしれない。

「松島さんですか?」

 十九階に着くと、エレベーターを降りた先に一人の男性が待っていた。

「西岡です。初めまして」

「…初めまして」

 ファンクラブの会報で見たままの人だ。人当たりのいい笑顔を浮かべ、私の少し先を歩く。

「道とか平気でしたか?」

「あ、はい」

「そうですか。まあ、二回目ですもんね」

 その言葉に不自然なほど反応してしまったことに気付き、後悔する。やっぱり知ってるんだ。私が前に一度来ていると。

「ここです」

 奈央の家の前で足を止める。あの日、もう二度と開かないと思った扉がゆっくりと開いた。


「西岡さん? ずいぶん遅かっ…」

 リビングで出迎える奈央が、西岡さんの隣にいる私を見て絶句する。

「え…、何これ。どういうこと?」

「自己紹介は必要無いですよね。どうぞ、ソファーにかけて下さい」

「待って。俺聞いてない。何で彼女が?」

 苛立つ奈央に西岡さんは、

「それは奈央さんが一番よく分かってるんじゃないですか?」

 と、冷静さを崩さずに答える。その言葉に奈央は一瞬顔をしかめ、長い前髪を邪魔そうにかきあげる。私がいることで明らかに困惑していた。

「あ…あのっ。私、帰ります。すみませんでした」

「待って下さい。まだ話が…」

 張り詰めた空気に耐え切れず、逃げるように玄関へ引き返す私を、西岡さんの手が引き止める。すると私と西岡さんの間に奈央が割って入った。

「…まさか、何も説明しないで連れて来たの?」

 私を背中に守るように間に立つ。

「僕から説明するより、奈央さんから話してもらうべきだと思って」

 ニコリと笑う西岡さんを数秒見つめた後、奈央は再び髪をかきあげると、

「ごめん。西岡さんとの話が済むまで、寝室で待ってて」

 そう言って、私の頭を優しく撫でた。

「…分かりました」

 リビングを出てすぐ、背中でドアの閉まる音がした。おとなしく寝室に向かうと、ベットの上でペコが眠っていた。傍に腰を下ろし、起こさないように頭を撫でる。温かな感触に少し心が和む。

「…何を話してるんだろうね」

 困惑した奈央の表情が頭から離れなかった。あの様子じゃ私が来ると知らされていなかったみたいだ。一体、何が目的で西岡さんは私をここへ呼んだんだろう。

 しばらくしてドアをノックする音がして、奈央が顔を覗かせた。

「お待たせ。話終わったからこっちおいで」

「う、うん」

 廊下に出ると、玄関に西岡さんの姿が見えた。

「僕は事務所に戻るので、詳しい話は奈央さんから聞いて下さい。それじゃあ、奈央さん」

「…ん」

 どこか歯切れの悪い返事。人を呼び出すだけ呼び出しておいて、西岡さんはあっさりと帰ってしまった。

「さて、と」

 大きく息を吐きながら奈央が呟く。まるで、自分に言い聞かせるように。

「どっから説明しようか」



 今ならば分かる。

 何でこの時、奈央が少し困ったように笑ったのか。

 彼のそういった迷いや弱さや矛盾を、もう少し早く私が気付いてあげられたなら、未来はほんの少し変わっていたのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る