第255話 喧嘩は止めて

 ――パカラッ、パカラッ、パカラッ!



「なっ! 何で……こうなったぁ!?」



 真っ暗闇の中。


 風を切り、凄まじいスピードで疾走する二人。


 ……正確には、二人と一頭……だけどな。


 込み上げる恐怖感に押し潰されそうな俺は、固く目をつむったまま、身動みじろぎ一つ取れない。


 まぁ、結構な風圧もあって、目を開けていられない……と言うのも事実だ。



慶太けーちゃん、あんまりしゃべると舌噛したかむよぉ」



「……はっ、はひぃ」



 半分奇声交じりで、何とか返事をする俺。


 神殿内の屋敷でアルねーに突然起こされた俺は、二人でを獲る為、エレトリア湾へ絶賛移動中だ。


 まぁ、普通の移動であれば、問題はない。


 しかしこれが、人生初の乗馬となると、話は全く別だ。


 当然手綱たづなを握るのは、アルねー


 俺の事をしっかりと後ろから、抱きかかえる様に支えてくれている。


 まー最初はねぇ。


 アルねーに背後から抱きしめられるなんて、どんだけラッキー! って思ってたけど。


 実質、よろいコス状態じゃあ、例のはち切れんばかりのダイナマイトボティも宝の持ち腐れ。


 正直ベース、よろいの角々が背中にゴリゴリ当たって、痛い事この上無い。


 じゃあ、この二人乗りタンデムは失敗だったのか? って言うと、そうでも無いんだよなぁ。


 だってさぁ。


 この世界のよろいって、太ももの部分が素肌なんだよねぇ。


 そのむっちり、ぷりぷりの太ももで、俺の事を『ぎゅー』って。


 そう、『ぎゅー』って、締め付けて来るわけよぉ。


 俺も下半身は下帯にサンダルだけだから、もう、肌と肌の密着具合が半端ない。


 アルねーの体温や脈動がダイレクトに伝わって来て。


 はうはうはう!


 ただ問題は、アルねーのスピード狂状態が、で発現するって事だな。


 馬の方だって、そんなアルねーの事を良く知ってるみたいだ。


 アルねー叱咤しったされればされるほど、そのスピードをグングンと上げて行きやがる。


 ……ねぇ、ねぇ。馬くん、馬くん。ちょっと君、マゾっ気あるよね。うん、絶対あるよね。


 さっきから、アルねーに鞭打ちされる度、めちゃめちゃ気持ちよさそうにいなないちゃったりして。


 うーん。


 しっかり調されてますな、この


 ……いろいろな意味で。


 俺達はエレトリアの市街地を大きく迂回しながら、レンガで舗装された街道を海岸に向かって突き進んで行ったのさ。


 曇りがちだった空もすっかり晴れ渡り、ようやく月がその優美な姿を現して来た所だ。


 あちゃー。


 アルねーったら、めちゃめちゃ準備してるじゃん。


 月明かりに照らされた馬の背には、アルねー愛用あいようのたも網が。


 ……あぁ、カーボン製の良いヤツじゃん。


 更には、超強力海中電灯。


 ……あぁ、LED防水のスゴイヤツだ。


 しかも、かなり大きめのクーラーボックス。


 ……あぁ、これって、父さんの大型クーラーボックスじゃん。


 とにかく文明の利器、持ち込みすぎだよっ!


 って言うか完全装備だよっ。


 もう、イカ釣り通り越して、イカ漁だよ。もう、漁師の領域に踏み込んじゃってるよ!


 もぉぉ、アルねーったらぁ。じーちゃんにバレたら、めっちゃ怒られるぞぉ。


 俺がコッチの世界に来る時も、じーちゃんから「余計な物は絶対に持ち込むなっ!」って、キツく言われてたんだからぁ。



「でもまぁ……アルねーだからなぁ」



 アルねーの場合は、全てがその一言で片づけられそうな気もするな。たははは。



whoaウォウwhooaウォォウ……whoaウォウ



 突然の掛け声とともに手綱を引き、馬をいなし始めたアルねー


 急な静止に驚いたのか、馬の方も所在なげに右往左往うおうさおうしてる。



「何々? どしたの? もう着いたぁ?」



 早速辺りを見渡して見るけど、まだ海は見えない。


 ただ、確かに海岸が近いのかも。


 背の低い草の合間から、ゴツゴツした岩肌が所々に顔を覗かせてる。



慶太けーちゃん、向こうに誰か居る。……密猟者かも」



「えぇ? そう? 誰かいる?」 



 アルねーの指し示す方向。


 目を凝らして見たけど、特に人影らしきものは見えない。


 ここから見えるのは、切り立った壁面を持つ大きな岩山ぐらいだ。



「アルねー、誰も居ないよぉ?」



 でも密猟者って……。


 もし本当に密猟者が居たとして、良く考えたら俺達もれっきとした密猟者じゃん。


 全く人の事言えない状況じゃん。


 しかも、これだけのを整えてる時点で、完全な確信犯じゃん!



慶太けーちゃん。どうやら兵士達が誰かを取り囲んどるみたいやわ。急ぐちゃ! ……ハィヤァ!」



 アルねーの掛け声一発。


 馬は弾かれた様に岩山の方へと、一目散に駆け出して行く。



「あばばばばば。ヤバイ、ヤバイ。……これマジでヤバい」



 馬が本気で走り出したら、揺れもスピードも半端無い。


 俺に出来るのは、とにかく振り落とされない様、鞍の端を力いっぱい掴む事だけだ。


 そして、馬が駆け出し始めてわずか十数秒。



 ――ヒヒヒィィィン



 アルねーは絶妙な手綱捌きで、再び馬を急停止。


 そのまま大音声だいおんじょうで叫び始めたんだ。



『静まれ、静まれぇ! 双方剣を引け、弓を降ろせっ! われはアルテミシア! 太陽神殿のアルテミシアであるっ! この場はわれが預かったっ! 異論ある者は面前にでよっ、が宝具の錆びにしてくれるっ!』



 うぉー! アルねー! 突然、何を言い出したの?



『アルテミシア? アルテミシア様なのか?』



『太陽神殿のアルテミシアと申されたぞ? 次期剣聖の呼び声高い、アルテミシア様の事か?』



 暗闇の中からザワザワと人のささやき合う事が聞こえて来る。


 確かに、月明かりの中には、うごめく人影がちらりほらり。


 そんな中、アルねーは俺一人を馬上に残し、自分は一足先に地面へと降り立ったのさ。



『二度とは言わん。良ぉく聞けっ! この争いの当事者は、急ぎが面前に姿をあらわせ。その上で闘争とうそうの理由をわれに説明せよっ!』



 かぁぁ。アルねーの英語って、久しぶりに聞いたな。


 ……そうだよなぁ。


 良く考えたらアルねーって、元々外人さんなんだもんな。


 英語の方が母国語だから、話が出来て当たり前っちゃ、当たり前かぁ。


 まぁ、今の俺には、何言ってるのかさっぱり分らんけど。


 そんなアルねーの呼びかけにでも応じたのか。


 腰の低い、慇懃いんぎんな感じのただよう一人の男が、アルねーの前にゆっくりとひざまずいたんだ。



『アルテミシア様、お初にお目にかかります。わたくし黒猫ギルドマヴリガータと言う汚れ屋稼業で若頭カシラを務めております、エニアスと申します。以後、お見知りおきを……』



『うむ。黒猫ギルドマヴリガータは聞いた事がある。して? 闘争の相手は誰だ? お前の前に居たのは、装甲の紋様を見ると、マロネイア家の野戦兵の様だが……』



『はっ、実は……』



 腰の低い優男風やさおとこふうの人が何やら話し始めようとした所で、甲冑かっちゅうを着こんだ集団の中から、一人の兵士が割り込んで来たんだ。



『お嬢ちゃん、こんな夜中にイキがって男と一緒に逢引の途中かい? 逢瀬の場所を横取りされて、腹立たしいのは分るが、大人に向かってその発言は頂けねぇ。アルテイシアだか、アルテミシアだか知らねぇが、アンタが本当に、次期剣聖のアルテミシア様だって言うなら、証拠はあるんだろうなぁ。なぁ、お嬢ちゃ……』



 ――キィィン



 えっ? 何の音? 突然、めっちゃ綺麗な金属音が聞こえたんですけど。

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