二十二章 女子会(皇子ルート)

第215話 幸せの予感

「美穂さーん。只今ただいま帰りましたぁ」



 純和風じゅんわふうづくりの大きな玄関げんかん


 そして、そこから奥へと続く長い廊下は、都会のマンションであれば、優に1LDKが収まってしまいそうな程に広い。


 田舎いなかの家だとあなどるなかれ。


 その家は、古民家こみんかをリフォームして建てられたもので、総じて純和風を貫きながらも、時折ときおり西洋の文化が感じられる、小粋なデザインとなっている。


 廊下の角々かどかどには、西洋アンティークの間接照明かんせつしょうめいがさりげなく飾られ、和モダンを地で行くその配置は、この家の女主人のセンスの高さを物語っている。


 彼女が声を掛けたにも関わらず、特に家主やぬしからの返事は無い。


 恐らく声が届いていないだけなのだろう。


 田舎いなかの家では良くある事。


 彼女はそのまま家の中へ入ろうと、自身のブーツを脱ぎ始める。


 何しろ彼女が幼少の頃から出入りしている勝手かって知ったる家である。


 しかも、つい今しがた、この家の次世代当主とうしゅとなる若君わかぎみに、生まれて初めて『女のよろこび』を教えて頂いたばかり。


 時がくれば、この家の諸事差配しょじさはいについても、自分が引き継がねばならない事は明白である。


 そう考えれば、ほぼ『我が家』と言っても過言かごんではあるまい。


 彼女はそのに高速な頭脳を駆使くしし、自身の将来像しょうらいぞうに想いをせる。



「へへッ、エヘヘヘ……」



 いつしか彼女はほほを赤くめ、半開きの口からはだらしない笑い声が。



 ――ジュルリ



「あぁ、駄目ダメ。ヨダレが……」



 自身のヨダレで、急に我に返る。

 

 そんな幸せいっぱいの彼女が、ふと黒御影くろみかげを使用した沓脱石くつぬぎいしの上に目をやると、フェラガモのパンプスが一足に、グリーンのスノーブーツが一足。それに、黒いゴム長靴が二足。



「はて? 他にも来客が?……」



 グリーンのスノーブーツは見た事がある。これはリーティアの靴だ。


 どうやら無事到着しているらしい。


 ちゃんと言いつけた通りにことはこんでいれば良いのだが。


 と言うのも、彼女は自分が皇子様の夜伽よとぎの相手をしている間、先にリーティアをこの家に戻る様、指示を出していたのである。


 その目的は何か?


 まず第一に、ミカエラの事である。


 残念ながら、現代日本に獣人の娘は存在しない。……事になっている。


 にも関わらず、外部の人間がこの家を訪れて、最初に出て来たのが獣人と言う事態じたいおちいった場合、一体どれ程のパニックが引き起こされるのか、想像すら出来ない。


 とにかくミカエラをアル姉の部屋に押し込めて、外部の人間と接触させない様にする事。


 その為には、多少不本意ではあるけれど、一部魔法の使用についても許可を出していたのだ。


 すぐにの魔法を使いたがるリーティアに対し、日頃から『簡単に魔法を使ってはなりません!』と指示を出している自分ではある。しかし、この際、背に腹は代えられない。


 魔法の許可を出した時の、おどろきの中にも歓喜かんきが入り混じる様なリーティアの表情は、今でも忘れられない。


 今さらながらに考えてみても、『少々ミスったか?』と思わなくも無い。


 第二は、の事である。


 これまでの膨大ぼうだいな調査内容を分析した結果、を美穂様に会わせてしまった場合、『非常に多くの問題が発生する』との分析結果が出ているのだ。


 その為、『出来れば家には上げず、出来るだけ美穂様に会わせない様、追い返してしまいなさい』と言い聞かせておいたのである。


 ただ、第二の点については、時間的制約もあり、完全に面会を阻止する事は難しいと思ってはいた。


 しかし、このフェラガモのパンプスを見る限り、どうやらは、部屋の中へと上がり込んでしまっている様だ。


 リーティアは一体何をしていたのか?


 まぁ、そうは言っても、リーティアはまだ若い。


 何気なにげに人を『穏便おんびんに追い返す』と言う行動は、高度な技術を要する物だ。


 そこまでの事をリーティアにたくした自分にも落ち度はある。



『でも、は、どうしても……どうしても、自分が自分で無くなるぐらいに、いたのだもの……どうしようも無かったんだものっ! ……はうはうはう!』



 彼女の中の心の声が盛大せいだいに言い訳を始める。


 まぁ、そうは言っても、結果的にな結果になったのだから、そこはあまんじて受け入れるべきだろう。



「ふぅ……」



 仕方が無い。ここは自分の出番か。


 異世界側との時差を考慮しても、既に時刻は夕飯時である。


 ここは丁寧ていねいにご説明して、早々にお帰り頂くのが良策りょうさくと言うものだろう。


 そして、ゴム長靴が二足。


 一足は、が駅前の靴屋で急遽きゅうきょ購入したものだろう。


 靴好きの自分にしてみれば、その時の苦しい胸の内が良く分かる。


 いやいや、ここで共感していてはいけない。


 いずれは、一つの珠玉しゅぎょくを取り合うなかなのである。


 なさけは禁物きんもつ



 さて、残るはもう一足の長靴だが……。


 アル姉のものにしては小ぎれいで小さい。アル姉は慶パパ様のお下がりで男物おとこものの長靴のはず。



「……はて?」



 まぁ、それは置いておこう。


 彼女は色鮮いろあざやかなプラダのシープスキンコートを小脇こわきに抱え


 スウェード地のハイヒールブーツをそっと沓脱石くつぬぎいしの上へと並べてみる。


 ひと際美しいレッドソールが大のお気に入り。



「ふふっ」



 その赤い色を見るたびに、ちょっと『ほっこり』とした気分になる。



「ん~ん~る~~ららぁ~」



 今、まさに女の幸せを実感しつつ、足取りも軽く居間の方へと急ぐ彼女。


 しまいには鼻歌はなうたまで出る始末。


 ただ、その数分後、そのふすまの向こうでは、壮絶な死闘バトルが繰り広げられる事になろうとは、つゆほども思ってはいない彼女であった。

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