第254話 現実逃避からの脱却

「えぇ、分ってました。分かってましたとも……」



 私は小さく独り言ちたの。


 最初からとは思っていたのよ。


 だって、それはそうでしょ。


 いくら北陸の土地がからって、こんな片田舎かたいなかにテーマパークを造ったって言う所から既にオカシイわよね。しかも、その入り口が普通のお宅のくらって……流石にどうなの? って話よ。


 ……しかもよ。


 私、馬車に揺られて既に小一時間。


 どうなってるのよ、この距離感。


 もう、数キロは進んでるわよ。


 全天候型アミューズメントパークが許容きょようする大きさを、完全に凌駕りょうがしてるわよね。


 いったい、東京〇ーム何個分あるのっ? って話よ。



 私……もう分別ふんべつのある大人よ。


 お酒だって飲めるの。


 選挙にだって行けるんだから。


 パパやママからは「もう少し大人になりなさい」って良く言われるけど……。


 ……はぁ。そんな事はどうだって良いのよ。


 それより、私。


 されたみたい……。


 さっきまでは、ちょっと現実逃避してたけど、もう限界。


 今、乗ってるこれ、木枠格子の荷車って思ってたけど……完全に護送車ごそうしゃよね。


 しっかり錠まで付いてるもの。


 乗るまでは、全く気付かなかったわぁ……いいじゃない。本当に乗るまで気付かなかったんだからっ!


 って言うか、同乗している人達の哀愁あいしゅう? 諦観ていかん? 悲壮感ひそうかん? もう、半端ないものぉ。


 浮かれて自分から飛び乗った私が、バカみたいだわよ。


 そう言えば、この隣にすわってる


 歳は私と同じぐらいなんだけど、目が完全にわってる。


 ……あぁ、駄洒落ダジャレじゃないのよ。本気マジよマジ。


 彼女が身に着けてるものって、完全にイスラーム系の民族衣装よね。


 あのぉ、ほら。何て言うの? ほら、あれ、あれ。


 目の所だけ開いてて、他はヴェールみたいな布で全身すっぽり覆われてるヤツ。


 あぁ、何て言ったかなぁ。


 ……あぁ、ニカブ……だっけ? もう、完全にそれ。


 そして、その向こう側に居るのも……女の子……かな?


 とっても華奢きゃしゃな感じで可愛いの。


 隣のとよく似た民族衣装を着ているのよね。姉妹しまいかしら?


 うーんと、それ以外はいかつい顔の男の人ばっかり。


 筋骨隆々の人も居れば、結構若い子も居るわね。


 男の人達全員には、木枠の手錠がかけられてる。


 なんだろう。


 犯罪者……って言うよりは、どこかに連れて行かれてる……って感じよね。


 そんな風にみんなの様子を観察してたら、東の空から、夏の太陽が顔を覗かせ始めたわ。



「あぁ、まぶしい……」



 私は丘の向こうから昇る太陽に、すっかり目を奪われていたの。


 そしたらよ。


 私以外の人達が、完全に反対方向を見てるじゃない?


 えぇ? なになに? って思って、反対側を振り返ってみたら。


 ほえー!


 何これ? 何この巨大な建造物……城壁?


 遠近感、無茶苦茶でしょ? 某テーマパークのイッツ・〇・スモールワールドじゃないのよ。


 実物大。本気マジの実物大、一分の一スケール。


 だって、城壁の上に、普通に人が歩いてるんだもの。


 城壁の高さは、五、六階建てのマンションぐらいは、軽くあるわね。


 私は木枠格子の隙間すきまから、赤茶けたレンガで造られた壮大な城壁を、ただただ見上げている事しか出来なかったわ。



『いやぁ、親方ぁ。こんな事って本当にあるんすねぇ……』



『そうだなぁ、俺もこの仕事で長年めし食ってるけど、年に数回……あるかどうかって話だよなぁ』



 御者台に座る二人。


 太陽が昇ってからは、急に言葉数が増えたみたい。



『えぇぇ、そんなにあります? 僕も、もう三か月経ちますけど、初めてっすよ』



『そうだなぁ。結構冬場ぐらいに多いんだよなぁ。食えない農家が奴隷を開放したり、口減らしに子供を売りさばいたり。この時期夏場なんかだと、あの能天気ねーちゃんみたいなお上りさんが、結構エレトリアの周辺で拾えたりするんだよ』



『ははぁ、そう言うもんなんすねぇ。それにしても親方ぁ、あの娘、ノコノコ付いて来ましたけど、素性とか聞かなくても良いんですか?』



『バカ言うなよぉ。こう言う事は、俺たちゃなんにも知らない方が良いんだよ。どのみち、素性を聞こうが、聞かなかろうが、売り飛ばす事にゃあ、違いねぇんだからよぉ。わざわざ、余計な詮索しちまって、情が移っても困るだろぉ? それに、どうやら、かなりの田舎者らしいしなぁ。言葉だって、あんまり通じねぇみたいじゃねぇか』



『へぇぇ。そう言うもんですかねぇ』



『そう言うもんなの。こんな夜中に、城壁の外でノコノコ歩いてるヤツがわりぃんだよ。この辺りの魔獣は粗方あらかた討伐されちまってるから良い様なものの、夜道でレッサーウルフなんぞに出くわしてみろ。あっと言う間に食われちまって、骨一つ残んねぇぞ。それを思えば、俺たちみたいな優しい人攫いかどわかしに出会えた事の方が、どんだけあの娘にとってラッキーだったのか? って話さ』



『ははーん。確かにそうすねぇ。食われちまうよりゃ、よっぽどマシですよねぇ』



『そうだろぉ。俺達ゃ、こう見えても優しい人攫いかどわかしだからよぉ。どっちかって言うと、世の為、人の為、彼女の為。日々精進しながら、人助けしてるって寸法よぉ。だから、多少のお代を頂いたって、バチは当たらねえって話だぁ。だはははは』



 御者台に座るオジサンと男の子。


 時々私の方へと振り返りながら、とっても楽しそうにおしゃべりしてる。


 何言ってるのかは、小声だし、ネイティブだし。


 あんまり良く聞き取れなかったけど……まぁ、良い話をしている様には見えないわよね。


 どうせ、私の事を『世間知らずの小娘』だって、バカにしてるんでしょうよ。



「はぁぁあ。チョコでも食べて、元気出そ……」


 

 そうよ。こう言う時は焦っちゃ駄目。


 イザって時の為に、しっかり糖分を補給しておかないとね。


 って言うか、どうしてチョコを持ってるの? ですって?


 うん。を通る時に、コートとセーターは確かに預けたけど、バッグはそのまま持ち込んでも大丈夫だったのよ。


 ちょうど、昨日コンビニで買ったチョコがあるのよねぇ。


 あぁ、それから昨日美穂姉様みほねぇさまに頂いた、ミ〇キーも入ってる。


 当面は問題無いわ。



 ――パクッ! んっ?



 私が口の中へとチョコを放り込んだその瞬間、隣の民族衣装を着たが、物凄い形相で私の事を睨んでいるのに気付いたのよ。


 何なに? この荷台、飲食禁止だったの?


 って、そんな訳無いわよね。


 もう現実逃避してても時間の無駄だし。


 やっぱり、彼女も食べたいのかな?



『タベナサイ トテモオイシイ ドウゾ』



 本来根暗ねくらで、コミュニケーション能力マイナスの私なんだけど、この緊急事態にそんな事も言っていられない。


 できるだけ仲間を作って、まずは情報を聞き出す事から始めないとね。



『トテモ トテモ オイシイ ドウゾ』



 私が何度進めても、彼女は私の事を睨んだまま……いやいや、違う、違う。


 彼女がガン見してるのは、チョコの方だわ。


 めっちゃチョコに興味があるのは、すんごく分かる。


 あぁ、あぁ。


 きっとヨダレが出たんでしょうね。


 顔を隠すマスクの様なヴェールの上から、男前な感じで腕を使ってヨダレを拭いたのは良いけれど、ヴェールの口元、めちゃめちゃヨダレで湿ってるわよ。


 どんだけヨダレが出てるのよ。


 もう、口の周りぐちょぐちょじゃない。


 私はそんな彼女の手を取って、チョコを一つそっと乗せてあげたの。


 そしたら、彼女ったらチョコを持ったまま、プルプル震えてるの。


 クスクス。めっちゃ可愛い。


 そんなに食べたかったんだねぇ。お腹空いてたのかな?


 でも、彼女ったら、自分の手のひらの上のチョコを凝視したまま、固まる事およそ一分。


 まるで邪念を振り払うかの様に、二、三度顔を振ったかと思ったら、自分の手に持つチョコを、隣に座るにそっと手渡したの。



 んまー! 何ていじらしいっ!



 彼女ったら、絶対に食べたかったんだと思うのよ。だって、隣の女の子にチョコを渡してからも、ずーっとそのチョコを凝視してるんだもの。めっちゃ見てるんだもの。


 女の子の方も、そんな彼女の様子を見てるもんだから、なかなか食べようとはしないのよね。


 あぁ、でもあんまりここでゴタゴタしてると、御者台の人達にも気付かれちゃいそう。


 とりあえず、バッグの中からもう一つチョコを取り出すと、隣の女の子の肩を、ちょんちょん! って叩いてあげたのよ。



『ツギ ヒトツ ドウゾ』



 私はとびきりの笑顔と一緒に、彼女の手の中へチョコをもう一つ握らせてあげたの。



「……!”&%$#(!」



 はい。何て言ってるか、全然分りません。


 でも、彼女ったら両目一杯に涙を溜めながら、一生懸命私に何かを訴え様としているの。


 恐らく感謝の気持ちを伝えたかったんでしょうね。


 彼女ったら、ひとしきりまくし立てた後で、ようやく、自分の手の中にあるチョコを口元へと運んだのよ。


 黒いヴェールからのぞく彼女の凛々りりしい顔立ち。


 小麦色の肌と相まって、とっても精悍せいかんな感じの美人だわぁ。


 あぁ、タカ〇ズカに入団してれば、間違い無くトップスターになれそう……。


 すっかり彼女の美しい横顔に見とれていた私。


 すると突然。



「……ひゃん!」



 彼女は急に、私の事を抱き絞めて来たのよっ!


『ぎゅー』って、そう、『ぎゅー』って!



「……&%)%”&$!」

 


 はい。やっぱり、何て言ってるか、全然分りません。


 私の耳元で、必死にを訴え続ける彼女。


 あはは。喜んでくれてるみたいだから、まぁ良いかぁ。


 そう思いながら、しばらく抱き絞められたままでいると、彼女の向こう側に座ってた女の子が、遠慮がちに話し掛けて来てくれたのよ。



『ありがとうございます。、こんなに美味しい物を食べたのは初めてで、貴女に一生忠誠を誓いますと申しております。今後も仲良くしてやって下さい』



 そのは、私にも分るぐらい、ゆっくりと話してくれたの。


 でもまぁ、そんな事より、その話声はなしごえが、予想以上に低かった事の方が驚きだったわね。

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