第4話 出会いと戸惑い04
しかし、ここで動き出したのは僕の冷めた恋心だけじゃなかった。いや、恋心も動いたことは動いた。でもそれは本質を見ていない。
まさかその裏で、青春の一ページって名のベールに身を隠し誰にも気が付かれず動き出したのが、まさか永久に凍り付き動き出すことのないはずの“運命”だとは、この時の僕は知る由もない。たった数分の出会いと別れ。初めて抱いた淡い想い。これがなんなのか何で出来ているのか。どうしてこんなにも清々しくもちょっぴり切ない気持ちになっているのか。かすかに目まいと動機がするのはなぜだろうか。まさかこれが……? 恋なのか?
なんてね、早速呑気にも恋愛という熱に浮かされ始めている僕。
「もう一度会って仲よくなりたい。あんな表情が最後なんて嫌だ」
いろいろ考え、彼女から渡されたハンカチを見つめ正直な気持ちがどんどん湧きあがる。
恥ずかしながら、桜吹雪の中で見つけた名も知らぬ花に淡い気持ちを抱いてしまった。その気持ちが明確になんなのか分からないけど、もう一度だけ彼女に会いたいんだ。
「そうだ、ハンカチ返さないとな。そうだよ会う理由あるじゃん」
唯一の接点に桜の花びらが一枚舞い降りた。僕と彼女を結びつけるハンカチを、僕は大切に胸ポケットにしまい汚れた両手を互いにこすり付けその場しのぎの応急措置を施す。
それが彼女との出会いだった。桜色の風を中で、今まで感じた事がない胸の高鳴りが、その出会いが特別だと言っている様で、僕自身もこれからの学園生活を楽しみに思い、再度自転車を桜色の海原に向けた――。
「あ、みやび~おはよ~!」
「お、奈緒じゃないか? 朝から元気だな」
「当たり前じゃない! 今日から新学期よ? みやびも少しは私と同じクラスになれるかもって期待してドキドキしなさいよね」
「おお、モテるお方は言う事が違いますね!」
「む、そう言う意味じゃないわよ!」
「バカ、分かってるって、奈緒の事は僕が一番知ってるんだから、ジョークだジョーク」
学園に着き駐輪場脇の手洗い場で手を洗い水滴を己の腕力だけで振り落としていると、昇降口の方から誰かが走ってくる音が聞こたなあって思った矢先、背中に猛烈なタックルをかまされた。こんな乱暴な挨拶をするのは誰と問う前に分かり切っていた。振り返ると幼馴染がご機嫌な表情をして立っていた。
この栗色の髪を肩口で揃えたいかにも活発そうで運動神経の良さそうな女の子が奈緒である。間違っても深層の令嬢と呼べた女の子ではない。逆に言うならば、おてんば娘の日本代表と言おう。そもそも、言葉で言い返すのと同時に拳が出て、男に肩パンをかますお嬢様なんて見た事がない。
「も、も~次そんな事言ったらホントに怒るからね?」
「ごめんごめん」
頬をプクーと膨らませ腕を拱く奈緒。活発な反面見せるお茶目な性格もお嬢様らしからぬ。が、そこが良い。この奈緒こそ、僕が人生の中で出会った男女関係なしに一番仲がいい友達である。
「じゃあ、一緒にクラス表見に行こっ」
「あ、引っ張るなって」
男女の差なく、誰にでもフレンドリーに話掛け親睦を深めるのが奈緒の良いところ。この子の悪い部分を一個言えと極悪人に刃物で脅されても言える自信がない程、奈緒は良い子で深層の令嬢よりもおっさん達の憩いの場である酒場の看板娘が似合う。それが奈緒って子だ。
そんな奈緒を僕は良く知っている。ガキんちょの頃から幼馴染なのだから。今朝、中学時代から奈緒の部屋を訪れていないとは言ったが、親交が絶した訳じゃない。ただ、行く機会がなかっただけに過ぎない。
それを奈緒がどう思っているかは知らないが、僕はタイミングの問題だと思っている。あとは、やはり硬派な親父さんの目が気になるのも一つの原因だ。男はどうあるべきだ、女はどうあるべきだって説法を拳と交えて繰り出す癖があるおやじさんとはそれが原因で久しく会っていない。
でも、何の躊躇いもなしに僕の手を握ってそのまま生徒でごった返す通路を突き進む奈緒を見て貰えば、僕らの関係が良好な事は直ぐにお分かりいただけるだろう。思春期の男女とはちょっと違う関係ってのがね。
「ほらほら早く早く」
見ろ、たかがクラス替えの表を見に行くだけでこのテンションだ。僕を嫌っているならわざわざ呼び止め手を握る訳がない。レスラー並みのタックルも一種の挨拶なんだろ。
「ん~菅野雅、菅野雅はどこかな?」
「なんで僕のを探す! 自分の名前を探せよ」
「自分のより、人の名前の方が見つけやすいじゃない! ほら、雅も佐藤奈緒を探しなさいよね」
やれやれ。奈緒といると本当に自然と笑みが零れる。人生の中で一番楽しかった中学時代のクラスでもずっと一緒だった事を思い返すと、今年こそはまた級友に戻りたいものだ。
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