第252話 異世界への扉

「ねぇ、みーちゃん。本当にココで合ってるの?」



 小雪舞い散る、真っ暗な田舎道。


 車がやっと一台、通れる程度の道幅しか無い。



 ――サクッ……サクッ……サクッ……サクッ。



 そんな雪の細道を、並んで歩く二人。


 まぁ、降っている雪は小降りだし、雪自体は踏み固められているから、歩きづらい訳じゃ無いの。


 ただ、少し先には、この田舎道と並行して、立派に舗装された道路が見えるのよね。


 まぁ少し先……と言っても百メートル以上先ではあるけれど……。



『ミーチャン アノ、ドウロ、ツカウ OK?』



 どう考えても、この雪道でするより、しっかりとした舗装道路を歩いて行くべきだと思う訳よ。


 だって、どう見てもには、雪が無いのよ。


 絶対あっちの方が歩き易いに違いないわ。


 すると突然、私の方へと振り返ったミカエラみーちゃん


 彼女は、これでもか? ってぐらいの『どや顔』で話し始めたのよ。



『ふぅ……これだから素人さんは困るんですよね。向こうの道路は魔法の力で地面から水が噴き出てるんですよぉ。もう、歩いただけで、びっちゃびちゃになっちゃいます。しかも、鉄で出来た荷車がすんごいスピードで走って来て、水をばっしゃーって掛けて、意地悪するんですよっ! もー絶対にあそこの道は通りませんからねっ!』



「……」



 うーん、ごめんね。後半、何言ってるのか、チンプンカンプンだったわ。


 でも、もう結構。


 向こうの道路には行きたく無いって事が、めちゃめちゃ伝わって来たから。


 うん、もうこのまま行きましょ。



『ミーチャン……トウチャク、マダ?』



 もう何度も聞いてるこのセリフ。


 いい加減、ミカエラみーちゃんも面倒になって来たみたい。振り返ってさえくれなくなっちゃった。


 ふーん……そう。


 貴女がそんな態度を取るなら、私にも考えがあるわよ。


 私は、手の中にあるを『ぎゅ』っと力強く握ってやったの。



『にゃー! たたたたた!』


『もー! 突然、何するですかっ! 尻尾は駄目ダメって言ってるでしょ! 本気のホンキで怒りますよっ!』



 ……うふっ。


 ミカエラみーちゃんったら、ちょっと涙目になってて……可愛い。


 どう言う仕組みか知らないけど、ミカエラみーちゃん、この尻尾を掴むと、めっちゃ怒るのよねぇ。


 何かセンサーでも付いてるのかしら? 驚くほど反応が早いのよ。


 ……くすくす。


 それに、猫耳のカチューシャも外さないし。


 この筋金入すじがねいりのコスプレイヤーね。


 その心意気、見上げたもんだわ。


 ……はぁ。ミカエラみーちゃんの顔を見たら、ちょっと元気出た。


 さぁ、急ぐわよっ!



『ミーチャン、イケっ! イソゲッ』



『もー、何なんですか、この美紗ちゃんっ! 急に尻尾は握るし、振り返ったら泣きそうな顔してるし、怒ったら、急に元気になるしぃ。めっちゃメンドくさい!』



 うーん。


 やっぱり、何言ってるかちょっと良く分かんないけど、何となく納得してくれた様ね。


 心なし、肩が落ちてる様な気もするけど……。


 しょうがないぁ。


 ちょっと元気付けてヤルかぁ。



ミカエラみーちゃんCheer up!ちーあっぷ Cheer up!元気出して! はい、ご一緒にぃ!」



「……」



『ミーチャン、イッショニ! ゲンキダシテ、イコー!』



「……ちっ、ちーあっぷ」



「そうそう! Cheer up!ちーあっぷ Cheer up!元気出して!



「「ちーあっぷ、ちーあっぷ」」



 うふふ。こんな真夜中に大声出して叱られちゃいそうだけど、とりあえず見渡す限り、民家ゼロ、歩行者ゼロ。


 絶対にクレームは来ないわね。


 って言いながら、歩く事わずか五分。


 見えて来たのは鬱蒼うっそうとした杉林スギばやしに囲まれた、想像を超える大きなお家。


 うーん、もっと長く歩いてた様な気もしたけど、意外と近かったわね。


 あら、表札があるわ。


 えぇっとぉ、何々? 佐伯さえき 善次郎ぜんじろう……?


 あぁ、慶太君のお爺ちゃんのお家ね。


 そっか、美穂姉様みほねぇさまが話してらしたわね。お隣にお爺ちゃんの家があるって。



「って、ミカエラみーちゃん、ちょっと何処行くの? ねぇ、勝手に入っちゃ怒られちゃうよ」



 ミカエラみーちゃんったら、どんどん敷地の奥へと、入って行っちゃったよ。


 とっ、とにかく急いで追いかけないと。


 だって、こんな所に一人残されたら、確実に朝までにはカチンコチンになっちゃう!


 ヤバイ、ヤバイ。



「みーちゃん、みーちゃーん」


「……はぁぁぁ……」



 ミカエラみーちゃんの後を追い掛け、お屋敷の角を回ってみると、そこには……。


 わぁぁぁ、まるでお城の様な蔵が三つも。


 土台は私の身長程もある大きな石垣が組まれてる。


 その上に建てられた蔵には、真っ白な漆喰しっくいに龍の絵が……。


 うぅん、これ……絵じゃないわ。


 立体感があるもの。漆喰しっくい自体がレリーフの様になってる。


 綺麗ぇ……。


 ようやく小雪も止み、晴れ間から覗く星明りにてらされた漆喰装飾。


 そんな魅惑的みわくてきな光景に、私は目を奪われていたの。


 だって、そのぐらい素晴らしい芸術作品だったんだもの。


 と、私が見とれている内に、ミカエラみーちゃんったら、いつの間にか真ん中の大きな蔵の前へ。



『美紗ちゃん、ここだよ。ここからエレトリアに行けるの』



 へぇぇ、エレトリアって、土蔵の中にあるんだぁ……。


 って、そんな訳無いでしょ? どう言う事? エレトリアって、土蔵の名前なの? そう言う事? そう言う事なの? って言うか、そうすると、その隣はどんな名前が付いてるの? この純和風な建物がエレトリアって……エレトリアって……エレトリアって……」


「うぅぅあ、ネーミングセンス悪っ! せめて和風、あぁ、漆喰装飾が龍だから、百歩譲って、中華風にまとめようよ。ねぇ、そうしよう。絶対にそうすべきよ」


「うん、わかった。私がこの家に来た時、一番最初にやる事が決まったわ。そう、この蔵の名前を変更する事ね。はい、決まり。そうしましょう。そうしましょう。もう、仕方がありませんね。これも嫁としての責務って事なんでしょうね。うんうん」



 なんて事を考えていたら、突然大きな音がっ!



 ――ドンドンドンドン!



『にやー! 開けてー! ここ開けてー!』



 みみみ、ミカエラみーちゃん! 何をするの? 止めなさい!


 マジで怒られるわよ。完全に不法侵入な上に、真夜中に他人のお宅の蔵を叩くなんてっ! 泥棒も泥棒、火付け盗賊レベルよっ!


 暴走真っ最中のミカエラみーちゃんを止めようと、私は彼女の傍へと急いで駆け寄ったわ。



 ――ガコン、ギィィィィ



 私が背後からミカエラみーちゃんを羽交い絞めにした、ちょうどその時。


 重厚そうな蔵の扉が、古めかしい軋み音を響かせながら開き始めたの。


 はうはうはう! ヤバぁい! 見つかったっ!


 急いで辺りを見渡したけど、ここは、かなり広い敷地のど真ん中。


 身を隠す場所なんで、何処にもない!


 はわわわわ。


 うぇーん。ごめんなさい。もうしません。だから許してっ!


 私はその場に立ちすくんだまま、ただ扉がゆっくりと開いて行くのを待つ事しか出来なかったの。



『……あらっ、ミカエラちゃんじゃない? どうしたの?』



 扉の中から顔を覗かせたのは、栗色の髪に淡いブルーの瞳を持つ外国の女性ひと


 しかも、この極寒ごっかんの北陸で、ドレープの付いた薄いドレスを着ているだけなんて。



『えへへ。実はを追って来たんです。先にエレトリアに行くから、後から来いって言われてたの』



 何々? ミカエラみーちゃんったら、この女性ひとと知り合い?



『あぁ、そうなんだぁ。確かに、ついさっき、が通られたわね。それじゃあ急ぎなさい。剣王様は多分馬で行かれると思うから。早くしないと置いてきぼりになっちゃうわよ』



『ありがとー! 優しいねぇ』



『いやいやいや、ミカエラちゃん。私、私、マリレナよ。貴女が剣王様に連れて来られた時、一番最初にヤギのミルクを飲ませてあげてたでしょ? 覚えて無いの? もぉ、仕方が無いわねぇ、寒いから早く入りなさい。……と、それよりミカエラちゃん。こちらの方は?』



 はうっ。急に外人の女性ひとと目が合っちゃった。


 何、何? 訝し気に私の事を見ている様な気が……。


 ミカエラみーちゃん助けてっ!



『あぁ、その方は女神様の娘さんですよ。エレトリアに行きたいって言われたから、一緒にお連れしたんです』



『なななっ、何ですってぇ!』



 その女性ひとは突然叫び声を上げたと思ったら、その場でいきなりひざまずいたのよ。



『たたた、大変失礼致しました、女神様っ! 女神様とは露知つゆしらず、大変なご無礼を働いてしまいました。何卒お許し下さいます様、お願い申し上げたてまつりまする』



 え? 何? これ?

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