第3話 出会いと戸惑い03

  くそー可愛いなホントに、そのはにかんだ表情が可愛いんだっての。



 服装からして彼女も同じ学園に通う生徒だと推測でき、奈緒と同じ色の科章を付けているって事は、奈緒と同じ普通科の生徒であり、言いかえれば僕とも同級生ってことだ。



「ん? どうしました? 私の顔に何か付いてますか?」


「いいい、いや、ななにも付いてないっ」



 あれ、彼女が急に身近に感じて変な意識が働いてしまう。これも女性慣れしていない良い証拠なのか? 無性にこの場から逃げたい衝動に心身ともにかられる。それ以上微笑まれるとこの心臓が爆発してしまうぞ



「あ、じゃあ直ったからこれで僕は!」


「あ、まって! もしかして貴方は……。私の事、ご存じありませんか?」



 目先の問題を解決し安堵すると、急に自分の不甲斐ない性分を思い出し、ことさら彼女を直視できなくなってしまっていた。急いでチェーンを所定の位置に格納して固定し、さあ立ち上がり回れ右――するのだが、彼女が僕の汚れた手を握り絞めてそんな事を言ってきた。



 ドキッとしたのは言いうまでも無く、現に心臓が口から発射されそうだ。



「え、いや……名前も分からいないかな~すみません」



 失礼にも背を向けたままそう言うと、



「ああ、……ごめんなさい、そうですよね。……人違いです」



 後頭部に聞くからに落ち込む独白に近い声がぶつかる。



「……」



自分の失言を取り繕うことも、分かり訳す落ち込む彼女をフォローすることも出来なければ、振り返る事すら出来ないで固まるだけの自分が情けない。小汚い手が解放されはしたが、あきらかに彼女は寂しそうな雰囲気を醸している。



 先も言ったが、僕は年齢=彼女いない歴の冴えない男だ。こんな、どこかの社長令嬢とも言い表せる清楚でお淑やかな美人さんと知り合いの訳がない。



 もし仮にもそんな高貴な知り合いがいたとしたら、せいぜい武家のお転婆娘が良いところ。良家のお嬢様の知り合いなんてとんでもないぞ。父親が武闘家のお隣さん家の男勝りな幼馴染を除いては、僕にしおらしい反応を示す淑女は皆無である。



 結論を言ってしまえば、僕なんて男はね。気の利いたフォローも出来ず言葉を詰まらせ、発言すればするほど、親身になろうとすればするほど、そんな気はない女性を困らせる事しか出来ない間男がお似合いだ。昔で言うとアッシーくんとして美女の足になるのがお似合いである。



「……、“初恋の„男の子に似てたのでつい……嬉しくなっちゃって。あの、これで手を拭いてください」



 彼女が何かを取り出したのを感じ、精一杯の男気を引っ張り出し足元だけを視野に入れ振り返る。多分、僕の返答が意にそぐわなかったに違いない、差し出されたハンカチがかすかに震えていた。



「ははは、良いですよ変な気を使わないで。それに、僕みたいなダサい男と間違われたその初恋の相手の方が可哀想だ」


「……」



 初恋の相手とは乙女チックな事を言うもんだ。頬を赤らめながら洒落たシルクのハンカチを僕に手渡す仕草はとても可憐で可愛らしい。こんな子に好かれる男とはさぞかしイケメンで頼もしい男なんだろな。



 自分とは対極的な人間像が浮かびちょっぴりへこみ、愛想笑いにも悲壮が籠ってしまう。



「じゃあ、……私はこれで。ホントにありがとうございました、さようなら――」



 これまでの会話は全て一メートルも満たない距離で行われ、どこの馬の骨とも知れぬ僕にお嬢様風の彼女は一度も嫌な顔する事なく、礼儀正しくお辞儀をすると足早に去っていた。一旦は人を引き留めた立場でありながら、それはとてつもなく早い“逃走”と言えた。



「さようならって……あ、ハンカチ忘れてるよ!」



 その折に、目の当たりにした彼女の表情を、僕は何年経っても決して忘れないだろう。名も知らぬ彼女が言い残した「さようなら」とその表情はあまりにも初心な僕には衝撃的過ぎる置き土産だった。



 触れば崩れてしまいそうな雪の結晶、吹けば飛んでしまう綿毛の様な、いつしか散ってしまう儚さがあるからこそ美しい花、そうとも比喩出来る。彼女の去り際はそれらに似ていた。「初恋の相手に似ていて、嬉しくなっちゃって。」無関係な男としては、とてもセンチメンタルになってしまう言葉である。この気持ちは何だ一体?



「僕は、もう一度会いたいんだけどな……」



 僕がその手の花を良く摘むデキる男なら、こんな受け身な発言はしないであろうが、生憎、僕は年齢=彼女いない歴となるデキない男である。遠くなる彼女の後ろ姿を見送るだけしか出来ないのだった。



 でも、数分の出来事が僕の色褪せた青春に淡い色彩を与えてくれたのは確かである。たった数回言葉を交わしただけの、言ってしまえば日常的な他愛もないやり取りが、僕の何かを与え変化を与えた事は間違いないだろ。それが青春の代名詞ともいえる恋と気が付くのはもう少し先ではあるが。

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