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結局、『奈央が煙草に火をつけている画像』に決まり十五分後にサイトを確認することになった。それを見て、信用出来ると思ったら私から西岡さんへ電話をする。
――時間だ。サイトのトップを見ただけで、心臓が大きく跳ねた。
【WHAT'S NEW】という一覧のトップにブログ更新の文字。震える指先でタップすると、画面には今日の日付の下にいつものようにマネージャーからの一言が添えられている。
『ご要望の奈央さんです』
「…嘘」
それは間違いなく私のリクエストした通り、煙草を口にくわえ火をつけようとする奈央の画像だった。
◇◇◇
一夜明け、メモを片手に慣れない道を歩く。
昨日、サイトを見た後、すぐ西岡さんに電話をかけ直した。
「…話って何ですか?」
『電話を貰えたってことは、信じてもらえたんですね。良かったです』
「あれを見て疑えって方が無理です」
平然と話しつつも、内心は何を言われるのかとドキドキしていた。
『出来れば直接お会いしたいんですが、時間取れますか?』
「分かりました。明日でもいいですか?」
とにかく早く話を聞きたかった。気になって、このままじゃきっと仕事もろくに出来やしない。
『本当ですか? 助かります。じゃあ場所を言うので書き留めて下さい』
最寄り駅を聞いた瞬間、ギクリとした。奈央のマンションから帰る時に使った駅だったから。
『分からなかったらタクシー使って下さい。領収書があればこちらで負担しますし』
西岡さんは知っているんだろうか。私が奈央の家に行ったことを。
「あの…一つ聞いてもいいですか?」
『何でしょう?』
「お話ってどんな内容ですか?」
どうしても、これだけは確認しておきたい。西岡さんは小さく笑った後、こう続けた。
『松島さんの考え方にもよりますけど、少なくとも悪い話じゃないと僕は思いますよ』
駅から歩く事、十数分。やがて見覚えのある道に出た。
「やっぱり…」
角を曲がり、正面に現われたのは奈央の住むマンションだった。着いたら連絡をすることになっていたのでスマホを取り出すと、一コールもしないで繋がる。
『今どこですか?』
「…目の前に大きなマンションが見えます」
『あ、そのマンションです。十九階まで来て下さい。オートロックなので中に入ったら部屋番号の…』
西岡さんが何を考えているのか。どうして奈央の家に呼ぶのか、まったく分からない。泊まったことを注意されるのであれば、わざわざ家には呼ばないだろう。グルグルとループする思考の中、反面、心の片隅に沸き上がる微かな期待。
――また、奈央に会えるかもしれない。
「松島さんですか?」
十九階に着くと、エレベーターを降りた先に一人の男性が待っていた。
「西岡です。初めまして」
「…初めまして」
ファンクラブの会報で見たままの人だ。人当たりのいい笑顔を浮かべ、私の少し先を歩く。
「道とか平気でしたか?」
「あ、はい」
「そうですか。まあ、二回目ですもんね」
その言葉に不自然なほど反応してしまったことに気付き、後悔する。やっぱり知ってるんだ。私が前に一度来ていると。
「ここです」
奈央の家の前で足を止める。あの日、もう二度と開かないと思った扉がゆっくりと開いた。
「西岡さん? ずいぶん遅かっ…」
リビングで出迎える奈央が、西岡さんの隣にいる私を見て絶句する。
「え…、何これ。どういうこと?」
「自己紹介は必要無いですよね。どうぞ、ソファーにかけて下さい」
「待って。俺聞いてない。何で彼女が?」
苛立つ奈央に西岡さんは、
「それは奈央さんが一番よく分かってるんじゃないですか?」
と、冷静さを崩さずに答える。その言葉に奈央は一瞬顔をしかめ、長い前髪を邪魔そうにかきあげる。私がいることで明らかに困惑していた。
「あ…あのっ。私、帰ります。すみませんでした」
「待って下さい。まだ話が…」
張り詰めた空気に耐え切れず、逃げるように玄関へ引き返す私を、西岡さんの手が引き止める。すると私と西岡さんの間に奈央が割って入った。
「…まさか、何も説明しないで連れて来たの?」
私を背中に守るように間に立つ。
「僕から説明するより、奈央さんから話してもらうべきだと思って」
ニコリと笑う西岡さんを数秒見つめた後、奈央は再び髪をかきあげると、
「ごめん。西岡さんとの話が済むまで、寝室で待ってて」
そう言って、私の頭を優しく撫でた。
「…分かりました」
リビングを出てすぐ、背中でドアの閉まる音がした。おとなしく寝室に向かうと、ベットの上でペコが眠っていた。傍に腰を下ろし、起こさないように頭を撫でる。温かな感触に少し心が和む。
「…何を話してるんだろうね」
困惑した奈央の表情が頭から離れなかった。あの様子じゃ私が来ると知らされていなかったみたいだ。一体、何が目的で西岡さんは私をここへ呼んだんだろう。
しばらくしてドアをノックする音がして、奈央が顔を覗かせた。
「お待たせ。話終わったからこっちおいで」
「う、うん」
廊下に出ると、玄関に西岡さんの姿が見えた。
「僕は事務所に戻るので、詳しい話は奈央さんから聞いて下さい。それじゃあ、奈央さん」
「…ん」
どこか歯切れの悪い返事。人を呼び出すだけ呼び出しておいて、西岡さんはあっさりと帰ってしまった。
「さて、と」
大きく息を吐きながら奈央が呟く。まるで、自分に言い聞かせるように。
「どっから説明しようか」
今ならば分かる。
何でこの時、奈央が少し困ったように笑ったのか。
彼のそういった迷いや弱さや矛盾を、もう少し早く私が気付いてあげられたなら、未来はほんの少し変わっていたのかもしれない。
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