第16話 友達



 奈緒もそうだが拓哉とクラスが一緒になったことで僕の新学期の出だしはとても快調な滑り出しをみせていた。どれくらい快調かと言うと、ほとんどのクラスメイトと言葉を交わしお互いをファーストネームで呼ぶことが出来た。というのも二年F組ルールが決議されたのが一番の要因である。


 発起人は組替え発表当日のロングホームルームで選任されたクラス委員長――会長――こと天野大河であり、その抜群のカリスマ性で彼が就任初日で締結させた法案が、F組ルール通称「Fルール」である。


 我らが二年「F」組と友人つまりfriendのF、そして担任のGTF(グレートティーチャー福田)からもじって作られたこのルールには、いろいろな条例が組み込まれており、一つはお互い一言は言葉を交わし名前で呼び合うことである。これのお陰で何かと初代面同士で起こりがちのお互いを変に意識し過ぎてけん制し合ってしまい挙句の果てに生じる話しかけにくい雰囲気が、上手く解消されみんながお互いをしっかり級友と認識できることが出来た。



「雅~おはよ~」


「あ、千春さんおはようございます」


「相変わらず、雅は固いな~、千春さんなんて呼び方こそばゆくて鳥肌が立ちそう」


「あはは、そのうちなれるよ」



 五月に入るころには僕も奈緒以外の女の子から普通に呼び捨てで名前を呼ばれるようになっていた。まあ、常時羽織ることを義務付けられている茶色のブレザーを腰に巻き制服を大胆に着崩し、しかも片耳に校則違反のピアスをした千春さんは少し例外な気もするけど、奈緒の友人ってのもありほかの女子に比べたら別段僕との会話も多く、今日も気だるそうにあくびをする彼女に呼び止められた。



「奈緒のことは呼び捨てにし、肌と肌を過剰に触れさせるスキンシップをするのに、うちには小指一本触れやしない。もしかして、年齢=彼女いない歴ってホントなのかい?」


「そ、それは……」



 下駄箱でシューズに履き替え教室に2人で向かう道中、見るからに経験豊富そうな千春さんが妙に艶っぽい声色と目線で僕の全身を見渡し、最後にカラーコンタクトが入った大きな瞳でまっすぐ僕を見つめた。


美人だこの人とてつもなく。自分でもわかるくらい顔が赤くなっている。暑すぎて額に変な汗が湧き、うまい返しも思いつかず口ごもってしまった。



「ははは、いや~ごめんごめん。どうしても中世的な顔の男ってからかいたくなっちゃうんだよ~うち。今でも一緒に風呂に入る中三の弟になんか似ててさ、いや~可愛いな~雅は。食べちゃいたいくらいだよ」


「え、あ、そうなんだ」



 待て待て突っ込みどころが多すぎて返す言葉が出ない。僕が中世的な顔でからがいあるのはともかく、今でも中三の弟と風呂だと? 可愛くて食べちゃいたいだと? 



「大学生で頼もしい彼氏とは違うこの守ってあげたくなる感じ、母性本能をくすぐられるっての? 雅はなんか変な雰囲気もってるんだよね。あ、んじゃ、うちは化粧直すからまた教室でね」



 すべての発言を問いただす間もなく女子トイレに消えていった千春さん。チェック柄のスカートを見事なミニスカにし、長いおみ足はモデル並みで歩き去る後姿はスタイリッシュ。腰まで伸びた髪は良く手入れをされた栗色をしており、今どきの女子高生って感じでブラウスから透けた派手な見せブラは、今だかつて同じ柄を僕も情報通の拓哉も見たことがない。



 そんな彼女も青春を謳歌している一人であり、大学生のイケメンの彼氏を持つ僕を奈緒以外で容赦なくいじる女子である。そんな彼女を見ていると恋愛ってのは自由であり、成就のさせ方、楽しみ方も千差万別、僕はそんな彼女の人柄と自分らしく己に嘘をつかない姿に好意を持ちいい刺激を受けている。



「は、春香さん、お、おはよう」


「あ、雅くんおはようございます」


「きょ、今日もいい天気だね?」


「そうだね。日差しがポカポカしてて気持ちがいいね」


「こ、こんな日は、屋上でお昼寝して一日を過ごすなんて最高だと思わない?」


「授業をサボるのはだめだけど、許可が出るならみんなでお昼寝したいね」



 千春さんとのやり取りを経てのこの会話である。誠に気の利いた会話が思いつかず、初めてのお見合いで緊張しまくっているさえない男が言いそうなセリフしか僕の口は紡がない。一方で、朝陽を浴びて明眸皓歯、春香さんは自分の席に座り窓の外を見つめニコニコと表情を和ませ彼女特有のお嬢様オーラを今日もふんわりと放出している。



 聞くところ、彼女はなかなかの家系で育ったお嬢様のようである。一カ月で少しだけど、春香さんのことが分かってきた。一つは一人っ子であり、料理が得意だということ。昼食の弁当はもっぱら彼女の自作なんだとか。昨日は確かキャラ弁というやつだった。

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