　やっぱり気心知れた人間が一人でもクラスにいればその年は安寧と言えるから。

　近年、中高合わせて生徒数が一万五千人を超える勢いを見せる我が学園の状況を考慮すれば、クラスが一緒になるだけで奇跡だ！　奇跡が起きた！　と大騒ぎ出来る。そのくらいこの学園は生徒が多く、奈緒が奇妙な方法でお互いのクラスを探すのも無理もない。

　どうせ奈緒の事だ。クラス替えで臆する事は絶対にないから、小心者な僕を気遣い先にクラスを見つけてくれているのだろう。ホント、お節介焼きの幼馴染だ。

「あ、あった。あったぞ僕と奈緒の名前！　春香さんって子の隣と前！」

「え！　どれどれ！　ぁ……嘘、ハルカ……？　え、同じクラスなの？　嘘でしょ？」

「やった、全然知らない連中ばかりだけど、奈緒がいるだけで天国だ！　やった！」

　席順をそのまま紙に書き出した形式のクラス替え表――二年Ｆ組に僕と奈緒の名前が斜向かいで記載されていた。隣のクラス表を見ていた奈緒は、僕の指先を追って数秒後、一点を見つめ口を押さえて黙り込んでしまった。

　奈緒以外知らないと言っても過言ではないクラス。もしかしたら奈緒も僕以外は知らない人ばかりでそれを悲観に感じて涙目になっているのかも。友だち思いだからこその悲しい運命ってやつか。春休み前に誓った友情が多い分、こみ上げるものもまた多いのかもしれない。少しは僕も感慨深そうな表情した方がいいのか考えてしまう。

　でも、僕は全く落ち込んでなどいない。去年のクラス替え――中高一貫校だと言うのに顔見知りすらいなかった悲劇を思い返せば、奈緒には悪いが今回のクラスは楽園とまで過言出来る。全員知らない名前でも、奈緒がいればそれだけで今年は良い一年になると断言できる。奈緒もそう思ってくれると嬉しいのがどうだろうか。

「奈緒、僕がいるんだからそんなに落ち込むなよ！　僕だって奈緒以外は知らない人しかいないんだから」

「……私以外知らないの？　そっか、そうだよね、なら“もう”大丈夫だよね」

「落ち込むなんて奈緒らしくもないぞ！　ほら笑顔笑顔！」

「むぎゅううう、ふぉぺちゃひっぴゃらないで」

　男女関係なしに不規則な並びになる自身のクラス表を、柄にもなく呆然と眺めている奈緒を元気づける為に、その綺麗で柔らかい頬を左右に引っ張る、押し込むを繰り返す。時たま、こうやって落ち込む奈緒を同じ方法で笑顔にさせる場面が小学生の頃から多々ある。それは自分が奈緒にできる数少ない事の一つであり、逆に僕が出来ない人付き合いを奈緒が代わりに行ってくれたお陰で小学校は楽しく乗り切れた。

　ホント、奈緒とは長い付き合いだ。と、公衆の面前で女の子の大切な顔を変顔にさせながら思う僕。こう言うところが年齢＝彼女いない歴となってしまった原因だろか。でも、奈緒の、このされるがままな表情が本当に可愛くて、この機会にこれでもかとほっぺたを引っ張ってしまう。

「バカ！　バカバカ！　あんなに沢山人がいる前でなんてことしてくれるのよ！」

「ゴメン！　ホントゴメン！　でも、元気出たみたいでよかったよ」

「なっ……別に私は元気だよ」

　ポカリポカリ。漫画では良くそうやって女の子が男の子を叩いてるが、僕の場合はグーで顔をマジで殴られる。もちろん、それは相手が僕だからであり、普段の奈緒が人に手を上げる事は天変地異が起きてもあり得ない。あり得ないが、たまにくる大地震がたまたま僕を直撃することは割とある。

　言わばこの痛みは、奈緒が僕の事をまだ幼馴染だと思っていてくれている証拠である。それなら、僕もこれまで通り奈緒を幼馴染だと思い優しくその涙を胸ポケットのハンカチで拭いてやるべきだ。

「ほら、涙拭けってこれで、せっかく化粧したのにそれじゃ台無しだぞ」

「あ、ありがとう。ってこれ女物じゃない！　またあんたは寝ぼけて――」

「ああ、違うこれはアレだ！　そう、お空から天使が舞い降りて僕に授けた聖骸布だ」

　だが、そのハンカチとやらは僕のモノでなければ、男物のダサくて肌触りが悪い布きれじゃない。これは、天女が使っていても疑わない程に良い香りがする聖なる布であり、ズボラな僕が所持出来る代物ではない。と僕自身よりも先にそれに気が付いた奈緒が訝しげな視線を投げてくる。一瞬にしてハンカチの正体を見破るとはさすが僕の幼馴染だ。

　珍しくアイライン？　やファンデ？　で化粧する目元が涙で濡れ黒ずんで大惨事手前だってのに、何かを勘ぐりメイク直しなんてどうでも良いらしい。理由は検討つかないが怒っているらしい奈緒は。

「でもまって、これって今女子高生の間で流行ってる駅前の」

「いや、え、……。別にそんなの関係ないだろ、返せって」

　何かピンと来たのか？　あの子のハンカチを僕から強奪よろしく奪った奈緒が探偵チックな仕草を始めた。これはまずい。嫌なモノを感じた僕は、入念に表裏をチェックされるハンカチを奈緒の手から奪え返す為にその女性らしい香りを漂わせる胸元――偶然胸の前に掲げられているハンカチに手を伸ばす。

はたから見たら、僕らは抱き合うような姿勢になった。