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 ニーナ――。

 メンバーは、奈央・義人よしひとゆう・さとる・チカの五人。

 メジャーデビュー以来、メディアで彼らの名を見かけない日は無い。今期発売されたシングル『missing』は爆発的なセールスを記録し、彼らの名を不動のものとした。

 そのボーカルが今、私の前に立っている。


「放心してる」

 苦笑混じりに顔の前で、手のひらをかざされて我に返る。――これは…夢なんだろうか。

「なぁ、腹減らない?」

 その声に車の中の人をよくよく見れば、ベース担当の義人君で。ニーナのフロントが二人も揃っているというのに、まったく気付きもしなかった自分の間抜けさが情けないやら恥ずかしいやら…今すぐ、この場から逃げ出してしまいたかった。

「そう言えば晩飯食べてないもんなぁ。よし、飯行こ!」

 と、奈央は私の手をとった。

「わ、私もですか?」

「当たり前でしょ。こんなとこに置いとけないもん」

「いえっ、あの、結構です」

 手を振り解きたくても奈央の力は想像以上に強い。

 憧れていた本人を目の前に失恋話をして。その人達の広告を見ていたいからと寒空の下、一人佇む女。最悪だ。変なファンって思われない方がおかしい。

 なのに奈央はニッコリ笑うと、

「だって、さっき言ったじゃん。俺らの広告見てたいからここにいるって」

「言いましたけど…」

「本物が一緒なら、ここにいる必要無いでしょ?」

「え? ちょっ、待って下さ…」

 戸惑う私に構わず手を引く。すると、先程から様子を見ていた義人君が、

「奈央ね、君のことずいぶん気にかけてたんだよ」

 と、ニヤニヤしながら奈央を見た。

「お前は余計なことを…」

 奈央は私の手を離し、義人君に詰め寄る。

「しつこいヤツから助けてもらったんだって? 俺ら、さっき仕事終わったんだけど、帰る時になって奈央が寄りたいとこあるって言いだしてさ」

「義人ー」

「理由聞いたら『ホントに相手来てるかだけ確かめたい』って。すげー心配してたよなぁ?」

 最後の一言を奈央に向かって振るも、当の本人は余所を向き、しきりに耳元をいじっている。

「あれ、奈央が照れてる時の癖」

「…っ、義人! お前なぁ…」

 義人君は肩をすくめて車内に戻った。私はというと、義人君の言葉が頭の中でグルグル回り、奈央から視線を外せないでいる。…私のことを心配して、わざわざここに来てくれたの?

「あー…、ごめんなぁ。何かあいつが変なこと言って」

 デニムのポケットに手を突っ込み、奈央が苦笑いを浮かべる。

「あ…いえ。まさか奈央さんが…」

「奈央」

「え?」

「さん付け苦手だから。奈央でいいよ」

 そう言って、再び私の手をとった。

 

 (――やばい。泣きそう)

 

 誰よりも遠くて出会うはずの無い人が、私に向かって微笑む。紙面でも無く、テレビ越しでも無い笑顔。

「あ、俺まだ名前も聞いてなかった」

 ドアを開け助手席に座るよう促される。

「穂花…。松島まつしま穂花ほのかです」

「穂花ちゃんか」

 確かめるように繰り返しながら、奈央はサングラスを外した。その横顔は間違いなくニーナの奈央で。

「近くに俺らがよく行く店があるんだけど、穂花ちゃん好き嫌いある?」

 馴染んだように奈央の声が私の名を呼ぶ。

「俺、肉がいいなー」

「誰もお前になんて聞いてないから。俺は今、穂花ちゃんと話してんの。邪魔しないでくれる?」

 後部座席から身を乗り出す義人君に、さっきの仕返しとばかりに冷たく言い放つ。ライブのMCみたいな二人の素の会話が可笑しくて、思わず声に出して笑った。

「あ、良かった」

 ふと、前を見たまま奈央が呟く。

「今日会ってから、ちゃんと笑ってくれたの初めてだ」

「……」

 さり気ないその一言がぽっかりと空いた心に温かく広がって。涙で滲む視界に気付かれないよう、流れる景色に目を移す。

 雨が振りだしたのか窓に散らばる水滴が、街明かりを淡く浮かび上がらせている。この時間になっても人波は途切れる事を知らず、けれどそれを見ても、さっきまでのような孤独感に苛まれることは無かった。

 隣に――奈央がいるから。



 二十五年間生きてきた中で最低最悪だと思った夜に、私達は出会った。

 幾つもの偶然が重なって交差した二人の道。あなたと過ごした、あの日々。今は遠く、離れてしまったけれど。

 ――奈央。

 あなたとの出会いは運命だったと。偶然ではなく必然だったと。

 信じるくらい…許してくれるよね?

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